第3話 間食のすすめ

 健康的に太るには。


 確かにお茄子なすさんは痩せている。痩せすぎと言っても過言では無い。それは、例えばモデルさんであるなら大きな武器になるだろうか。


 お父さんいわく。


「歳取ったら太りやすくなるからな〜」


 そう言いながら、ふっくらと膨らみつつあるお腹を撫でていた。それは確かに「太る」ではあるのだが、決して健康的では無い。下手をしたらメタボリックシンドロームなどにおちいる可能性があり、あまり良いとは言えない。


 お父さんはゆうちゃんとの晩酌ばんしゃくを楽しみつつ、あまり、特に腰回りが太らない様に気を付けている様だ。お酒を飲む前にストレッチなどをしているそう。悠ちゃんも。


「変な太り方は、できたらしたく無いわなぁ」


 なんて言いつつ、自宅で軽いトレーニングなどをしているらしい。


 ちなみに今のところ、みのりにもお母さんにもその兆候は無い。お母さんは産後太りはしたらしいが、ダイエットに励んだそうだ。そして今もその体型を保っている。みのりも少食だからか幸い太りにくい体質で、助かっている。ふたりともお酒を飲まないことも理由にあるのかも知れない。


 いや、今はお茄子さんだ。男性でも女性でも、健康的に太るためにはいくつかの方法があるのだが。


「えっと、太れない原因はいくつかあるそうなんですけど、まず、食事量です」


「ああ……、ぼく、少ないっすよね」


 お茄子さんが肩を落とす。確かにお茄子さんの1度の食事量は少ない。


「それやったら、お食事を分けたらええんです。ええっと、分けるっちゅうか、間食をするんです」


「お菓子とか、っすか?」


「いえ。おにぎりとかナッツとか、果物とかチーズとか。そういうのをがええですよ。間食っちゅうとおやつってイメージですけど、軽食がええんです。朝昼晩はごはんをちゃんと食べて、プラスアルファです。そうやってちょっとずつカロリーを増やして行くんです」


「時間、あるやろか」


 お茄子さんは考え込む様に目を伏せた。


「あの、失礼なんですが、お仕事は会社勤めですか?」


 それならひと口放り込むすきがあると思うのだが。悠ちゃんも会社員時代、お仕事中に小腹が空いたら、ひと口で食べられるお菓子などをつまんでいると言っていた。


「いえ、ぼくは心斎橋しんさいばしの居酒屋で、料理人をしてるんす」


 なんと、同業者だったのか。そうか、だから作り手の心理として、「すこやか食堂」のごはんを美味しいと伝えてくれたのか。みのりがその事実にひとりで納得していると、お茄子さんは自嘲気味に笑った。


「ぼく、こんなんなんで、お腹に力入らんで、せやからおっきな声も出せんで、よう先輩に怒られるんす。聞こえへん、もっとでかい声出せって」


 ということは、従業員さんも多い賑やかな職場なのだろうか。


 心斎橋は大阪メトロ御堂筋みどうすじ線の、本町ほんまち駅から1駅南下した駅である。本町はビジネス街の色が濃いが、心斎橋に行けばすっかりと繁華街である。駅前には大丸だいまる百貨店や心斎橋パルコ、心斎橋筋商店街があり、筋を曲がれば居酒屋さんもあり、その中にはチェーン店や大箱も多い。


 お茄子さんのお仕事先は、そのうちのどれかなのだろう。みのりは学生時代はともかく、ここ数年はすっかりと居酒屋さんから足が遠のいている。だからその雰囲気の記憶はかなりおぼろげなのだが、従業員さんまで大声を出さなければならない職場だと大変そうだ。かなり賑やかなお店なのだろう。場所柄もあって、若いお客さまが多いのかも知れない。


「こっちは来る伝票通りに作るだけなんで、それは大丈夫なんすけど、仕上がったときに掛ける声が聞こえんて。その間に冷めてしもたりして。いや、できたやつを置く台があって、そこに伝票と一緒に置くんで、気付いたら持ってってくれるんすけど、やっぱり声を掛けた方が客にもできたてを食べてもらえるんで」


 大きな声を出すのに必要なのは、呼吸法である。腹式呼吸と呼ばれるものだ。肺からでは無くお腹から息をすることを意識して、口を大きく開ける。簡単な様だが、姿勢が悪く、身体に力が入らないと難しい。


 みのりもそう詳しいわけでは無いが、学生時代のお友だちには合唱やバンドのボーカル、管楽器をやっていた子もいて、そういう子たちは地声も大きかった。常から呼吸法ができていたのだろう。


「腹式呼吸やねん。背筋を伸ばして、お腹を意識して、息を吸ったときにお腹がへっこんで、吐いたときに膨らむ。部活でそんな練習すんねん。そしたら自然にできる様になったわ」


 吹奏楽部に入っていたお友だちから、そんなことを教えてもらったことがある。


 だがそれはあとの話。まずは健康的に太って、力が出る様にしなければ。


「心斎橋の居酒屋さんやったら、営業は夜だけですか? ランチ営業とかは」


「ランチやってるっすけど、ぼくが入ってるのは夜だけっす。3時に入って仕込みして、4時半にまかない食べて、5時から営業っす。それから落ち着く9時までノンストップで、交代で10分休憩もろて、11時で営業終わり、で、後片付けして帰るんが11時半っす」


「あの、1度に食べはる量が少なかったら、お腹減るんも早よ無いですか?」


「そうでも無いっす。せやから間食する気が起こらんで」


 なるほど、お茄子さんは燃費も良いのか。ならどうしようか。みのりは考える。


「ごはん食べるときは、お腹いっぱい食べはります? それとも腹八分目とか」


「腹八分目にしてるっす。あんまお腹いっぱいになると、しんどなるんで」


「せやったら、やっぱりそれはそのままで、意識して間食をしてみたらええと思います。ナッツとかって結構カロリー高いんですよ。たんぱく質とかが豊富で、身体にもええんですけどね。アレルギーとか大丈夫ですか?」


「無いっす。アレルギーは花粉症すら無いのが唯一の自慢す」


 それは羨ましい。とはいえ、みのりも幸いあまり目立ったアレルギーは無くて助かっているのだが。


「ひと口でもカロリー高めで栄養豊富なもんを、3食のごはんに影響が出ない量、食べはるんがええと思います。ナッツやチーズもですけど、果物が難しかったらドライフルーツとかもええですね。あとは、カカオ成分の高いチョコレートとか。こう、手軽にぱくって食べられるもんが、続くんや無いかなぁて思います」


「分かりました。始めてみます。ありがとうございます」


 お茄子さんは救われた様な顔で、ぺこりと頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る