第11話 月は綺麗です……



 着替えを終えて、家族で食事を済ませると私はバルコニーで月を見上げていた。

 

「少し欠けているけど……もうすぐ満月かな?」


 小さな声で呟くと、エイドが庭を歩いて来た。

 私はエイドの姿を見つけた途端にほとんど条件反射で叫んでいた。


「エイド~~どうしたの??」


 バルコニーから叫ぶと、エイドが私を見ながら大きな溜息をついた後に人差し指を唇に当てた。

 静かにしろ、という合図だがその仕草が好き過ぎる!!

 私が静かに悶えていると、エイドが飛び上がってバルコニーに手をかけるとそのまま腕の力で自分の身体を飛び上がらせて、一回転してバルコニーに降り立った。

 月明かりを背にして立つエイドは壮絶に美しいと思えた。


「エイド、かっこいい……」


 エイドは私から視線を逸らしながら言った。


「……どうも」


 そっけないが、エイドらしくて私はエイドの顔を覗き込みながら言った。


「エイド、大好き!!」


 どうせ『知ってます』と言われて終わりだとわかってはいるが、口から零れ落ちてくるのだ。


「……いつまで続けるんですか? それ?」


 エイドが本気で私を睨みながら言った。


「……え?」


 私は身体がすくみ動けなかった。そんな私にエイドが視線を逸らしながら言った。


「もう、止めませんか。その刷り込みの偽物の愛を語るの……そろそろお嬢も本物の愛を知る年齢だと思います」


 ――刷り込みの偽物の愛?


 私のこのエイドへの想いが……偽物?


 私がこれまでこんなに好きだという感情を持った相手はエイドしかいない。

 だから、私はエイドへの想いしか持ったことがない。

 私にとってこの想いは唯一で……


(愛には……本物と偽物があるの?)


 この想いしか知らない私にはこの想いが偽物なのか、本物なのか……判断基準が……ない。でも少なくとも……エイドは本物だと、思っていない。


「エイドは……私のこのエイドへの想いは本物じゃないと思うの?」


 足元が崩れそうなほどグラグラする。

 立っているのに立っている感覚がない。

 全てが遠い世界の出来事のようにぼやけて見える。


 エイドはハンカチを取り出すと、私に押し付けた。

 私はそれを手に取るとなぜ、エイドがハンカチを押し付けたのか疑問に思った。


「思います。お嬢の俺への好きは……ただの刷り込みです。そろそろお嬢もリンハール家の令嬢として自覚を持つべきだと思います」


 エイドはそこまで言うと、今度は真っすぐに私を見ながら言った。


「正直……迷惑です」


「え?」


「……そのハンカチは捨てて下さい」


 エイドは、バルコニーから飛び降りると再び庭に着地し、そのまま歩いて行ってしまった。

 私はバルコニーの柱に掴まりながら、足の力が抜けそのまま座り込んでしまった。

 バルコニーに雫が落ちて雨が降っているのかと手のひらを上に向けたが、雫は落ちてこない。

 

(ああ……今日……月は綺麗だった……雨なんて降っているはずない)


 そう思って気づいた。

 

(私、泣いてるんだ……)


 これまでエイドには冷たくされたが、ここまで拒絶されたのは初めてだった。

 その後私は声を出して泣いたらしい。

 らしいというのは自分でも覚えていないのだ。

 そして私の泣き声を聞いて部屋に駆けつけた、ジーノとエラルドに抱きかかえられて部屋に入ったのだった。

 

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