二、裏切り者
「そういゃ新米。お前、覚醒者の話は聞いたか」
潜って五日目。私の中ではかなりのペースで深く潜っている。もしも協会の部隊だったら、新しい迷宮なら一日に三階層を降りるなんていう速度では潜らないから。せいぜい、一日に一階層だ。それでも早い。
この迷宮も例のごとく、五階層を超えてからは様相ががらりと変わった。突然、空が見えているかのような光景になり、草原のような広い空間だったり、山の中のように高低差と木々に覆われていたりする。
端から端まで何キロあるのかさえ、見当がつかない階層もあった。ほとんどの場合では、遠く霞むくらいの距離に壁が見えるけれど。でも、天井がどうなっているのか、全く分からない。異空間か、それとも別世界に飛ばされているのではと錯覚するような、空や雲が見える時もある。
今居る十五階層は、私たちよりも背の高い草……というか、私の好きなトウモロコシに似ているそれらが、ずーっと続いている。この中ではぐれたら、もう二度と会えないだろう。
昔のアメリカでは、広大なモロコシ畑で毎年遭難者が出たほどだから、この階層ではきっと誰も見つけられない。もちろん、私たち探索者には、信号弾などの手はあるけれど。
「覚醒者ですか。一応、講習で習いました。探索を続けていると極々稀に、人間の能力を遥かに超える力を手に出来るとか」
絵空事だ。
教官はそう言っていたし、私もそう思った。そこまでファンタジーじみたことが起きるなら、そろそろ英雄たちが、この世界を救ってくれる頃合いじゃないか、と。
そんなことより、すでに十五階層を抜けて、十六階層に続くだろう下りの穴を発見したことが気になって仕方が無い。
この人たちは、どうして最短ルートを知っているかのように、下に続く道を見つけられるんだろう。何かそういうのに特化した、探索用の魔法でもあるのだろうか。そんなものは、聞いたことがないけれど。少なくとも、協会では習わなかったし、誰かがうわさしたことさえなかった。
「俺達がその、覚醒者の集まりだとしたらお前、どう思う?」
「――えっ?」
まさかそんなことが? でも、だとすればこのハイペースな階層突破も、頷けるかもしれない。
「はははは! 馬鹿正直だなぁお前は! 冗談だよ」
男Aはそう言って、また笑った。
「なんですかもう。ちょっとだけ信じちゃったじゃないですか」
「新米。そんなこっちゃお前、簡単に人に騙されるぞ。気をつけろよ」
「いや、私は高校の途中からずっと迷宮探索ですよ? 騙されるヒマもないですよ」
「そうか。そりゃあ災難だったな」
そんな会話をしていると、少し前を歩く男Bも会話に加わって来た。
「そういえばよ、裏切り者が出たって話、聞いたか?」
それは私と男Aに、というよりは、Aにだけ言ったような気がした。
「いんや? どこ情報だよ」
AがBに即答で返した。やっぱり、私も含めての会話ではなかったらしい。
そもそも何の裏切り者なのかサッパリだったし、当然と言えば当然の流れだった。
「それがよ、実際に裏切り者を見たって部隊が居んだよ。俺は直接その一人……を、知ってるって奴に聞いた。目がマジだったらしいからよ。半信半疑の、ちょい信じる方になったぜ俺は」
「ハッ。結局どの部隊の誰かわかんねーじゃねーか。バカかお前は」
「ハハハハハ! でもよ、かわい子ちゃんだったって言うんだ。見てみて~とか思わねぇ?」
「魔物にビビリ過ぎて頭にキちまったって類だろ。くだらねー話すんな」
そこでその会話は終わった。
察するに、『魔物側に付いた人間が居る』という話だったんだろう。
……そんなことがまず、可能だろうか?
魔物の中に入れば、人間は間違いなく食われる。おなかを空かせたヒグマにでも出会ったら、と思えば分かりやすい。八つ裂きにされて食べられて、それでおしまいだ。
というか、実際にオオカミやクマに似た魔物も出る。ファンタジーな魔物も沢山いるけれど。
大型の犬系、猫系、熊系、それに山羊や牛みたいなのも居る。四つ足のものは大体居るらしい。人の背丈くらいのニワトリもどきを見た時は、誰かが頭をついばまれた時だったのでトラウマだけど。
とりあえず地上で見知った動物はみな、角や牙と図体が強化されて出て来るのだと教わったし、実際にその通りだった。
怖いのは、草木に扮した魔物だ。ただの木だと思ったら、蔦や枝なんかを鞭のように振り回したり、木はその巨体でボディプレスをしてきたりする。擬態というか、中身も植物のくせに人を襲うのが恐ろしい。見分けがほとんどつかないのだから。
まぁ、迷宮の中にある形ある物は全て、何かしら襲ってくると心づもりしておくのが肝心だ。
でないと、休憩のためにもたれた岩が実は魔物で、服ごと絡め取られてゴロゴロと転がって行き……
それで最初は怖くて仕方がなかったけれど、今となって慣れてしまえば、見わけもある程度つくようになった。いや、違うか。無意識的に危険そうな物を避けている、と言った方が正しいかもしれない。
特に私は、魔法士特有の能力か、魔力を帯びたものがうっすらと見える。本当に目を凝らせば、だけど。そこに警戒が加わることで、おのずと魔物の擬態を見分けているのだろう。
「新米、ついて来てるか」
ペースが速いから、ついていくので精一杯なのを見抜かれている。五日目ともなると、体が重い。本当ならゆっくりペースの日を挟む頃合いなのに。
ただ、男Aは私の保護役として、きちんと気にはかけてくれているらしい。
「はい。まだ大丈夫です」
嘘ではない。けど、限界まで我慢するつもりはないから、もう少しバテたら一応は報告するつもりでいる。そこで置いて行かれるかもしれないけれど、それだと私を連れて来た意味がなさそうだから……きっと休ませてくれるはず。
それにしても、並の行軍ならこんな無茶なペースで進まない。ほぼ走っているか、かなりの早歩きの繰り返しだ。
昔なら銃火器と弾という重い装備を担いでいたらしいけれど、今は武器が刃物か鈍器だから、かなり軽い部類に入る。その分、水と食料を多く持ち歩けるけれど、銃火器よりは軽い。大体四十キロの装備だ。かといって、走り続けろと言われたら無理だけど。
そんな私の体力も見越して、武器と一日の水食糧以外は、ほとんどを他の五人で分け持ってくれている。
――何をそんなに、急いでいるのか知らないけれど。
馬鹿げたペースだとしか言えない。
「新米、魔物が近い。が、足の遅いやつだとよ。戦闘せずに避けて通る。今から良しと言うまで、声を出すなよ?」
男Aは、前からの手信号で状況を受けたらしい。それを私に、ヒソヒソ声で伝えてきた。
ここでもしも、「はい!」なんて返事をすれば殴られるだろう。コクリと頷いて、理解したことを伝え返す。
足の遅い魔物からは、実は普通に逃げられる。特に植物系や、鉱物の塊みたいなやつからは余裕で逃げられる。逆に、倒そうと思うと硬くて時間が掛かるけれど。私のように魔法に特化した魔法士は、そいつらを倒すのに大いに役立つ。炎で丸焼きにしたり、土の魔法で壁を作って、囲い込んで袋叩きにしたり。
そしてありがたいことに、そういう魔物は動きが単調で、攻撃パターンを把握しておけばそこまでコワイ相手でもない。型に嵌めて倒す、いわゆるハメ殺しが出来やすい。
新米魔法士の私がこの小隊に居る意味は、そういうのを倒して資源調達をするためだ。
でも……この小隊は、資源調達をするつもりがないようだけど。
新米でも構わないと言って誘われたから、こんなにも深く潜るとは思ってもみなかった。
このくらいの階層になるともう、私ひとりでは倒せない。置き去りにでもされたら……絶対に助からないだろう。
すでに十六階層へと続く、下り坂の大きな穴の中。
いくつか横穴もあって、その内のひとつを、岩が蓋をしているのが見えた。あれは岩の魔物だろう。色合い的に、鉄を多く含んでいそうな。あれを倒すには、核になっている心臓部分を破壊する専門家が必要だ。全てが鉄ではないからまだ倒せるらしいけれど、もしも精錬された鉄の塊が魔物だったら……貴重な爆弾を使うしかないだろうと教官は言っていた。
この小隊ならなおさら、岩系の魔物は無視して逃げるのが一番いい。
それからしばらく坂道を降りていくと、前から声が聞こえた。
「おい! 到着だ! 目的地に着いたぞ!」
少し先を行く三人の、隊長ではないどちらかが言った。
「おお、ようやっとか。良かったな新米。やっとゆっくり休めるぜ」
「はい。さすがに嬉しいです」
男Aは、なぜかことさら嬉しそうだった。まぁ、疲れているのは私だけではないのだろう。だって私はもう、あと少し休憩が遅ければ休みたいと伝えるところだったのだし。慣れていそうな彼らとて、顔に出さなかっただけかもと思えば納得だ。
ただ、休めるぞ、ではなく、休めるぜという言葉の使い方が、なんとなく違和感を覚えた。
言葉の使い方に細かいのは自覚しているから、あえて口に出したりはしないけれど。
それよりも、数ある横穴のひとつに迷わず入って行くところを見ると、最低でも一度は来ているのだろう。無謀に思えた行軍は、精度の高いマッピングをした上でのことだったらしい。
……途中から、そうだろうと思っていた。いくら鈍い私であっても、そのくらいのことは分かる。分かっていた、うん。
ただ、そろそろ目的を聞かないことには、急に強い魔物と戦うとか言われても困る。ここまでほとんど戦闘せずに降りてきたし、私を怖がらせない為だったとしても、対策無しに挑むのは私の死亡率が高くなってしまうから。
それに、ここまで深く潜ったらもう、私には引き返すことも出来ないのだし。
「あの……そろそろ、こんなに深く潜っていく目的を教えて欲しいのですが。強い魔物を相手するなら、心積もりもしたいですし」
横穴をさらに進んだところで、皆が荷物を下ろし始めた頃合いにそう聞いた。
この先に、ボスみたいな魔物が居るのかもしれない。ひと儲け出来そうな資源となれば、宝石とか金を含む、岩系の魔物だろうか。
「あぁ? そうか、そういや言ってなかったな」
隊長は、近くで見るとことさら大きい。百九十センチはあるだろう上に、鍛え上げた分厚い体が、それ以上の巨体に見える。この人なら、魔物と素手でとっ組み合っても勝てそうだ。
「いやいや新米。先に言うわけないじゃないか、こんなこと」
男Cがニヤニヤと笑う。他のC以外も、同じ薄ら笑いを浮かべている。
「……こんな、こと」
私は、彼らに取り囲まれていた。
――うそでしょ?
素養があるからと訓練に参加させられた時から、全員に叩きこまれたことがある。
『こいつらを女と思うな! お前達自身もだ! 女だと思った奴らは、全員、死刑だっ!』
男女隔てなく、同じ訓練を行う。部隊のひと駒として、統制が取れなくてはいけないから。
でも、特に最初は、互いに性別というものを意識してしまいがちだった。
それを払拭するために、任務を遂行するためのひとつの駒となるために、厳しく言い聞かせられた。
女と思うな。我々はひとつの部隊であって、集合体だ。
私は、体力に差があるのに、酷いと思った。
でもそれは、私たち女子の身を守るためでもあっただろうし、もちろん部隊の生存率を高めるためでもあっただろうし、とにかく絶対の理屈だった。
ふざけて女子をイジった訓練生は、その瞬間に連れて行かれた。そして、二度と姿を見ることは無かった。本当に死刑にしたのか、それとも別の地域に連れて行かれただけなのかは分からない。
だけど教官は、彼が居たことさえ無かったかのように振舞うものだから、全員が戦慄を覚えた。それだけで皆の気が、一気に引き締まった。
そうやって育てられ、迷宮に繰り出すようになってからも、一度もその手の話やイジリをされたことがない。
――だから、失念していた。
訓練への入隊で切らされた長い髪は、さすがに少しずつ伸ばしていた。訓練終了後に許可が出たから。
でも、黒髪のまま染めたこともないし、今もくるめて、半帽メットの中にある。全身アーミー柄の、皆と変わらないような行軍服だ。
それにこの五日間、お風呂にも入っていないし土埃まみれ。
そのどこに、女の要素がある?
「まぁまぁ。たまに楽しまないとさ。でもさ、金で買う女はつまらねーのよ。高飛車なのが多いし、あれはダメこれはダメって、キマリゴトがうざくてなぁ。破れば監獄行きとあっちゃ、うっぷんもストレスも溜まるわけよ」
「性欲だけに、ってか? ギャハハハハハ!」
下衆な笑いだ。反吐が出る。
三流ドラマでも言わないような、気持ち悪い言葉と、笑い声。
「ま、そういうことだから。ちょっと大人しくしてくれよ。すぐに気持ちよくしてやるから」
「いやいや、暴れたってかまわねぇよ? そういうのもまあ、悪くねぇから」
あぁ、こういうのが集まる隊もあるわけか、野良の、認可を受けただけの隊には。
どうして私は、誰でも善良だと信じてしまうんだろう。
どうして私は、疑わなかったんだろう。
いつも居たブラックな組織は、そういうところはきっちりしていたから、忘れてしまっていたんだ。
馬鹿な私。
……でも、ただで犯されるなんて、思わないことだ。
「私は魔法士よ。新米と言っても、火力はあんた達なんかに負けない! ファイヤーウォーうっっっっ!」
激痛が、全身を貫いた。
腹部から、中身が込み上げてきて喉を埋めた。
「うぉぇぇぇ」
魔法士は別に、呪文じみたものを唱えなくても魔法は発動出来る。けど……意識を集中させるのに丁度良いから、習った通りの言葉を口にする。
意識を整え、集中し、体を巡る魔力を言葉通りの――今は炎の壁を――力として現出させる。
だけど、その決まり文句と集中の最中に、おなかを殴られた。
男の拳って、こんなに硬くて痛いものなの?
――それにいつの間に、懐に飛び込まれた?
それよりも、今の瞬間に後ろから羽交い絞めにされてしまった。
吐いたものが、服を汚しながら地面にこぼれている。痛みで涙が出て、視界が滲んでもそれは分かった。
「使わせねぇ方法なんて、カンタンだろ? 実戦不足だ。次から気をつけるんだな。魔物はこうして待ってくれねぇんだぜ?」
「お~お~、優しいレクチャーだ。ちゃんと覚えたか新米?」
うざい。鬱陶しい。何がレクチャーだ!
「く、クソったれ」
その言葉を吐いた瞬間、バチンと大きな音と衝撃で、顔が吹き飛んだかと思った。
目がチカチカとして暗転し、左の頬の感覚がない。脳も揺れたのか、何も見えないのにグルグルと目が回っている感覚が気持ち悪い。
「おいぃぃ顔は殴んなって! 俺は顔が腫れたりしてたら萎えるんだからよぉ!」
「ちっ。だからビンタにしただろうが。歯も折れてねぇだろが」
「おめぇは短気なんだよ。ちっと優しくしてやりゃ、素直に股開きそうなのに」
「馬鹿か、一発殴って諦めさせた方が早いんだ。こんなやつ、使い捨てなんだからよ」
「えぇ? こいつは稀に見る上玉だぜ? 大事に使おうって言ったじゃねぇか」
「反抗的な態度じゃなきゃな。これで大人しくなれば、優しくもしてやるさ」
……好き放題言ってやがる。
くそが。ごみが。皆殺しにしてやる。死んでも呪ってやる。全員、めちゃくちゃの肉の塊になるまで、すり潰してやる。許さない。絶対に、必ず殺してやる。
「まぁまぁ。とりあえずゲロまみれの服を脱がしちまおうぜ。臭くてたまんねぇわ」
「手っ取り早く切っちまえ。トロいんだよお前は」
見えない。まだ視界が暗いままだ。脳もグルグルと回り続けていて、魔法も使えない。
今使ったら、制御出来ずに自分も焼いてしまうかもしれないから。それに、こんなに密着されていたら、どのみち自分ごと焼くことになる……。
――違う。
私……怖くて目をつむってるんだ。
自分も焼くのが怖い。皮膚が焼けて、肉が焦げる臭いを知っているから。あの痛みは、二度と味わいたくない。
訓練中に失敗して、手から腕にかけて大火傷を負った記憶が……自害する決断の、邪魔をしている。
悔しい。
悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい――――。
「うひょー。真っ白い体してんじゃねーの。たまんねーなぁおい。案の定、、胸もけっこうあるじゃねーか」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!
「やめ……て」
どうしてこんな目に遭うの?
真面目に生きてきたのに。辛い訓練も、家族や友達を守れるからって、なんとか頑張ってきたのに。
「かわいい事言うじゃねーの。そういうのだよ。俄然、やる気になるぜぇ」
「うわー、最低だよこいつ」
「おい。俺が最初にヤるんだ。まだ触んじゃねぇ」
「へいへい。わ~かってますって隊長。潔癖症だもんなぁ」
「うるせえ!」
もっと疑えばよかった。
もっと慎重になればよかった。
もっと、あの組織で頑張ればよかった。
そうしたら、こんなことにはならなかったのに……。
――ああ、やっぱり、覚悟を決めなきゃいけない。
汚される前に。
こいつらに触られる前に。自分ごと、火柱で焼き尽くす覚悟を――。
そう思った時だった。
「あら? アナタ、まだ生きてたの。死んだ頃に出てこようと思ったのに。ちょっと、来るのが早かったわね。久しぶりだから、わタし、間違えちゃった」
その声は、少女のものに聞こえた。
よく通るのに、可憐で心地の良い、高い声。
平らな地面だったはずだけど、少し上から聞こえるのは、何かの上に立っているのだろうか。
ともかく、その少女らしき声のお陰で、体にはまだ。触れられずに済んでいる。
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