第2話 お茄子さんの悩みごと
みのりが「お
平日がお休みのお仕事か、もしくは学生さんか。それぐらい若く見えた。大学院なら最高5年間が上乗せされるし、医学系の大学なら4年。それぞれ卒業するときには20台後半になる。
お茄子さんは目をきょときょととさせながらおしながきを見つめ、何かを決心した様に「すいません」とみのりに声を掛ける。その声は小さいながらもはっきりとしていた。
「はい。お伺いしますね」
「あの、たつ……、いや、あの、やっぱり卵、いや、やっぱり竜田……」
竜田揚げと卵焼きを迷っている様に思える。卵焼きは先週も食べていたから、お好きなのだろうと思うのだが、竜田揚げと卵焼きには、明確な違いがある。それは。
みのりは迷うお茄子さんに、言ってみた。
「あの、差し出がましかったら、ほんで勘違いやったらすいません。もしかしたら、竜田揚げが食べたいのに、量が多いとか、あります?」
するとお茄子さんが目を見張った。
「そ、そうっす。力を付けたぁて、竜田揚げを食べたいんすけど、量が多いやろかて」
「すこやか食堂」の竜田揚げは、鶏むね肉を5センチ角ほどの大きさに切って、お醤油と日本酒、お砂糖にしょうがのすり下ろし、コク出しにたまり醤油を少量揉み込み、衣の片栗粉をまぶして揚げて作り、1人分は5個である。個数はおしながきにも書いてある。
お惣菜などと組み合わせることを考えての量である。成人男性であるなら決して多くは無い。それを多そうだと言うのだから、お茄子さんはもしかしたら、みのりよりも少食なのかも知れない。
お茄子さんは確かに細いが、身長は一般的な男性ほどある。それでは体力が保たないのでは無いだろうか。
だが食べられないのに、無理に口に突っ込むのは辛い。食べることがしんどくなってしまっては意味が無い。少食であっても美味しく適量を食べる権利があるのだ。
春に秋、冬なら残った分を持ち帰ってもらえるのだが、夏になれば食中毒の恐れがあるためお断りしている。今はその時季だ。となれば。
「それやったら、お惣菜を無しにするか、良かったら半分ぐらいの3個、お揚げしましょうか? お値段はもちろんその分引かせてもらいますし」
「ええんすか? 惣菜はできたら食べたいんで、竜田揚げを減らしてもらえたら助かるす」
お茄子さんがほっとした様に頬を緩める。ほのかだが、お茄子さんがこの「すこやか食堂」で初めて見せた笑顔では無いだろうか。
「ほな、そうさせてもらいますね」
「ありがとうございます。惣菜は水なすのマリネで、発芽玄米の小、お味噌汁でお願いするっす」
「はい。お待ちくださいね」
みのりは冷蔵庫から、調味液を揉み込んである鶏むね肉を入れたタッパーを出した。
お茄子さんは整えた定食を、先週よりはかなり穏やかな表情で口に運んでいる。良く噛んでいる様でペースはゆっくりだが、その方が身体には良い。
かりっと揚がった竜田揚げをさくりと噛み、オリーブオイルとお塩と粗挽きこしょうをまとった
お茄子さんは
やがて、お茄子さんのお皿が空になる。すっかりと平らげてくれた。良かった。みのりはこっそりとほっとする。やはりちゃんと食べなければ、人は動けない。その人にとっての適量を、腹八分目が理想だ。
お茄子さんの視線が、ぐるりと店内を巡る。先週より気持ちに余裕が出ているのかも知れない。今日はため息も聞かなかった。
すると、お茄子さんの目線がある箇所で止まった。細めの目を目一杯見開いている。カウンタの中、厨房の壁に控えめに掲げているそれは。
「あ、あの、店、長、さん……? あの、もしかして栄養士の資格を持ってはるんすか?」
「あ、はい。不肖ながら、持ってますよ」
みのりは栄養学を学んだが、それを
それでも「この方が説得力があるから」との赤塚さんのアドバイスで、調理師免許と栄養士の免状をシンプルな額に入れて張り出してあるのだった。
「ああ、だからメニューに栄養素とか何にええかとか、書いてあったんすね。あの、それやったら知ってはれへんすか?」
「何でしょ。私でお役に立てたらええんですけど」
「……健康的に、太れる方法なんすけど」
みのりはお茄子さんの遠慮がちなせりふに、目をぱちくりとさせた。
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