相対

「君、正気?」


 俺の来訪を、彼はそのように評した。


「なにか……?」

「いや、なんにも。なんにもないよー」


 しかし先の一言だけで、あとは客人を迎えるというより、親しい人と接するような穏やかな態度で、余技打よぎうちバランサーは、ただ座について事の起こりを見つめている。


 先程のバランサー小支部、入り口近くの応接スペースで、彼と向かい合っていた。


「お忙しいところすみません、レーヴィアからの伝言と、いくつか確認したいことがございます」

「レーヴィアからの伝言?」

「それにつきまして、まずは確認事から話を進めるのが順序良くお話しできる事と思えます。よろしいでしょうか?」

「ふうん? どうぞどうぞー」

「学生の身分で申し訳ございません、レーヴィア高等魔導学校校長、織枷優撫からの確認です。――昨日、レーヴィア高等魔導学校付近で爆発音と共に、地に大規模な傷痕を残されましたのは、そちらの身内様ということで間違いはないでしょうか?」


 途端に、余技打よぎうちバランサーの表情が顰められた。

 うわ、痛いところ突かれた、という表情ではなく、それはただただ、迫り来る辛労に拒否反応を示すような顔付きだった。苦労しているんだな。


「表沙汰にされていない階級、バランサー【レベルⅧ】の御業みわざであると推測さていますが、その確認を取ってほしいということで伺いました。――爆発はまるで星が落ちてきたようで、地に刻まれた傷は空想上の獣が付けたようということでしたから、事の大きさからレーヴィアに捜査の目が向きまして、そこのところをハッキリさせてきてほしいというのが織枷校長の意思でして。どうでしょうか?」

「――いや、それは間違いなく私たちの領分だ、申し訳ない」

「どうしてか、【バランサー】の対応が後手でしたので……こうして直接確認を。こちらこそお忙しい中、お手を煩わせてしまいまして。その代わり、先述の通り学生ではありますが、精一杯お手伝いをいたしますので」

「いやいやいや! そうか、対応が後手後手だったから【レベルⅧ】の仕業じゃないかと。いや、レーヴィアの皆様方におかれましては、このたびのことは本当に申し訳ないと、重々、お伝えください」


 俺程度の者のおとぼけがどこまで通じているのかは不明だが、事実を交えながら話すうちは危険もない。

 本題はここからだ。


「それで……お手伝いを願い出るにあたりましての話でもありますが、また数点、確認の事をお許しくださいませ。余技打よぎうちバランサーはくだんの妖精と接触があったとか。『妖精の種族を判別したい』という織枷校長の願いもありますが、私たちも、よりお力になれるように、その時のことをお教え頂けますでしょうか?」

「……オッケー。いや、上手いな」


 茶番がバレても背筋を伸ばし続ける。極論の話、体裁だけ保っていればそれでいいのだから。


「妖精は金色の髪に、言い難く美しい薄水色の服を着ていた」


 ――リティエルリ。

 間違いないのか。


「いや、実を言うと、くだんの妖精と接触するのは、二度目だったんだよね。隠匿で行動しててさ。第一発見者でこそないものの、接触自体はあって、一度逃がしちゃってるのよね。だから対策を用意していたんだけれど……それはまるで不足であったらしい。

 突然、目の前から消えちゃってさ。

 予兆も無しに、完全に姿を眩ませて……。いや、マジにどうやったのかなぁ……。マーキング自体はつけてたから、まだこの街にいるっていうのは分かるんだけど、詳細な位置情報は全く分からない。妖精に対する知識は薄いんだけど、姿を眩ませる方法なんて、あるのかな……」


 これに関しては本当に悩んでいるように、余技打よぎうちバランサーは首を捻っていた。


 いきなり、消えた?


 …………。


 なら、やはり、……悪手かもしれない。


 余技打よぎうちバランサーを悩ませる謎、その解法のヒントと成り得るようなことを、虎穴に飛び込むような心境で、明かして尋ねる。


「それと、もう一点。妖精を追っていた……おそらく【レベルⅧ】のバランサーは、この街にはいらっしゃらないのでしょうか……?」

「あ、うん。まだ来てないね、…………、夜中に動くつもりであるだろうから、時間を見て現着すると思う」


 あるいは。

 妖精の居所を判別できずに、足を止めているのか。


 リティエルリが現れない謎。それを解き明かすにあたって恐れるべきは、可能性であるだろう。そう、なんらかの方法で姿を眩ましているからこそ、バランサー【レベルⅧ】の追跡を免れているという可能性は、多分にあり得る。


 律織、雪灘、そして蜜凪と話し合えば、あるいは謎は解けたかもしれない。ただ、もしかしたら……それを解き明かす、タイミングが重要になってくるかもしれない。認識された瞬間、姿を眩ます魔法が解けるというのは、よくある話だから。


余技打よぎうちバランサーは」


 彼の目を真っ直ぐに見つめて、問いかけた。


「それは何故であると思われますか?」


 じっと、俺の目を見つめ返して。

 そして、口角を緩めて、余技打よぎうちバランサーは語った。


「分からない。私はを知っているから、無駄を嫌っているだけ、とも思えるけれど。だけれど……物事の因果は繋がっている、という気もする」

「…………? そうですか」

「フフッ。ねえ、ええと……ごめん、お名前はなんだっけ?」

識織しきおり 成志郎せいしろうと申します」

「成志郎くんは、どんなときに、人と顔を合わせづらくなる?」

「顔を合わせづらく……? ええと……、喧嘩してしまった時、言い出しにくいことがある時、苦手意識がある時、感情的な距離が広がっている時、あとは、社会的に孤立している時――」

「あくまで、成志郎くんの話でね」

「はぁ。では……悪いことを知らせなければならない時、体調が悪い時、あとは……――」


 ――――脳髄と、頭蓋骨の一部に、電気を流されたような感覚を覚えた。


 そうか。



「そのくらいですかねぇ」



 そこで話を打ち切った。


 俺を見る余技打よぎうちバランサーの瞳が、スッと細まった。


 その視線に、首を傾げる。


「……あの、なにか?」

「いいや。……他に聞きたいことは?」

「ありがとうございます、色々と、お勉強させていただきました。あの、最後の質問の意味は、失礼ですが、くだんのバランサー【レベルⅧ】のお方と、余技打よぎうちバランサーの仲が、あまりよろしくないという意味でしょうか……?」

「フフっ、そうかもね。――ねえ、識織しきおり 成志郎せいしろう君。もしもだけど、学校を卒業後、【バランサー】として、ヴァーメラ支部に所属する気はない?」

「私が……? いえ、荒事は、苦手でして……。私には向かないと思います」


 本音だった。


 腹の読めない誘致。てっきりそこから、絡みつくような話運びの尋問が始まるものと考えたが、その後いくつかの挨拶だけで「それじゃあね」とあっさり、お別れとなった。


 小支部をあとにして、夜の気配が迫ってきた街を歩く。


『なんでそこで、話を打ち切ったんだよ?』


 携帯機からの律織の声に、街の喧噪に紛れるくらいの声で答える。


「あほ。相手だってお遊びじゃなく、仕事なんだから、そんな中で徹頭徹尾、優しさだけで助言してくれるような人間がいるかよ。あれはおそらく、俺が答えを見つけるのに直結する問い掛けヒントだったんだろう。そして解き明かさせることで、仕事を効率的に進めようって腹だったんだと思う。鍵を俺に開けさせて、謎の中身を覗くつもりだったんだ」

『考え過ぎじゃね? ……とは言えんか』

「なんにしても、謎を解き明かすためのキーだけは貰ってきた。きっと、そのことへより深く考えを及ぼしたその時、謎は明かされるのだろう。あとはタイミングだ」

『お前、ワルだよな……。やってること、知恵だけ盗っていくぞくじゃん。相手さん、さすがにキレてるかもな』

「それは仕方なかった。……それでな、律織。考えたんだが。しかしどうしても、バランサー【レベルⅧ】との衝突は、避けられそうにないんだ。余技打よぎうちバランサーは『【レベルⅧ】に勝とうなんて愚か』と言ったが、少なくとも、リティエルリ……くだんの妖精が、まもなく【シーヘン】を発見するだろう織枷校長の元まで逃げ切るまでは、お前と雪灘に、【レベルⅧ】の足止めを頼むことになるだろう。――そこで聞くが、妖精の正体を明かし、バランサー【レベルⅧ】をこの場所に招待するにあたってベストなタイミングはいつだ?」

『校長が【シーヘン】を発見したタイミング、すぐだ。この状況が保たれる保証はない、目途が立ったのなら、即座に動く』

「分かった。なら、とりあえず、やるべきは――」

『ヴァーメラ支部から来た【バランサー】の、各個撃破か』


 もしヴァーメラ支部の彼等かれらが静観してくれるならそれに越したことはないが、そんなわけにはいかないだろう。

 必死で、自身らの手で、妖精の殺害という解決を見出そうとしてくる。


 何故なら――バランサー【レベルⅧ】が戦闘を起こすにあたって一番に被害をこうむるのは、【


『爆弾兵器を街中に落とすなんて、最悪に印象悪いからな。阻止しようと必死にもなるだろうな』

「妖精を帰す方法を確立した時点で、【レベルⅧ】が身を引いてくれれば、話は早いんだが……」

『その期待は間違いだ、社会基盤から外れた連中だけしか【レベルⅧ】になれないんだから』


 同感だった。

【レベルⅧ】を使った時点で、【バランサー】自身が解決の制御を失っている。それは織枷校長の見解でもある。


『分かったよ、任せとけ』

「頼りにしている」


 喧噪に紛れない声で、それを伝える。


 通話を終えて、夜空を見上げた。

 視界一杯に星が瞬き、そして藍色の暗い幕に、少しだけ、けれど致命的みたいに欠けた月が浮かんでいる。


 

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