第8話 その先の希望

 浦安うらやすさんと佐竹さたけさんは、ともに卵を避ける定食をこしらえて、和気藹々わきあいあいと会話をしながらそれらを平らげた。メインは、浦安さんはいつものビーフステーキのミディアムレア、佐竹さんは竜田揚げを選んだ。


「卵の心配せんで竜田揚げが食べられるん嬉しいです〜」


 唐揚げでも竜田揚げでも、衣に卵を使うレシピは数多ある。卵を使えば風味が上がって美味しくなるからだ。


 だが「すこやか食堂」では卵アレルギー、そして小麦アレルギーのお客さまにもおすすめできる様に、これらのものは使用していない。


 食物アレルギーの特定原材料はえび、かに、小麦、そば、卵、乳、落花生ピーナッツだ。くるみの表示は2025年3月31日まで猶予期間となっている。8項目とはいえ現状は7項目となる。


 そこに特定原材料に準じるものとして20項目があり、お肉類やお魚類、落花生以外のナッツ類なども含まれる。


 それら全てを除去するのは、飲食店としては難しい。だからおしながきに何を使っているかをできるだけ書く。特にアレルゲンとなるものは必ず書く様にしているし、無くても味が整うものなら最初から使わない様にしている。


 小麦粉を使わないのもこのためだ。小麦粉は粒子りゅうしが軽くて細かいため、お料理中に空中に飛び散る可能性が大いにある。それが万が一アレルギー持ちのお客さまのお料理に混入してしまったら大変だ。なので片栗粉で代用しているのだ。


 片栗粉はじゃがいものでんぷんで作られている。まれにじゃがいもアレルギーの人もいるので、注文を受けたときに食べられるかどうかの確認は怠らない。アレルギーがあれば米粉で代用する。


 ちなみに大豆アレルギーのお客さまはそもそもお味噌汁が飲めない。その場合は注文をしないか、お汁物を希望されれば、お出汁とありものでお吸い物を作って出している。


 ふたりはゆっくりとお食事を進めながら、浦安さんは佐竹さんに食物アレルギーのことを聞いていた。浦安さんは好奇心が強い様で、特に知らなかったことだから、吸収しようと真剣に聞いていた。


 とはいえ佐竹さんの食物アレルギーは卵だけなので、みのりも手を動かしながら時折お話に混ざる。特定原材料の話などは、そんなものがアレルゲンになるのかと驚いていた。そしてもし自分が牛肉アレルギーになったら、と顔を青くしていた。


 そのとき、今臨床試験が進められている、卵アレルギーの人でも食べられる卵の話をしてみた。佐竹さんもそのお話は知らなかった様で、丸い目をさらに丸くしていた。


 マヨネーズやドレッシングなどで有名な大手食品メーカーと九州地方の某大学、病院が連携して進められている研究で、白身に含まれるふたつのアレルゲンのうちのひとつ、オボムコイドにゲノム編集を施して働かない様にし、この性質を持たない鶏を産み出すことに成功したのだという。


 この鶏が産んだ卵からも、オボムコイドが含まれていないことが確認されたのだ。


 臨床試験では、卵アレルギーを持つ人に、この卵を加熱して作ったパウダーをコーンスープに混ぜて飲んでもらう。そしてお医者さんの経過観察が行われる。


 この研究が進み、安全が保証されたら、佐竹さんも卵が食べられる様になる。佐竹さんはオボムコイドがアレルゲンなのだ。


「それは夢のあるお話ですねぇ! 卵が食べられる様になるなんて、ほんまに楽しみです。マヨネーズも大豆のやつや無くて、その卵のマヨネーズが作れたり発売されたりするかも。私、タルタルソースが憧れなんです」


 細かくしたゆで卵をマヨネーズとみじん切り玉ねぎなどで和えて作るタルタルソース。これを食べることは卵アレルギーの人にとっては自殺行為だ。タルタルソースは人気のトッピングだし、確かに羨望せんぼうの眼差しになるのかも知れない。


 流通、商品化されるのはまだ先だろうが、みのりも大いに期待してしまうのだ。




 みのりは、自分に食物アレルギーが無いことを、本当に幸いに思う。みのりは少食ながらも食べることそのものが生きがいの様になっているので、卵が食べられないなんて考えただけで絶望する。みのりはチーズオムレツやオムライスなども大好物なのだ。


 例え貧血によるめまいが酷かろうが、美味しそうなお料理を前にすると、その不調も吹っ飛んで行く勢いだ。みのりはそうしてお料理に助けられてきたのだ。


 食物アレルギーを持つお客さまにも、少しでもそんな気分を味わって欲しいし、安心して食べてもらいたい。全てに対応することは難しいが、そのために心を砕くことはなんてこと無い。


 浦安さんと佐竹さんは、後日おふたりでヴィーガンレストランに行くのだろう。お肉類は無いが、そういうお店は動物性が無くても満足できるメニューを揃えているはずだ。きっと牛肉大好き浦安さんにも新たな出会いがあるかも知れない。


 そうしておふたりがこれからも幸せにごはんを食べてくれたら良いな、なんて、まだお付き合いもしていないのに、思う。


 そう、浦安さんの思いが届けば良いな、と心の底から思うのだった。

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