第3話 早くただいまと言いたい




「エイド~~いってきます~~~!!」


 馬車からエイドに手を振って別れを惜しんでいたが、とうとうエイドの凛々しくて輝く姿が見えなくなった。

 私が仕方なく馬車に座ると、前に座っているエラルドが私を見ながら微笑んだ。


「姉さん、今日は全校生徒の前でヴァイオリンの演奏をするのですよね?」


 そうなのだ。

 私は、今日、ヴァイオリンの模範演奏を頼まれてしまった。

 以前エイドが『お嬢のヴァイオリンは嫌いじゃない』と言ってくれたのが嬉し過ぎて、寝る間を惜しんで死ぬ気で練習しまくったら、学園でも評価されるようになったのだ。


 そして今日は隣国からお招きしたお客様の講演会がある。

 その講演のお礼に生徒会長のルミナ王女殿下のあいさつをされ、私がヴァイオリンを披露するらしい。

 本来ならルミナ王女殿下が演奏されるのだろうが、あいさつがあるとのことで直接生徒会長でもあるルミナ王女殿下に頼まれてしまった。

 王族からの依頼だ。貴族令嬢として――絶対に断れない。


「ええ。そうなの……」


「はぁ~~(また姉さんのことみんなから色々と聞かれるだろうな~~)面倒……」


 ジーノが心底イヤそうに言った。

 本当にわかる。

 私も出来れば引き受けたくはなかった。

 心の中で私も面倒だと同意していると、エラルドが口を開いた。


「そんなこと言って、実は一番楽しみにしてるくせに。ジーノは素直じゃないな。僕は姉さんの演奏、楽しみにしているよ」


 弟に楽しみにしていると言われれば、姉としては例え社交辞令であっても嬉しい。


「エラルド!! ありがとう、そう言ってもらえると、とても嬉しいわ」


 エラルドの言葉にジーノが眉を寄せたまま言った。


「エラルド、俺が楽しみにしてるとか……冗談でもやめてくれ」


 二人と話をしているうちに馬車は学園に到着した。私は二人を見ながら言った。


「着いたわね。……せめて二人に恥ずかしい思いをさせないように、間違わないように気をつけるわ!! じゃあ、二人ともまた帰りにね」


 私は、そう言って馬車を降りると教室に向かった。





 颯爽と歩くシャルロッテの背中を見ながら、ジーノが呟いた。


「いつも思うけど、エイドの時とは違って、姉さん……俺たちとはあっさり別れるよな……」


「そうだね……淋しいな……」


 エラルドもシャルロッテの背中を見ながら呟いた。


「エイドがいないと、姉さんって完璧な令嬢なのにな……もしかして、これが噂の二重人格なのか?」


 ジーノの言葉を聞いたエラルドが困ったように言った。


「二重人格というか……素か、貴族令嬢としての姿かの違いでしょ? 僕はどっちも好きだけどね」


 エラルドがにっこりと微笑むと、ジーノが悪態をつきながら言った。


「俺だって嫌いだなんて言ってないだろ? 姉さんが努力してるのは……よくわかってるから……」


 エラルドがくすくすと笑いながら言った。

 

「それ、本人に言ってあげればいいのに」


「俺たちがどんなに褒めたって、エイドの『おはよう』には勝てねぇし。ったく、あいつ、あれだけ姉さんに好かれて、どうしてあんな態度なんだよ。腹立つ!!」


 ジーノが不機嫌そうに言うと、エラルドが困ったように言った。


「まぁ、それは……仕方ないんじゃない?」


「仕方ない? お前、どっちの味方だ?」


 ジーノの問いかけにエラルドが目が全く笑ってない笑みを浮かべながら答えた。


「僕はいつでも姉さんの味方。もし、本気でエイドが姉さんを泣かせるようなら……容赦はしないよ……」


 ジーノがエラルドから視線を逸らしながら言った。


「お、おう……お前、その顔怖いから……」


「さて、僕たちも教室に移動しようか」


 こうして、エラルドとジーノも教室に向かったのだった。

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