一、私のいる世界
この迷宮に潜って、三日目。
大阪東部に出来たばかりの迷宮に、無謀にも六人小隊で挑んでいる。
私はこの探索で、ついに死ぬかもしれない。
普通なら、新しい迷宮には小隊をいくつか集めた中隊か、もしくは大掛かりな探索になると、それらを合わせた大隊で潜るというのに。
この小隊のやつらは、頭がどうかしている。目先の報酬目当てに、命を天秤からさえ外してしまった大馬鹿どもだった。
――いわゆる特攻部隊。
無謀部隊と言い換えられることの方が多い。それはそうだろう、全員が生還することは無い潜り方をするのだから。
死ぬ覚悟なんてとうに出来ているけど、この小隊で死ぬのは、私は嫌だ。
まさかこんな小隊だと知っていれば、誰が入るものか。そう、絶対に入らなかった。
図体ばかりの横柄な隊長と、その腰巾着の部下たちが四人の、合計五人。
その五人ともが、頭で考えるよりも、体で知ることになるまで突っ走る人間だなんてありえない。ありえないはずなのに、それが集まっているなんて。
その中に、ほぼ新人の私。
元々、六人で組んでいた仲間の魔法士が死んだからと、私が選ばれた。
その時は、渡りに船だと思ったのだけど。
迷宮の近くに設営された登録所はごった返していたというのに、彼らはなぜか、見るからに新人の私目掛けて部隊に誘ってきた。
男ばかりの五人の中に、駆け出しの魔法士を入れるメリットは無いはずなのに。そう思って疑いはしても、私も断りづらい事情があった。というよりもむしろ、好都合とさえ思った。
こいつらが、ブラック部隊も真っ青の、パワハラ特攻小隊というのを見抜けなかったばかりに。
パワハラと特攻、どちらが最悪だろうかと選ぶまでもなく、両方だなんて。
迷宮は、そんな愚かな小隊を懐へと誘い込む。
そこに住まう魔物が、人間の資源となるせいで。
……往々にしてこれら迷宮は、地下五階ほどを下ると、そこから地形がおかしなものになってゆく。
まるで空のある草原のようであったり、森林のようであったり、そしてまた迷路じみたものであったり。
異界と通じているのではと、科学者たちがまじめに発表するような異質な空間が、地下に広がっている。
――世界を魔物であふれさせ、滅亡へといざなう悪しき迷宮。
私はそう思っているし、大半の人もそう感じている。
だけど、刹那に生きる者達には、まるでゴールドラッシュのように映るらしい。
私が今いる、この小隊のように。
**
――どうして魔法なんて、使えてしまったんだろう。
本当なら、街の中で高校に通っていたはずなのに。
学校の体力テストと一緒に、魔力テストもあるのは知っていたけど。
誰でも使えるような、小さな火の玉を出すくらいしか出来なかったはず、だったのに。
でも、どうやら私には、魔法の素養があったらしい。
「
協会の職員らしき女の人からの、有無を言わせない強制的な説明。
そして、その場ですぐに拘束されたような雰囲気の中、家に帰ることも許されずに講習施設とやらに連行された。
先生たちは、「かわいそうに」という目で見るだけで、助けてくれなかった。
魔法の素養によっては、徴兵されることがあると聞いていたけれど。
まさか自分がそんな目に遭うなんて思いもよらないし、絶対に無いと思っていた。
世界は危うい状況らしいと教わってはいたけれど、私の周りは平和だったし、徴兵された子なんて近くには居なかった。
友達も皆、自分が魔物と戦うことになるなんて、想像さえしていなかったはずだ。
戦ってくれる人たちがいてくれて、そのお陰で私たちは普通に暮らせている。そう思って生きてきて、そうあり続けると信じていたのに。
それがなんで、私だけ。私だけがこんなことになってしまったの……?
半年の講習は、その可愛らしい学生になじみのある言葉とは裏腹に、過酷極まりないものだった。
そう。普通に軍隊だった。
たまにテレビで見るような、朝早くに叩き起こされて、号令とともに整列して、駆け足で、筋トレもさせられて、上官から厳しく叱咤される……。
人格なんて存在しない。部隊の一員となるための厳しい、私には厳し過ぎる訓練の日々――。
その上、人類にはまだ新しい「魔法」というものを扱う。
それが本当に効率的なのか、それが正しいものなのか、そんなものはお構いなしのように感じた。
とにかく、使いこなせるようになりそうな訓練をする。
正直に言えば、何度か死にかけたし、殺されかけた。
きっと、普通の軍隊ではないのだと思う。普通のそれを知らないけど。
変に魔法があるせいで、「治癒魔法」で治癒される。だから思う存分に、死の縁までしごかれるのだ。
治癒されると痛みも怪我もきれいに癒えるから、私も途中からおかしくなっていた。
死ぬことさえ出来ない地獄のような場所なのに、慣れてしまったのだから。そのせいか、死の覚悟というのも出来てしまった。そしてその上、命の計算までしてしまえる。
――ここで命をかければ、仲間を生かせる。
――ここで死んでは無駄死にになる。だから引き際だ。
なんていう思考が、そういう計算の上で、実行することもきっと出来てしまう。
いつの間にか、たったの半年でそんな人間に変えられてしまった。
それもこれも、迷宮のせいだ。
迷宮のせいで、私が知らなくていいものまで学んでしまった。
**
受けさせられた講習の後では、その後の部隊入隊まで、自然な流れだった。
何の疑問も持たずに入隊証を受け取り、国の――私は大阪の所属として――迷宮に中隊の一員として潜っていた。
けれど、あまりにこき使われるし休みもあまり取れず、不規則過ぎる生活に心が悲鳴を上げた。
まだ、心が残っていたことにホッとしつつも……部隊を抜けた。
その結果が、この始末というのが泣けてくるけれど。
誘われた小隊は、もっと最悪な隊だったのだから。
……一応、迷宮内であろうと治外法権ではないし、証拠を押さえれば犯罪を犯した者は厳しく罰せられる。そもそも、戦える人材は貴重だから故意に傷付けたり、ましてや殺したりすれば重罪だ。
身の危険をこの男たちに感じるよりも、迷宮内の魔物に殺されないように神経を張り巡らせておくべきだ。
なんて物思いに耽っていると、
「おい、駆け出しぃ! 遅れんじゃねーぞ!」
私の前を歩く男は、隊長の腰巾着のクセに偉そうにイキって吠えた。
「はい!」
だけど素直に返事をしておかないと、もっと怒鳴ってくる。
嫌な男。
嫌な隊長。
嫌な小隊。
「新人つっても、訓練終わってから協会の部隊で半年潜ってたんだろーが。トロトロしてんじゃねーよ!」
「すみません!」
グダグダねちねちと、しつこい男A。
それを見て、ニヤニヤといやらしい笑みを向けて来る男B。
三日も一緒に居るのに、未だに名前を覚えられない。覚える気もない。
たぶん、この隊のせいで私は死ぬ。
死ぬのに、こんなやつらの名前なんて覚えてやる意味なんてない。
新しい迷宮に先駆けて潜る隊は、そのほとんどが死人を出すし、死人を出そうとも、儲かれば良しという隊だ。でも、この小隊は進み方を見ていると無謀でしかなく、きっと全滅するだろうと予測している。だから、名前を覚える労力がムダだ。
本当なら断りたかったけれど、協会指定の部隊も超絶ブラックで、辞めてしまったから後が無かった。
それというのも、協会指定の隊を抜けても、一週間以内に他の部隊に入れなければ連れ戻されるから。
年単位の活動実績が無い私は、新米過ぎて入れてくれる部隊が無い。そして、その期限まで残り二日だったのだ。
誰も新米には見向きもしない。
命を掛ける仲間として、見てもらえるはずがなかった……。それを見越していたから、協会はたいして引き留めもせずに脱退を許可してくれたのだ。
そんな中で声を掛けてもらえたものだから、この小隊の吟味もせずに即答で入ってしまった。
浅はかなことをした……。それは協会を辞めたことかもしれないし、この部隊に入ったことかもしれない。とにかく私は、全部が浅はかだった。
「おい後ろ! タラタラしてんでんじゃねぇ!」
今声を張り上げた男Cは、男Dと一緒に隊長のすぐ後ろに付いて、一応のフォーメーションとやらを組んでいる。
大柄で横柄な隊長は、たぶん三十歳くらい。残りは絶対に二十代前半だと思う。
怖いもの知らずで、命の危険を認識出来ない馬鹿どもだ。
そんなこいつらに私は、ピンチの時に置き去りにされるのだろうなと考えている。
魔宮の広がる世界から 稲山 裕 @ka-88inaniwa-ku
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