幕間1

嵐のあとの嵐の様な

 とある日、お昼の時間帯、会社勤めのお客さまの波が落ち着いた13時ごろ。


「メルシー」


「おーう」


 揃って来られるのは赤塚あかつかさんと沙雪さゆきさんである。沙雪さんは毎日お昼に晩にと来てくれていて、赤塚さんは教室の準備の内容によって来たり来なかったりだ。


 沙雪さんは毎度ゆっくりと定食を食べるのだが、赤塚さんはすぐに出せるお惣菜とお味噌汁、ごはんをかっ込んで滞在時間10分なんてこともある。が、今日は落ち着けるのか、メインも含めた定食を整えていた。


 赤塚さんは白いごはんの中サイズにお味噌汁、お惣菜は高野豆腐の含め煮と小松菜のおかか炒めを選び、メインはひと口かつだった。がっつりめな構成だ。


 沙雪さんは十穀米の小、お惣菜は豆もやしのナムルときゃべつのコールスロー、メインにさばの味噌煮を選んだ。味噌煮を注文したお客さまのお汁ものは、ご希望でお吸い物に変更する。沙雪さんもお吸い物だった。


 お吸い物はお椀にたっぷりのとろろ昆布と削り節を入れ、お醤油を数滴落とし、お湯を注いで青ねぎの小口切りを浮かせたものである。昆布とかつおの風味がたっぷりな滋味じみ深い一品になる。


「ん、うんうん、おかか程よくたっぷり使ってんな。ええ、ええ」


 赤塚さんは小松菜のおかか炒めを口にして、満足げに頷いた。赤塚さんは今でもこうして感想やアドバイスをくれたり、相談に乗ってくれたりしている。みのりはもう生徒では無いが、赤塚さんいわく、来店ついでのアフターサービスなのだそうだ。本当にありがたい。


「小松菜ってどうしても和食のイメージが強くて、ごまとかおかかとかの組み合わせが多くなってまうんです。煮浸しとか。教えてもろたクリーム系やったら、冷めたら舌触りが悪くなる気がして。バターが入るから。うちは小麦粉も使いませんし」


 みのりがこんな風に相談をしてみると。


「ああ、それやったら生クリームと、オリーブオイルかマヨネーズ混ぜて乳化させて、塩こしょうで味を整えて和え衣作ったらええわ。まとめて炒めてもてもええけど、生クリームって下手したら分離するからな。小松菜は栄養逃さん様に蒸して、粗熱取ってから胸焼けせんぐらいに薄く絡ませる程度でな。こしょうを白こしょうにしたら色合いも邪魔せんし、逆に黒の粗挽きこしょうにしたらええアクセントになる。試作してみて好きな方やってみ」


 こんな風にさらっと的確なアドバイスをくれる。


「なるほど、それやったら確かに冷たくても滑らかですよね。ありがとうございます!」


 みのりは専門学校や赤塚さん、そしてお母さんにお料理を習って来たが、いかんせん期間がそう長く無いので、引き出しがそこまで多く無い。やはり先達せんだつは凄いなぁとしみじみ思うのだ。


 よし、今度の定休日にお家で試作してみよう。そうしたら両親や悠ちゃんにも味見してもらえる。少しずついろいろな組み合わせを試してみたい。小松菜がいけるのなら、ちんげん菜や白菜などにも応用できる。これらのお野菜もクリームが合うのだ。


 沙雪さんはご自宅で座り仕事をしているとのことで、できるだけヘルシーなごはんを心がけているそうだ。何かと豪快な沙雪さんだが、その素晴らしいスタイルを維持するのに余念が無い。


 「すこやか食堂」に来るときにはいつもTシャツとジャージというラフな格好の沙雪さんだが、遊びに行くときにはパンツスーツやアクセサリーなどで着飾るそうだ。きっと今よりもさらに美しくなるのだろう。


「みのりちゃん、小松菜のクリーム和え完成したらさっそく食わせてな」


「はい。嬉しがって、すぐにお出しすると思います」


 みのりが微笑むと、沙雪さんは「よっしゃ」と頷いた。


「楽しみやわ。他の野菜にも合うんちゃう?」


「そうですね。常盤ときわちゃん、人参とかいんげんとかでもええで。ブロッコリもありやな。ごま和えとかおかか和えも旨いけど、創作和え衣をいくつか作っとったら幅が広がるで。カレー粉とか柚子胡椒、大葉でジェノベーゼ風ソースとか、使えるもんは何でも使ったらええわ。ハニーマスタードとかも人気やしな。俺、ナゲットはマスタード派やねん」


「あ、あたしもマスタードやな。何? あれってはちみつ入っとん?」


「そうですよ。あれ、ハニーマスタードですよ。マスタードだけやと辛いでしょ」


「それもそっか」


 赤塚さんと沙雪さんはどうやら馬が合う様で、こうして時間を合わせて日々一緒にお昼ごはんを摂っている。カウンタ席で隣り合って、他愛の無い話をしたり、黙々とお箸を動かしたり。口を開かずとも居心地が良いのだろう。先述の通り、日によっては赤塚さんが先に席を立つこともあるのだが。


 晩ごはんは、赤塚さんの教室の授業があるので、沙雪さんと合わせるのが難しい。赤塚さんは夜の授業が始まる19時に間に合う様に来て、沙雪さんが来るのは授業が始まっている時間だ。お昼ごはんが少し遅めの時間なので、それぐらいになってやっとお腹が空くのだと思う。


「ごちそうさん。また夕方来るわ」


 お料理教室の授業が始まる14時に近くなり、先にお食事を終えた赤塚さんは腰を上げた。


「ありがとうございます」


 お会計は悠ちゃんがしてくれる。赤塚さんと沙雪さんにはお友だち割引ということで、些少さしょうながら1割引である。このおふたりの力添えで、みのりはこうして念願の「すこやか食堂」を始めることができたのだから。もちろん両親と悠ちゃんにも感謝している。


 沙雪さんも最後に残ったお吸い物をすすり、ほぅと心地良さげなため息を吐いた。


「ほんま、みのりちゃんと柏木かしわぎのおかげで健康的な飯食えて助かるわ。そんかし、日曜日のコンビニ飯とファストフードが貧相に感じるけどな」


「コンビニのごはんもファストフードも、美味しいや無いですか〜」


 みのりが笑顔で言うと、沙雪さんは「まぁなぁ」と笑う。沙雪さんの口の悪さにもすっかりと慣れた。


 個人のお店は日曜日定休がほとんどだが、この本町にもコンビニやチェーンのファストフード店などが何軒かある。基本年中無休なので、自炊をほとんどしないという紗雪さんのライフラインになっているのだろう。


 ファストフードには期間限定商品があったりするし、コンビニはここ数年でお弁当やお惣菜のクオリティが上がっていると聞く。なので週に1日なら飽きたりもしないと思う。


 「すこやか食堂」の昼下がり。戦争のあとにはこうした穏やかな時間が流れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る