4章 心と身体の痩せ方太り方
第1話 お客さまのお気に入り
7月になり、じめじめと灰色の雲で覆われていた
「はぁ……」
これで、何度目のため息だろうか。
大変なことでもあったのか、心配事でもあるのか。初めてのお客さまだし、背景も人となりもまるで分からないのだから、察することもできないのだが。
もしかしたら、みのりのお料理がお口に合わないのだろうか。だったら一大事だ。夜の時間帯にふらりと入って来られ、そのときも影の薄さに驚いたものだが、いざ食べ始めたらため息の連発だ。心配になってしまうでは無いか。
お客さまが選んだお惣菜は、
泉州水なすは、その名の通り大阪の泉州地域で育まれているお茄子である。形は丸っこく、米なすや京都の
栄養素としては、その多くは水分であるのだが、鉄分やミネラルなどが含まれる。中でもアントシアニンはポリフェノールの1種で、血栓予防や眼精疲労、美容効果も期待できるのだ。
絞れば水気がぼとぼとと落ちてくるほどに水なすは
……もしかして、さっそく夏バテを起こしているのだろうか。だから食欲が落ちて、この控えめな量の定食なのだろうか。
梅雨が明けたとたん、お日さまは待ってましたとばかりにさんさんと地上を照らした。なら暑さに弱い人なら夏バテになってしまっていてもおかしく無い。
お客さまはため息混じりでもとろとろとお食事を続け、食べ終えるとお冷やを飲み干して席を立った。
お金を払い終えた先ほどの男性のお客さまが出て行って、悠ちゃんがみのりの後ろを通るとき。
「今出てったお客さん、美味しかったって。特に水なすが嬉しかったって。良かったな」
悠ちゃんの
飲食店などでお食事をしたとき、ほとんどの人はお店の人に「美味しかった」なんて言わないと思う。しかもあのお客さまは、こう言ってはあれだが、コミニュケーションに
なので、そんな方のお褒めの言葉はきっと本物だ。嬉しい。みのりは喜びを噛み締める。なら、また来てくれるだろうか。次は心配事などが解決されていれば良いな、もし夏バテならお身体を大事にして、そして心からお食事を楽しんでくれたら良いな、そんなことを思うのだった。
1週間後、業者さんから仕入れた、夏野菜が入れられたトロ箱を前に、みのりは頭を働かす。
青々とした
ピーマンとパプリカはオイスターソースメインで中華風に炒めたら味わいも良く彩りも綺麗だし、
そして、泉州水なす。この水なすは限られた季節、初夏から初秋あたりに掛けてしか収穫されない。他の多くのお野菜の様に年中出回る様なものでは無いだけに、食べられるときにできるだけ出して差し上げたい。
今日はどうしようか。乱切りにして、マリネにするのも良いかも知れない。オリーブオイルとお塩で風味を上げ、粗びき黒こしょうでアクセントを付ける。シンプルだが、あまり手を加えない方が水なすの美味しさが味わえるとみのりは思っている。
お肉類も脂身の少ない綺麗なものが入っている。お魚もつやつやと輝いて新鮮だ。旬のスズキは大きい魚体のため、三枚下ろしにしたうちの半身を仕入れたが、そっと押してみると弾力が凄い。中骨を外すために背身と腹身が分けられているので、腹身は片栗粉をまぶしてバターたっぷりでムニエルにするのも良いし、背身はしっとりと煮付けにしようか。
みのりがトロ箱を見て、あまりにもにやにやしているからか、悠ちゃんも楽しそうに箱を覗き込む。
「新鮮な食材って壮観やんな。みのりがテンション上がるん分かるわ」
「ね。何作ろうかって毎日楽しみやねん」
業者さんから仕入れる食材は、もちろんみのりが指定している。業者さんと連絡を取りながら、明日はどこの農家さんから稀少なこれが入る、などを聞いて、価格が許せば決めたりもする。やはり料理人として珍しい食材には大いに興味があるのだ。
夏野菜だと例えばズッキーニには、いろいろな形のものがある。一般的に見るのは太いきゅうりの様な形をしているが、丸いものや小さなかぼちゃの様な形のものもある。黄色のズッキーニは緑の皮のものよりも柔らかく淡白な味なので、生食でも美味しいと言われている。サラダや和え物に合うだろう。おかか和えやごま和え、塩昆布和え、マスタード和えにジェノベーゼも良い。入荷が楽しみだ。
「さ、仕込み始めよか」
みのりは言って、まずはぴんと張った空芯菜の束を取り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます