第2話 たくさん食べてもらうために

 ツナさんは食べた分のお金をきっちりと払ってくれているのだから、食べ尽くされてしまったとしても、それは正当なものだ。フォローやリカバリをするのは料理人であるみのりの役目である。


 ツナさんの食べる量は、男性のお客さまと比べてもかなり多い。大食いと言っても差し支え無いだろう。お惣菜は小鉢に盛り付けるが、5種類全部となるとそれなりの量になるし、メインもいつも2品、そしてごはんは大サイズだ。あまり量が食べられないみのりの3〜4人分はあろうという量である。


 正直なところ、美味しそうにたくさん食べてくれるお客さまは大歓迎だ。ツナのお惣菜が無くなってしまうとそわそわしながらも、もりもりと食べてくれることは本当に嬉しい。


 何度も来てくれていることから、みのりが作ったお料理を美味しいと思ってくれていることは、間違いが無いのだろうし。


 何か、何かツナさんに、ツナで満足してくれる様なものが用意できないだろうか。そして、それをメインに据えれば良いのでは無いだろうか。




 というわけで、「すこやか食堂」定休日にお家で試作である。みのりは午前中、リビングでレシピ本やサイトを見ながら、たくさんツナを使えるお料理を考えていた。


 お野菜などと炒めたり煮込んだりする手もあるが、そうするとばらけてしまってお箸では食べにくい。なら、あんかけのあんに混ぜて、オムレツに掛けてみるのはどうだろうか。いや、そうすると卵がメインになってしまう。あんかけ焼きそばという手もあるが、そうすると炭水化物、糖質過多になってしまう恐れがある。


 ならツナオムレツならどうか。ツナと粗みじん切りにした玉ねぎ、ピーマンなどを炒めて水溶き片栗粉でまとめ、卵で包み込む。


 だが「すこやか食堂」では卵料理の卵はふたつと決めている。以前はコレステロール値が上がるという理由で、卵は1日1個までが望ましいと言われていたが、今では健康な人なら2個以上でも大丈夫とされている。


 それでも2個としているのは、他にお野菜なども食べて欲しいからだ。卵は動物性たんぱく質だから、お野菜や海藻、大豆製品、穀物などバランス良く。


 それに、卵の食べ過ぎは脂肪異常症や糖尿病などの発症率と関係していることが分かっている。加えて、卵は完全栄養食と言われているが、ビタミンCと食物繊維は含まれていないので、それを補ってあげる必要があるのだ。


 そういう理由で、ツナさんがたくさん食べるだろうツナ料理に、たくさんの卵を使うのは得策では無いのかも知れないのだ。


 傍らに積み上げているレシピ本をめくるが、ツナを使ったお料理はやはり副菜が多い。もやしとナムルにするのも絶対に美味しいし、根菜や青い野菜と和え物にするのも美味しくないわけが無い。


 だが今回作りたいのはメインになる様なものだ。ツナをたくさん使えるお料理。


 赤塚あかつかさんに助けを求めようかとも思ったが、赤塚さんの休日を邪魔するのは忍びない。それに、まだ未熟な自覚はあるものの、みのりとて料理人の端くれだ。できる限り自分でなんとかしたいのだ。


 みのりが書き続けているレシピノートを前にうなっていると、横でスマートフォンをいじっていたゆうちゃんが「なぁ」と声を掛けてくる。


「お好み焼きとかハンバーグみたいなんとか、そんなんはどうや? 団子とか」


 お好み焼き……は難しいかも知れない。お好み焼きに小麦粉は必要不可欠だ。あのグルテンのねばりが繋ぎの役割りも果たしているのである。


 そうだ、山芋をすり下ろして入れたら良い。山芋と片栗粉、きゃべつとたっぷりのツナ。それでお好み焼きができる。山芋は当たり前の様にお好み焼きに入っている。


 それなら、チヂミもできるのでは無いか。小麦粉の代わりに絹ごし豆腐をなめらかにして使うレシピだってある。そこに片栗粉を入れ、ニラと合わせてたっぷりのごま油で焼いたらできあがる。


 ハンバーグやお団子も、お豆腐と片栗粉、卵と玉ねぎで作れそうだ。ころころと焼いて、いろいろな味付けの煮汁で煮込んだら立派な一品だ。からりと揚げても良いし、甘酢あんを絡めても良いかも知れない。ハンバーグなら焼いてソースを掛けたら良いだろう。


 一気に開けた気がした。みのりは慌てて頭に浮かんだ流れをレシピノートに書き留める。レシピノートと言っても、元は罫線ありの大学ノートである。赤塚さんに教室で教えてもらったお料理や、お母さんから教えてもらったもの、自分で考えたものなどを記していた。


「ありがとう、悠ちゃん! さっそくお昼と晩に作るわ。買い物行ってくる」


「俺も行くわ。荷物持ちしたる」


「ありがとう」


 ゆっくりと立ち上がるみのりを悠ちゃんが支えてくれて、みのりはお財布とスマートフォンとエコバッグを入れたショルダーバッグをたすき掛けにした。いつでも買い物に行ける様にとソファに置いてあったのだった。

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