十、トラップ

 

「ほんっと! さいあく!」

 いつになったら、この罠は終わるんだろう?


 ガコンと鳴ったあの大きな音は、一度目は扉に鍵が掛かったらしい。もしくはかんぬきが。

 二度目に連続で鳴った音は、地面に穴が空く音だった。


「ふざけないでよ! ほんっとに!」

 犬モドキが出てきたのは、地面の穴からだった。

 最初は一匹ずつ。

 次は二匹ずつだった。

 その次は三匹ずつかと思ったら、四匹だった。


 逃げるしかない。そう思って扉に走った。そこで鍵が掛けられたのだと分かった。

 魔法で焼いても、サイコキネシスでぶん殴っても、押しても引いてもスライドさせようとしても、何をしても開かなかった。びくともしない。


 ――やばい。

 何回おかわりすれば、この罠は終わる?

 だけどもし、エンドレスだったら?

 死ぬまで、いたぶるように、もてあそぶように、絶望を重ねるための罠だったら?


「嫌。いやだ」

 まだ、さして体力を消耗せずに、サイコキネシスで戦えている。

 でも、手斧と鉈は、もう刃が欠けてきている。


「ブロックだ。ブロックの瓦礫も使わないと」

 適度な大きさと重さを、瞬時に選ばないといけない。重すぎれば、動かせなくて詰みかねない。

 人の頭くらいのブロックは――浮いた。使える。


 魔物に挟まれないように、そして、もしも扉が開いた時に、すぐ出られるように。扉の前で魔物との距離を維持している。維持出来ている。


「八匹ずつも、終わった」

 ブロックでも犬モドキを潰せる。だけど、二回ほどぶつけたら割れてしまった。

 もっと数が必要だ。


「移動しながらじゃないと、戦いきれないか」

 挟まれないように、片方の穴に近づきつつ手ごろなブロックを探した。

 その時だった。また、ガコンガコンと、大きな音が鳴った。

「……うそでしょ?」


 扉の前に、穴が空いた。

 ということは、きっと部屋の奥の方も。

 十字方向から、攻めて来る気だ。

 距離だけを考えたら真ん中に行くのがいいけど、後ろを取られてしまう。

 なら、角に行くしかない。

 背中を預けられて、攻めてくる方向を九十度角だけに絞れる。


「そうだ。浮けばもう少し距離を取れるんだ」

 自分を浮かしながら、戦い続けられるかは不安だけど。

 そうこう考えていたら、扉の前の穴から、犬モドキの数倍は大きな魔物が出て来た。

 人型の、だけど明らかに人間ではない大きさのそれは、頭がオオカミのように見える。


「犬モドキの次は、狼男ってわけ?」

 それは一体だったけど、犬モドキも最初の穴から湧いてくる。

「やっぱり、十数体居る。さっきは八だったから……十六ってわけね」

 となると、狼男も倍数で増えてくるのか。

 それより、犬モドキの数に競り負けそうだけど。


「グルルルロアァァァ!」

 雄叫びは、狼男だった。

 と、その声が終わると同時くらいに、一瞬で目の前にまで踏み込まれた。いや、正確には浮いている私の前にだから、跳躍してきた――。


 それを本能が予感していたのか、自分でも不思議なくらい完璧に、身を躱して避けていた。そしてそのまま、ブロックと手斧をいくつかずつ、狼男の頭と脇腹にヒットさせている。

 しかも、迫っていた犬モドキの群れに対して、魔法を放っていた。

 何も唱えずに、火炎の壁を噴き上がらせて犬モドキどもを焼き払っている。勝手に飛び込んできていたのもあるけれど、見事なまでに一群を全て焼いた。


「私、やれば出来る――」

 そう言いかけた口元に、何かの風圧を感じた。

 ずっと向こうに湧いていたであろう、もう一匹の狼男だった。


 その長く鋭い爪で、私の顔をえぐり取る寸前のこと。角に身を戻そうとして、ふと少し、下がったそのタイミングで空を切ったらしい。

 ヒッ。という悲鳴を上げつつも、それを吸気に変えて手斧とブロックを浴びせた。

 首を横にカチ割って、なんとか倒した。


「まだだ。もう十六匹」

 狼男に比べれば、犬モドキはまだ遅かった。視界に確認した瞬間に、また火炎を噴き上げる。

 心なしか、魔法の威力が上がっているような。

 一瞬で焼き殺せる火力は、持っていなかったはずだから。


「フゥ……ハァ……」

 緊張と恐怖と、その他もろもろで心臓はバクバクと鳴り響いている。

 それさえ忘れるくらい、集中していたけれど。


「きっつい……。ゲームみたいに、レベルアップとかしてくれないとさぁ……」

 鼓動の数だけ、体力が削れている気がする。

 極限の戦闘で、脳も疲弊してしまった。

 だけど気を抜いたら、一気に押されてしまう。

 何しろ、次は三十を超える群れが二つと、あの早すぎる狼男が二匹ずつの計算だから。


「早く終わってよぉ……」

 弱音くらい、吐かないとやっていられない。

 でもまだ、まだ戦える。


「――あっ。だめだ。近くにブロックが無い」

 手持ちはもう全部割れてしまって、威力を出せる大きさではなくなっていた。

 手斧と鉈も、限界だ。


 ――どうしよう。

 でも、どう考えても移動しなくては、継戦できない。

 壁際には、良い瓦礫が見当たらない。

 否応なしに、真ん中に近付かざるを得ない。

 そしてまた、おかわりが出て来た。

 魔法中心で戦うしかない。


「……いや、そうだ。魔物を掴んで盾にくらいなら、出来るんじゃない?」

 それに、頭はそれなりに硬いはずだ。

 ただ、狼男は力負けしそうな気がする。

 捕まえるなら犬モドキだ。果たして、一度に何匹動かせるか――。

 でも、犬モドキに近寄る前に、狼男が一瞬で攻めてきた。

「くっ!」


 ありったけの魔力で、火炎を噴き上げる。

 犬モドキみたいに焼けてくれと祈りながら。

 そして、炎を突き破って来ないのを確認すると、もう側まで迫っていた群れを持ち上げた。

「ウゥッ。全部は、無理」

 半数ほどを捕まえて、物のように残りにぶつけてかかる。

 やってることは、蛮族みたいな戦い方だ。


「アハハハハ。お姉ちゃん、おもしろいことしてるねぇ」

「――ユカ?」


 どこから現れても不思議ではないけれど、ここ一番でジョーカーを引いてしまったらしい。

 部屋の真ん中辺りから、私に近寄ってくる。

 ……向こうから来たのだから、私が引き当てたわけじゃないけど。


「あっ、オオカミちゃんが来てるよ~」

 しまった。ユカに気を取られて――。

 視認していないままで、ユカが指差した右側の、どこから攻撃されるのかが分からない。

 まだサイコキネシスで持ったままの犬モドキたちを、がむしゃらに振り回しながらその場から身を躱す。


 運よく一匹を防ぎ、もう一匹からの攻撃も、空を切らせた。

 目の端に捉えたそれを、もう一度犬モドキたちで殴り潰す。最初に防いだ狼男も、息の根を止めたかの確認がてらに犬モドキを当てた。


「わ~。すごいすごい。お姉ちゃん、頑張るねぇ」

 ――うるさい。集中が乱れる。

 もう一群が、すでに私に飛び掛かりかけていた。

「ファイアウォール!」

 やっぱり、名前だけでも唱えた方が、安定して出せる気がする。

 さっきよりもさらに、火炎の勢いが強いように思う。


「ねぇねぇお姉ちゃん。それ、上じゃなくて横にうてばいいのに。そしたら、いっぱい広がるよ?」

「……言われてみれば……そうかもしれない」

 もっと早く言ってくれたら、火炎を出している時間を短く出来たかもしれないのに。


 魔力が、もう残り少ないのを感じる。

 撃てて、あと三回くらい。

 それ以上は魔力切れを起こして、意識が飛んでしまう。

 ――もう、出て来ないで。もう終わりにして。


 だけど、無常にも狼男は四匹ずつ、犬モドキはもう、分からないくらい出て来た。

「もう、やだ……」

「お姉ちゃん、がんばれ、がんばれ~」

「手伝ってよ!」

「え、どうして? せっかくお姉ちゃんが、絶望して死にそうなのに」

「はぁ?」


 ――いや、そうだった。この子は……。

「だって、お姉ちゃんはわタしの、ゴハンになるって約束したでしょう?」

「……ほんと、最悪の中の最悪」

 言っている間に狼男が、ほとんど同時に飛び掛かってきた。目の端に捉えた四匹が前方左右からと、なんとなくこれまでの感覚で後ろに来たのが分かる。これはたぶん、殺気というやつだ。

 ピリピリとした鋭い何かが、狙われている部分にチクリと刺さる。


「最後まで、諦めたりしないから!」

 ユカに煽られたせいで、怒りが込み上がっていた。

 泣きたくて苦しくて、ほんとは絶望しかけていたけど。


「火炎放射ぁぁ!」

 体を翻してその場から逃げつつ、火炎の壁を真横に放った。そしてそのまま、サイコキネシスで周囲を薙ぎ払うように回転をかけた。

 私の周囲はもう、炎の海となって燃え盛っている。


 そして、殺気が消えているのを確認して、それを犬モドキの群れの方にも放った。

 最後の最後まで、魔力を振り絞って。

「ハハ……。もう、限界……」


 もういい。

 ここまで一人で戦えるなんて、思ってもみなかった。

 覚醒しただけ、あったかもしれない。


「お姉ちゃん。きゅうけいするの?」

 ほとんど飛びかけている意識をなんとか保って、私は落下しないように地面に降りた。

 あとは、これで罠が終わらないなら、おしまいだ。

 私はもう、ここで死ぬ。

 でも、やり切った。かなりの数の魔物を、こんなにも、一気に倒せたんだから。


「もう、いいの」

「えー? ここ、全部倒さないと出られないよ?」

「へぇぇ……。でも、もう無理だし」

「死んじゃうの?」

 間近に寄ってきたユカは、倒れ込んだ私を覗き込んでいるらしい。

 顔が近い。

 霞んだ目でも、その息づかいが頬に当たって、すぐ側に顔を寄せているのが分かる。


「じゃあ、わタしのゴハンにしてもいいよね」

「できる……ものなら、ね」

「あれ……? 絶望してない。怨念も弱いし、これじゃあゴハンにならない」

 ……とうぜん、でしょ。

 やり切ったんだから。


「もう、しょうがないなぁ……。シロ。お姉ちゃんを囲んで、護って」

 ユカがそう言うと、あの白い龍が地面から現れた。

 その長い体で私を囲んで、ドーナツのように輪になって、面白くなさそうな冷たい目で私を見下ろしている。そういう気配を感じた。


 ――それより、手伝ってよ。

 私は霞んだ目で、龍を睨み返してやった。



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