第3話 いざ、勝負!
翌日、月曜日。いつもの通りなら、ツナさんが夜の時間帯に来られるはずだ。みのりは
メインのおしながきに、「ツナチヂミ」と打ち込む。昨日いくつか作った試作品の中のひとつだ。ツナのお好み焼きとツナ団子の甘酢あん、ツナハンバーグをローテーションすることにしたのだ。これからもできたら品数を増やせればと思っている。
喜んでくれるだろうか。少し不安はある。そもそもチヂミが嫌いとかだったらどうしよう、そんな思いだってよぎる。だがそんなことを言えばきりが無い。誰もが嫌いでは無いお料理など、この世に何ひとつ無いのだから。
ノートパソコンを前に険しい顔をしていたからだろうか、悠ちゃんに「ぷっ」と笑われてしまう。
「みのり、難しく考えんと。昨日も言うてたけど、もしツナさんが頼まはれへんのやったら、次は別のもん作ったらええんやから」
「……うん」
悠ちゃんにそう言ってもらえたら、少しは安心する。みのりはゆるりと頬を緩ませた。
さて、夜の時間帯になり、お仕事終わりと思しきスーツ姿やきっちりとした服装のお客さまがぼちぼちと訪れる。18時を回るころには、席はあらかた埋まっていた。ツナさんはまだ来ない。
ツナチヂミ以前に満席になってしまっては、ツナさんに入ってもらえないでは無いか。来たときに席が無かった場合、待ってくれるお客さまもいれば、他のお店に移動するお客さまもいる。ツナさんがどちらなのかは分からない。待ってでも「すこやか食堂」のお料理を求めてくれれば嬉しいのだが。
みのりがお料理を作りながらもそわそわしていると、ドアが開いて新たなお客さま、待ち望んだツナさんが顔を覗かせた。
「……いらっしゃいませ!」
一瞬みのりの反応が遅れてしまう。嬉しさで心が高鳴ってしまったのだ。
「こんばんは!」
ツナさんは今日も元気いっぱいである。ベージュのジャケットをハンガーラックに掛け、空いているカウンタ席に腰を降ろした。
そして、みのりが渡したおしぼりで手を拭いてからおしながきを広げた。みのりは他のお客さまの定食を整えているにも関わらず、ついツナさんの反応が気になってしまう。
まずは1枚目の、お惣菜のおしながき。それを見ても表情は変わらない。むしろ落胆している様に見える。
そして2枚目。上から下へと視線を動かして。下の方でツナさんの視線が釘付けになり、その目はらんらんと輝いた。
よっしゃ! みのりは心の中でガッツポーズを作る。そこは恐らく、ツナチヂミが記してあるところだ。ツナチヂミは新顔ではあるし、ツナそのものやツナマヨなども人気である。だが定食となると、やはり「すこやか食堂」では竜田揚げなどの方が人気なのでは、と控えめな扱いにしていた。
すると、つい微笑んでしまったみのりとツナさんの目が合った。ツナさんははっと我に返った様な表情になり、次にはあたふたと慌て、そして恥ずかしそうに肩をすくめた。
「……もしかして、私がツナ好きなん、ばれてました?」
それはもう。これまでの注文の仕方もだが、ツナさんは表情にお気持ちが豊かに出るのだ。みのりは笑顔でこくんと小首を傾げた。
「あはは、何や申し訳無いわ。でも、ありがたく。白ごはん大とお味噌汁、ツナチヂミをとりあえず3枚ください!」
ツナさんはすぐに気持ちを切り替えたのか、意気揚々と注文をした。
「はい。お待ちくださいね。1枚ずつお焼きしますんで」
みのりはさっそくツナチヂミの準備をする。ボウルに絹ごし豆腐を入れて泡立て器で潰して滑らかにし、片栗粉と卵を加え、さらに混ぜる。入れる具材はももちろんたっぷりのツナ、そして短めに切ったニラだ。味付けは無添加の鶏がらスープの素と軽くお塩を入れる。
シリコンヘラに持ち替えてしっかりと混ぜて、温めてごま油を多めに引いたフライパンに流し込んだ。じゅわぁと音がし、フライパンのふちに押し出されたごま油がぱちぱちと、生地の周りを香ばしく色付けていく。
しばらくして、フライパンを振りつつフライ返しでぽんと返せば、かりっとこんがりと程よく焼けた面がお目見えする。裏面もしっかりと焼いて、仕上げに鍋肌にごま油をまわし入れる。そうして香り豊かに仕上がったチヂミを丸皿に乗せた。パセリの素揚げを添えることも忘れない。
悠ちゃんがチヂミの仕上がりを見計らい、白ごはんの大とお味噌汁を用意してくれる。チヂミは切らずに、お客さまにお箸で割っていただく。ニラを短めにしているのはこのためだ。
ツナさんは喜んでくれるだろうか。
「お待たせしました」
みのりはどきどきしながら定食をお出しする。ツナチヂミのたれは、ポン酢に炒り白ごまとラー油を落としたものだ。豆皿で提供する。
ポン酢は大阪の代表的な一品、
今は亡き関西で人気の歌手が、かつてメディアで旭ポンズを褒めちぎったことで人気に火が付いた。その人はミニボトルに詰め替えて、マイポン酢として持ち歩きまでしていたそうだ。
大阪のスーパーでは当たり前の様に陳列されているこの商品だが、製造規模は決して大きく無く、鍋料理が増える冬場には陳列棚ががらがらになったりするのだ。
「ありがとうございます!」
ツナさんは期待に満ちた顔で、さっそくツナチヂミにお箸を入れた。さくっという小気味好い音がみのりの耳にも届く。ひと口大に割り、たれを付けて口に運んだ。もぐりと口を動かして。
「ん!」
と目を見開いた。そしてふにゃりと相貌を崩した。みのりは2枚目のチヂミを焼きながら、ツナさんの反応が気になって仕方が無かった。
「美味しいですねぇ。ツナやっぱりええわぁ〜」
「ありがとうございます!」
みのりは心底安堵して、ついつい満面の笑顔を浮かべてしまった。
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