あんたのせいでツンデレになったんだから私だけ見てなさい!

上野蒼良@11/2電子書籍発売!

アンタって本当にエロ本魔人ね!

 僕、私って陰キャだからさと言う人の9割は、詐欺師だ。


 これは、俺の肌感だ。そんな事を抜かす奴なんてほとんど嘘ついてる。だって、陰キャがわざわざ自分から自己紹介しにいくかよ? こんな一言は、ただ自分を安全圏に避難するための言葉に決まっている。こう言っとけば、とりあえず周りから変に期待されないだろう。まぁ、大丈夫だろう。そう言う事なのだ。


 実際、本当に陰キャって人は、世の中そんなに多くないと思う。単に、そうやって過小評価して貰えれば生きていきやすいから皆、そうしているだけに過ぎないのだ。


 当然、俺も……自分から「俺って、陰キャだから……」と、言ってみたりするが本気でそう思っているわけない。俺は、どちらかというと陽ではないと思うが、陰キャと言う程でもない。そう……。きっと、間違えないのだ。俺は、自分が言うほど陰キャじゃない。




 と、思っていた時期が俺にもあった。でも、夏休み最後の学校の日。急にトイレに行きたくなって教室に戻ってみたら、既に俺の席はクラスのちょっと高校デビューしちゃっている感じの女子達に占領されていた。


 自分は、陰キャじゃないと思っている俺は、彼女達に近づき、とりあえず椅子だけでも奪還しようなんて考えていたが……それさえもできなかった。簡単な力関係だ。あっちが、アメリカ。俺は、日本。これこそまさに敗戦国の末路って感じだ。



 結局、俺は椅子を取り返せず、チャイムが鳴り……教室に入って来た先生には、最後まで立っていた人間として怒鳴られる始末。



 ここまでの俺の思考、全て撤回しよう。俺は、陰キャだ。繰り返す、俺は陰キャみたいだ。さっき、9割は陰キャじゃないと言ったが、俺は残りの1割に該当するラッキー陰キャみたいだ。こんな所で、ラッキーと言う単語は、使いたくなかったが……。



 そんなストレスを抱えながら夏休み前最後の学校を終えた俺は、帰宅前に図書室に寄る事にした。今年も夏休みの間に読むライトノベルを幾つか借りておきたかった。


 まぁ、どうせやる事もないし。せめて、膨大な時間を潰せるアイテムは、いくつか持っておかないと夏休みという戦場を戦い抜けないと思ったのだ。高校生になって二度目の夏休みとなるわけだが、去年は確か……10冊ほど借りたっけな。今年もそれくらい借りておこうと思い、適当に本棚からライトノベルを10冊選んで借りる事にした。


 この学校でライトノベルなんてわざわざ借りて読むのは、せいぜい俺くらいだから。欲しい本は、大抵手に入ってしまうのがこの図書室のありがたい所だ。


 司書さんに10冊借りる事を伝え、鞄にしまって俺は帰宅した。10冊分の重みを背負って帰る夏の夜は、凄く大変だったが……まぁ、良い運動にもなった。その日は、すっかり疲れてしまい、眠る事にした。


                 *


 ――翌朝になってから俺の夏休みが始まった。早速、俺は朝の10時に起床し、そこから朝食と歯磨きだけ済ませて、その後はずっと部屋でゴロゴロした。溜めていたゲームとか漫画、意味もなくスマホをいじって時間を潰すだけの耐久レースの一日目。そろそろ、借りてきた本を一冊くらい読もうかなと思い、昨日からずっと開けていなかったスクールバッグを開けようとしたその時だった。



「……お邪魔します」


 それは、突然現れた。美しい赤髪が特徴的なスレンダーな女の子。顔は、少しだけ幼さも感じるが、俺と同い歳の高校2年。おっとりした雰囲気で、物静かな感じの女の子がいつの間にか俺の部屋の中に入って来ていた。


「……し、静香しずか!? ど、どうしていつの間に!?」


 いや、マジで……どうしてなのか、分からない。さっきまでドアは、閉まっていたはずなのだ。それなのに、いつの間にか開いているし……。まるで、幽霊みたいだ。


 舞立静香……近所に住む俺の幼馴染。歳も一緒で、学校も高校まで一緒だ。親同士も仲が良くて、昔はよく家族ぐるみで遊びにも行った事がある。


 学校では、結構男子の間で噂になるくらい人気なんだが……幼馴染としてガキの頃から知っている身としては、いまいちコイツに恋愛感情のようなものは、湧いてこない。


 まぁ、向こうも俺に対してそういう感情を持っているとは、思わないし……幼馴染というのは、そんなものだろうが……。


 と、そんな事を思っていると静香はじーっと俺を見つめてきて言った。


「……実は、大事な用があって……来た」


「大事な用……? なんだ? あ、もしかして旅行に行くからまた犬を預かって欲しいとかか? 悪いが、その頼みは俺にはなしだ。やるなら母さんとかに言ってくれ。知っていると思うけど、俺は犬が大の苦手でだな……」


「……ううん。それもあるけど、違う」


 彼女は、感情の籠っていない声とポーカーフェイスでそう言ってくる。


「あれ? 違うのか……。んじゃあ、なんだ? 宿題、教えて欲しいとかでもないよな? お前の方が成績良いだろうし……」


 すると、静香は首を横に、ふいふい……と振って否定する。うーん……。これも違うとなると、では一体どうして家へやって来たのだろうか……。


「……外が暑かったから」


「家は、コンビニか?」


 ――と、いつものノリで結局ダラダラ話をしてしまい、気が付くと空も紅く染まってきて、いつの間にか夕方になってしまっていた。


 相変わらず、静香とだけは話がしやすい。幼馴染だからなんだろうが……しかし、とにかく静香は、俺の話を静かに聞いていてくれる。それが、心地よくて……俺のくだらない話とか、愚痴とか全部黙って聞いていてくれるからそういう所は、結構好きなのだ。……まぁ、友達としてだけど。


 静香の方も自分からあんまり話をするタイプじゃないから俺の話をぼーっと聞いて、たまに反応をくれる……この関係が、気に入ってくれているのだろう。今日みたいにたまに俺の家に突然、上がり込んで話をする事が多い。


「……今日は、晩飯どうするんだ? 家で食ってくか?」


「大丈夫。母さんが、用意してくれてるみたいだから。そろそろ帰ろうと思う」


「そうか……」


 そう返事を返した後、俺はある事を思い出し、静香に告げた。


「そういえば、この前……母さんがお前がまた来た時のためにって言って今川焼を買ってくれてたんだ。……帰る前にそれだけ食べてけよ。お前、今川焼好きだろ?」


「うん。……じゃあ、ありがたくいただきます」


「あいよー」


 俺は、そうして一度部屋を出て行き、階段を下りていき、キッチンにある今川焼を用意しに行った。温め直して、木製のお皿に盛り付けてすぐに俺は、部屋に戻って行く。


「えーっと、確か……こっちがクリームで……こっちがあんこだよな」


 静香は、クリームが好きなのだ。そして、逆にあんこは苦手。俺は、アイツと逆だから。お互いのためにもこうしてどっちがどっちなのかを把握しておかなければならない。


 俺は、部屋のドアを開けて静かに告げた。


「……ほ~い、持って来たぞ。お前の大好きなクリーム入りの今川や……」


 と、言いかけたその時……俺は、部屋の中にいる静香が、俺の鞄の中に入っているライトノベルを見つけて、あろう事かその一冊を開いて読もうとしている姿を目撃してしまう。


「ほあああ!? ちょっ! 静香!」


 ま……まずい。昨日は、適当に選んだライトノベルと言ったが……昨日借りたライトノベルは……10冊中7冊は、ちょっとエッチなイラストがついたやつだ。


 表紙を見ただけじゃ一般人には、見分けはつかないだろうが……もしも、Hなやつを引き当てたりでもしたら……それこそ……。そんなロシアンルーレットは、絶対にやらせない!



「静香、待て! それを開いちゃダメだああああああああ!」


 今川焼の乗ったお皿を投げ捨て、俺は走って止めようとする。しかし、既に静香は、俺の大事なライトノベル禁書を開いてしまっていた。



 だが――その時、不思議な事に俺は、開かれた本から強烈な光が発せられたのを見た気がした。



「なんだ? これ……」


 よく見てみると、静香が開いたその本は……俺もよく知らない。あれ? そんな本……借りた覚えは……。


 すると、次の瞬間に静香は、本を閉じて駆けつけた俺の方を向き、そして言い放った。



「……何よ。この……いかがわしい本……アンタ、まだこんなの読んでたの?」


「え……?」


 空耳だろうか、突然……アイツが変な事を言った気がした。



「こんな……胸ので、ででで……でかい女の絵……ばっかり! アンタ……本当に……バッカじゃないの!」


「静香……? えーっと、とりあえずその……その本を返してもらえないか? それは、俺の大切な本で……」


 その瞬間、怒ったネコ科の動物のようにギリッと睨みつけてきた静香の顔が、見えた気がした。俺は、その顔を見た時……少し肩がすくんでしまっていた。


 だが、それに対して静香は、俺に怒鳴りつけるようにして言ってきた。


「この……バカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 そして、俺を背負い投げするのだった。……今まで、一度も投げられた事なんてない。いや、むしろ……運動神経の悪かった静香に投げられるなんて思いもしなかった。


 ――一体、突然どうしてしまったのだろうか?





 この時の俺には、何も分からなかった。



 ……これは、1人の女の子が「正直」を取り戻していく……長いようで短いひと夏の物語だ。

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