八、テストプレイ


 ――この力があれば、無敵だ。

 心が躍る。

 男の子がヒーローに憧れるのも、今なら分かる。

 悪人も魔物も、みんなまとめて倒せる気がする。


 でも、慌てて迷宮に行くのはまだ危険だ。

 このサイコキネシスは、どのくらいのパワーが出せるのかを調べなくては。

 持ち上げられる重さ、有効範囲。自分を浮かせたまま出せる速度や高度。それから、ユカのように銃弾を止められるのか、とか、いろいろある。


 ――どれから調べよう?

 それに、人に見られないようにしたい。なんとなく、内緒にしておいた方が良いような気がするから。

 だけど銃は持っていないから、最終的には協会で借りなければいけない。

 確か、貸し出しはかなり難しかったから……もしかすると銃弾を試すのは無理かもしれないけど。

 でも、例えば刃物を投げてもらうことなら出来る。


「どうしよう……考えるだけで楽しい」

 そうだ、魔力切れや魔力暴走のように、サイコキネシスのリスクも。

「となると、一人だと調べられないものもあるか……」

 万が一、気を失ったり重篤な状態になった時に、助けてくれる人が必要だ。


 ――リストを作ろう。

 まずは家の中で出来そうなものから。

 というか、思い付くことが多すぎる。これは最初にじっくり、体系的に考え進めて行く方が良いだろうか。




 最初のチェックは自分の部屋で、いくつの物を同時に動かせるか。

 これは別々の動きをさせるのは難しい代わりに、机ごと全部を動かすことが出来た。普通なら一人で持ち上げられない物でも、強く念じる必要もなく動かせる。ただ、その中のペンだけとか、あれとこれと……と分けようとすると、どうしてもその場で固まってしまう。


 要は、意識をしっかりと巡らせられるかが肝みたいだ。器用さと慣れも必要で、どこかお手玉に似ている。最初は二つでやっとなのが、慣れると三つ、四つと玉を増やしていける。


 ――たくさん練習して、増やせるだけ増やしたいわね。

 一度に多くを操れると、例えばナイフや剣を十本くらい使った、多彩な同時攻撃が出来る。

 そこに、魔法攻撃も加えられたら……それだけで脅威になれる。


 ――一対一なら、怖いもの知らずの負け知らずになれそう。この間みたいな多対一でも、遅れを取らないはず。

 銃を混ぜれば、一人要塞のような戦い方も出来るだろう。

「銃かぁ……お金が足りないなぁ」

 この力があれば、私でも大口径の銃を扱えるのに。


 ――いや、あった! 特別手当で、百万円もらっていたんだった!

 弾もそれなりの量を買えるはず。

 協会員価格なら、二丁くらい買えるかもしれない。とにかく今は、銃も弾も貴重品だからとにかく高いけれど。

 でもやっぱり、魔法が使えるから銃はひとつにして、防御にお金を掛けようか……。

 おなかを強打されても耐え得る、ボディアーマー。


 ――高っっっか!

 ネットで調べたら銃なんかより遥かに高かった。

 道理で、協会からは安くて重い防弾チョッキさえ支給されないわけだ。

 頭の装備も、と思ってフルフェイス型の軍用を見て見ると、同じくらい高かった。

 これじゃ、全部は買えない。

 でも、見た目の問題も考えると、銃とボディアーマーにするか、銃を諦めてフルフェイスとボディアーマーにするかの、二択だ。


「う~ん……迷う」

 見た目のカッコ良さは、絶対に譲れない。

 頭は絶対に守りたいけど……頭だけ装着するなんて、さすがの私でも出来ない。というか、自分の価値が格段に上がったような気がして、見た目にこだわるようになってしまった。


 ――私も現金なものね。強くなったと思ったら、これだ。

「お金、稼がなきゃ」

 目的も変わってしまった。

 刷り込まれた「誰かを守るために」だけじゃなくて、「自己満足のために」というのが追加された。


「……舞い上がってるなぁ。気を付けないと、何かやらかしそう」

 落ち着け、私。

 それにいつの間にか、力の加減を調べるはずが物欲の満たし方に偏っている。

 ――でも、自分のために買い物選びをするの、久しぶりだったし。


「それより、サイコキネシスでどこまで防御できるかも調べないと」

 そうだ、ユカのように銃弾を防げるなら、防具を買う必要はないのだし。

「お母さんに、包丁投げてもらおうかな」

 いや……絵面がヤバいし、お母さんはそんなこと出来ないか。

 私だって、逆の立場だとしてお母さんに包丁なんて投げられない。


「……なおひこって人の連絡先、聞いておけばよかった」

 あの人になら普通に色々と聞きながら、試したり教えてもらったり出来ただろうにと思う。

 そういえば、あの人の苗字は何だっけ。

 フードにマントで顔も背格好も分からなくて、知り合いになりたくなかったのよね。


 そんなことを考えながら、思い付きでカッターナイフの刃を腕に当ててみた。バリア的な感じで、体を守れるかどうかのチェックだ。

 ――いやいや、すでに刃の感触が肌に伝わってるじゃん。

 当ててしまっては、意味がなさそうだった。このまま刃を滑らせたら、絶対に切れてしまう。そういう感触だ。


 触れないように、力で弾く?

 それともバリアのイメージが足りない?

 単純に物を動かすのとは違って、防御を考えた時に、どういう想像をすればいいのか分からない。

「間違った方法で試したら、失敗して怪我しそうね」


 やっぱり、先に防具を買うべきだろうか。

 でも、フルフェイスはやっぱり避けたいかなと思った。だって、どう考えても視野が狭くなるし、息も篭りそうだし。それに、外した時に髪の毛がくしゃくしゃだろうなとか、余計なことを考えてしまっている。


「余裕出し過ぎかな……」

 浮かれているのは、分かっている。

 ――でも、急にこんな力に目覚めたら、きっと誰だってこうなるに決まってるわよね。


 銃や防具を買うのは、もう少し後で考えることにした。



  **



 大した検証もしていないけど、一人で迷宮の受け付けに来てしまった。

 結局、協会には内緒にしたいし、かと言って都合良くペアを組める相手も居ない。だからソロで潜るしかなかったのだ。

 それに迷宮なら、色々な攻撃を試していてもおかしくないし、魔物が出れば防御のテストも出来る。


 一番の問題は、まだ新米扱いの私が、登録所でソロ申請が通るかどうかだ。

 登録所では、いつ誰がどこまでの探索を、何日程度までする予定なのかを記載する。


 その受け付けカウンターで書類を埋めていると、案の定、職員のおじさんに話しかけられた。角刈りが似合う四角い顔で眼つきが鋭い、歴戦の戦士みたいな。迷宮探索の合間にバイトで受け付けを手伝ってます、という感じがありありと出ていて、事務員っぽさが全然無い人だ。


「君、一人で潜るの? 実働一年未満なのに? 新米なんだから無謀なことはしないでくれよ? 何日潜るの。あぁ、最大二日か。まぁ妥当なところだな。でもあれだぞ、五階層までにしろよ? 予定日数を過ぎた時の捜索、大変なんだから……いや、やっぱり一人ってのはなぁ」

 私の記入を見ながら、探索者だろう受付のおじさんは一人で喋っている。


「あの、安全に潜りますので……」

「う~ん。でも、女の子のソロってのは……」

「ま、魔法士ですから、大丈夫ですよ」

「そりゃあ見れば分かる。でもなぁ」


 止められちゃうかなぁ。

 でも、せっかく来たし、やっぱり試したいし……。

「一発、食らってみます? 大丈夫だって安心させたいし」

 私はにっこりと、言い放ってみた。


「ちっ! 魔法士ってのは血の気が多くて困るぜ。魔法は羨ましいなぁ畜生。分かった分かった、行ってこい」

「えへへー。ごめんなさーい。ありがとうおじさん」

 おじさんは、いいからさっさと行けとばかりに、しょうがねぇなという顔で手をしっしと払いながら、見送ってくれた。


 ――やった! こういう感じでいいんだ?

 でも、サイコキネシスが使えなかったら、こんなに堂々した態度では言えなかったと思う。

 力ひとつで変わるもんだなぁ。自分が恐ろしいよ。

 だけどこれで、気兼ねなく迷宮に入れる。



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