第13話 参謀の血
――リンハール子爵家。
国王直属の参謀、またの名を参与を輩出し続けた功績で、爵位を賜った完全なる実力主義の家。
また、その知略から領を渡したり、さらに位が上がる伯爵位を与えることを多くの権力者が恐れる家でもある。
だから子爵位は賜ったが、領地を持たない。
国王を支える裏方として日々国に尽くしている。
私がアイバル侯爵家のハンス様と婚約することは数時間で、屋敷内に広がったらしい。だが、みんなは私に何も言わなかった。
もしかしたら、私の気持ちを知っているみんなは言えなかっただけかもしれないが……
だからこの時の私は、エイドが私の婚約のことを知っていると思わなかった。
夕方、エイドを探して廊下を歩いているとようやく探していたエイドを見つけた。
「エイド、待って!!」
エイドは立ち止まって、私を振り返りながら言った。
「何か?」
私は真剣な顔で言った。
「エイド……私、婚約を申し込まれたの」
エイドはいつもは決して笑わないくせに、こんな時だけは……笑ってみせた。
「おめでとうございます。心から祝福いたします」
おめでとう?
祝福?
エイドの言葉が刃のように私の心に傷をつける。
エイドは、なんとも思っていない?
絶望的な気持ちで顔を上げると、エイドが笑っていたが、泣いているように見えた。
エイド……泣きそう……
他の人にはわからないかもしれない。
でも私はずっと昔からエイドを見て来た。
エイドだけを……ずっと……
気が付けば、私はエイドに向かって大きな声で叫んでいた。
「エイド、大好きだから!! 私、どんなことがあってもエイドのことだけが、好きだから!! どうしてもこれだけは言いたくて!!」
するとエイドの顔がこれまで見たこともないほど歪んだ。とても苦しそうで、私まで胸が詰まりそうで苦しくなった。
「は? アイバル侯爵家の方から婚約申し込まれたんでしょう? お嬢……寝言は寝てから言って下さい……」
いつもよりトゲのあるエイドの声が身体中に突き刺さる。
言葉が凶器になるのだと……思い知った気がした。
私は拳をきつく握りしめながら言った。
「エイドこそ!! 寝言は寝て言いなさいよ!! 私はエイドが好きだって言ってるでしょう? エイド以外と結婚して私が幸せになるわけないじゃない!! それに……私を誰だと思っているの?」
エイドを見据えながらあえていつもよりも高圧的な態度で言った。
「は?」
エイドは唖然としながら私を見ていた。
私はエイドに近づいて、エイドの胸倉を掴みながら言った。
「私は、シャルロッテ・リンハールよ? 私のあなたへの愛、疑えないくらい本物だってこと……証明してあげるわ」
私はエイドにおでこを付けながら言った。
「覚悟しなさい、エイド」
そして、エイドから手を離した。
エイドは唖然としていたが、つらそうな顔で言った。
「何……言ってるんですか……侯爵家からの縁談のお話ですよ!? 折角の幸せな結婚ができるのに……お嬢こそ、いつまでも俺の事なんか気にしていないで、いい加減令嬢として幸せになる覚悟を決めて下さい!!」
私は唇を噛んだ後にエイドを睨みつけた。
怯んだように目を泳がせるエイドを見て今度は笑って見せた。
「自分の幸せは自分で決めるわ!! エイド……私の心配なんてしているヒマはないわよ? あなたは私に覚悟しろっていうけれど……私に落とされて溺愛の沼にハマる覚悟を決めるのはあなたの方よ?」
「な、何を……」
私は美しく微笑みながら言った。
「エイド、大好き。絶対誰にも……渡さない!!」
「……は?」
私はエイドに背中を向けて歩き出した。
早くこの場を離れる必要があったのだ。
ここで泣いたら……台無しだ。
私は涙をエイドに悟られないように颯爽と歩きながら自室に戻ったのだった。
◇
廊下に残されたエイドは唖然としながら立ち尽くした後に、シャルロッテの方を振り向いた。
だが、シャルロッテはこちらを振り返ることなく颯爽と歩いて行った。
エイドは姿が見えなくなるまでシャルロッテの背中を見つめながら片手で顔をお覆った。
首や耳まで赤くなったエイドが小さな声で呟いた。
「こっちはもうとっくに落ちてんだよ……」
そしてエイドは姿勢を正すと窓の外を見た。
窓の外はオレンジ色に染まり夜の気配が漂っていた。
(……侯爵家からの縁談……断れるわけねぇだろ……自分ばっかり言いたいこと……言いやがって……)
エイドは小さく息を吐くと再び歩き始めたのだった。
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