唐揚げの為なら仕方ないわね!
「どうしたの? 騒がしいわよ」
下の階から母親が、こっちへやって来ようとしていた。俺は、すぐにドア越しに母親にちょっと転びそうになっただけ! と告げて母親には、いなくなってもらう事にした。
今の状況を母さんが、見たりなんかしたら……色々と厄介だしな。俺は、そう思いながら改まって背負い投げされて痛む自分の後頭部を擦りながら起き上がると、静香の方を見つめて座る事にした。
うむ……確かにいつもと何処か違う目つきだ。何というか……凄く鋭い目つき。今までほんわかした感じだったのにここへ来てちょっとツンっとした感じだ。
俺は、一旦床に散乱してしまっていた今川焼を拾った。
「……えーっと、すまん。一旦、新しいのに取り替えてくる」
すると、静香はムスッとした顔で告げた。
「いい!」
そして、彼女は「ん!」と言いながら手を伸ばしてきた。わけが分からず、硬直していると、静香は俺に怒鳴りつけてくる。
「……もう! つっかえないわね! 人が、せっかく落としたものでもありがたくいただいてあげるって言っているんだから素直に渡しなさいよ!」
「え? あっ、あぁ……おう」
俺は、とりあえずお皿ごと彼女に渡した。すると、静香はそのうちの1つを選んで取り、食べようとする。だが、俺は静香が食べ始めようとしたこの瞬間にある事を思い出し、慌てて告げる事にした。
「ちょっ! 待った! そっちは……お前の嫌いな……」
あんこ味! と言おうとしたが、それよりも先に静香は食べてしまっていた。ぱくりと美味しそうに食べるのだった。
「うん! 美味しいぃ~。やっぱり、おやきは最高ね!」
「え……?」
どういう事なのか……。これまで、ずっと今川焼のあんこ味を食べようともしなかった静香が……今目の前で、あんこ味を食べている。しかも「今川焼」の事を「おやき」だなんて呼んでいる。
おかしい……さっきの背負い投げといい……まるで、人が変わったみたいだ。
そう思った俺が、その時目に入ったのは、さっき静香が開いていた本。……その本には、表紙などなど……ただ、真っ黒いだけのタイトルさえも書かれていない謎の本だ。
おかしいと言えば、これもだ。俺は、昨日こんな本を借りた覚えはなかった。いつの間にこんな本……。いや、しかし……。
そう思って俺は、急いでスクールバッグから図書カードを取り出す。すると、そこには昨日借りた本の名前と冊数が書かれている。
「ない」
やはり、そんな黒い本を借りた経歴もない。だとしたらどうしてそんな本が、紛れていたのだろうか? それが、不思議だ。
すると、その時だった。
「あぁ、美味しかった。やっぱり、おやきって美味しい。けど、やっぱりクリームの方が良いわね。……義経、もう一個持ってきて。今度はクリームオンリーよ。分かった?」
「いや……それよりも静香、お前さっきから変だぞ? その本を開いてから……どうもおかしい。お前、もしかして熱でもあるんじゃ……」
「良いから取って来て! アタシが、取って来てと言ったらすぐ取ってくる!」
「……」
やはりおかしい……。納得はいかないが、とりあえず俺は一旦下に下りて行っておやきを取りに行った。ちゃんとクリーム味のを選んで。
「あら? 静香ちゃん?」
「そう。……なんか、おかわりしたいんだとさ」
「あら。珍しいわね」
母さんとたまたま遭遇してしまい、そんな会話をし終わった後に俺は再び会談を上がる。そして持ってきてあげると、彼女は凄く美味しそうに食べ始めていた。まるで、小動物みたいだ。
「……うん! 美味しい! けど、ダメね。良い? おやきっていうのはね、食べる前に必ず電子レンジで30秒。その後、オーブンで軽く焼くと美味しいのよ! そうする事でカリカリモフモフのハーモニーを味わえるってものよ!」
普段ならこんな文句一つせずに食べてくれるものなのだが……。
「おい。やっぱりお前、何か変だ。今日の所は、すぐにでも帰った方が……」
と、言ったその瞬間、静香の目つきが変わった。彼女は、俺に言ってきた。
「何よ? アタシが、邪魔だって言いたいの?」
「いや、別にそうとは言ってねぇけどさ……」
「じゃあ、どうしてそんなに帰らせたがるのよ! あっ! もしかして、アンタ……これからその……この、え……エッチな本を読みたくて……」
「だからちげぇよ! ていうか、これは別にエロ本じゃなくてただのラノベだ! 一般の本屋さんで誰でも買える!」
「そんなのアタシに分かるわけないでしょう!」
……確かに。一般人には、分からないかも……。
「って、そうじゃなくて。とにかく、お前……なんだか、様子がおかしいし、今日の所は、すぐに帰った方が良いんじゃないか?」
「アタシの何処が……おかしいって言うのよ? アタシは、アタシよ。それより、おかわり取って来て。今度は、ちゃんとオーブンも使うのよ。分かった?」
「いい加減にしろ! 変な冗談は、やめろよ! いきなりそんな態度とるなんてお前、なんかおかしいぞ! 風邪でも引いてるんじゃないのか? 明日は、病院に行った方が良いかもしれない。今日は、すぐに帰った方が……」
「うるさいうるさいうるさい! いいからおやきを取って来なさいよ! バカ義経!」
「なっ! お前、さっきから人の事……バカバカって……」
と、俺が怒りそうになったその時、下の階から母さんの声がしてきた。
「……どうしたの? 喧嘩でもしたの? 義経ぇ~?」
階段を駆け上がってくる母さんの足音。……まずい。こんな状態の静香を母さんと合わせたりでもしたら……。喧嘩になる。間違いなく。
「あぁ~、そうかぁ! もう帰るのか! ……母さん! 静香、もう帰るってよ!」
「えぇ? あら? もう帰っちゃうの?」
「ちょっと……!」
静香が、不服そうに俺を睨んできたが、俺は彼女に告げた。
「……今のお前を母さんと合わせるわけには、いかないんだ。頼むから今日は、帰ってくれ。自分では、気づいていないかもしれない。今のお前、ちょっといつもと違い過ぎる。明日、なんだったら俺も一緒に病院行ってやるから……」
そう言って上げると、静香は少しだけ分かってくれた様子で「義経」と俺の名前を言ってくれた。
そして、すぐに彼女は偉そうに腕を組んで言ってきた。
「ふっ、ふん! まぁ、良いわ! べっ、別に……アンタが明日もアタシと会いたいって言うのなら……それで、許してやらん事もないわ! あ、アンタが……どぉぉしてもって言うのなら。仕方なく……なんだからね!」
別にそこまで懇願しているわけじゃないんだが……。ていうか、むしろ心配だからついて行ってやるってだけなんだが……。
すると、向こうから母さんの声が聞こえてくる。
「……残念ねぇ。せっかく、夕飯も一緒に……と思っていたのに。今日は、しずちゃんの大好きな唐揚げにしようと……」
「え! 唐揚げ!」
「なっ!? まずい……。コイツ、食べ物に惹かれてる」
静香は、体をモジモジさせながら駄々っ子のように告げるのだった。
「……えぇ? 困っちゃうわねぇ~。唐揚げだなんて……義経のお母さんったら、アタシにそんなにいて欲しいみたいで……。んもぉ~、しょうがないんだからぁ! 家族そろって……アタシの事好きすぎよ。まっ、まぁでも……アタシをもてなしてくれるっていうのなら……もう少しだけここにいてあげても……いっ、いっかなぁ~」
「待てェェェェェェェ! それは、ダメだ。話が違う! 具合がわるいかもしれないから早く帰れと言っているのに……お前がそこで折れてどうする!」
「……なっ!? うっさいわね! アタシの勝手でしょ! それにアタシは、別に普通よ! 普通! ちゃんと元気なんだから!」
「そういう問題じゃねぇ! ……あぁ、まずい! 母さんがそろそろこっちに来ちまう。……くそぉ! こうなったら……もうやるしかねぇ!」
俺は、そう言うと静香の小さい体を担ぎ上げて荷物も丁寧にまとめて、無理やり彼女と一緒に外へ出て行った。
「……あら? どうしたの? 義経? しずちゃん抱きかかえて……」
玄関前で母親に心配されたが、俺はギャーギャー喚いている静香の口を閉じさせて、母さんに告げた。
「あぁ、その……静香が具合悪いみたいだから……俺、家まで送ってやろうと思って」
「あら! そうなの……気を付けて行ってあげてね」
俺は、すぐに家を飛び出し……彼女の家へと向かう事にした。道中、ムスッとした様子の静香が、俺に告げてきた。
「……アンタ、この借りは大きいわよ」
「おう……」
「明日、本当にアタシと会ってくれるんでしょうね?」
「まぁ……明日もその調子なら……一度、病院にも行った方がいいだろうしな」
「そう……なら、約束ね。明日もアタシと会う事……! 破ったら承知しないんだから!」
「はいはい……」
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