姿を現わしてくれない

『【レベルⅦ】の余技打よぎうちバランサーはどうやらずっと、私とコンタクトを取ろうと尽力していたようです』


 織枷校長からの情報は、盗聴を働いた先の話と合わせて、納得の生まれるものだった。


余技打よぎうち 伊代祇いよぎ魔導士は、バランサー内では珍しい、穏健派の指揮官であるようです。やるときにはやりますが、しかし基本、穏便を好むかたのようでして。それを踏まえ考えると、二通りの思惑が推測できます』


 二通り?


『一つは、余技打よぎうちバランサーは最初、妖精を救出するつもりで動いていたのではないかという推測。私に話を伺うつもりだったのかもしれません。【シーヘン】を探しに出かけていたので、その面会は叶いませんでしたが、可能性はあります』



『できれば、助けてあげたい』



 そう強く呟いていた彼を思い出す。あれは、俺たちだけに向けられた言葉ではなかったのか。


余技打よぎうちバランサーと成志郎くんたちとの連携を、非常にスムーズに取り付けることができたことからも、その可能性は高いものと考えられます』

「話の筋は成立しているように思えました。――それで、二つ目の推測とは?」

『あの、そして、二つ目の推測ですが。…………あの、……うぅ』

「……? どうしました?」


 もにょもにょと、口の中だけで転がしたような音が聞こえてくる。なぜだかとても歯切れが悪い。


「織枷校長?」

『ふ、二つ目の推測ですがッ!』

「は、はい――」

『……か、彼は私に気があってっ! わ、私をお誘いするつもりだった、とかっ!』

「…………」


 思わず携帯を耳元から離し、通話先『織枷校長』の文字をじっと見つめてしまう。


 本気、か? ……本気のようだ。

 この、のっぴきならない状況下でそれを口にできる大人がいることが、ちょっと怖かった。


「それでは失礼します」

『え、ちょ、成志郎く――』


 通話を切る。


「お母さまはなんて?」

「いや、新しい情報はなかった」


 会話の仔細は告げずに、それだけ伝えた。


余技打よぎうち 伊代祇いよぎは、もしかすれば最初から妖精を『救出』するつもりであったのかもしれないみたいだ」


 宿に集まった律織、蜜凪、そして合流した雪灘に、状況を告げる。


「だがもはや、上方かみがたの方針に沿う任務として騒動を処理する意向を固めていた。衝突は避けられないものとして見る。もし戦闘になれば……雪灘か律織でなければ話にならないだろう」

「分かった」

「シキには、今まで、本当にたくさん助けてもらった。その借りを、ここで全て返すような気構えで挑む。けれど……、それにあたって、一つ、意見を聞かせてね。――【レベルⅧ】が到来するまでに、妖精を発見できる可能性は、どのくらいある……?」


 


 思わず、痛みを抑えるように目を瞑ってしまう。


 そう――、俺たちは【ツナギエ三叉路】の街に、日が高く昇る前には現着していた。なのに……。


 姿


 誤算どころではない現実だった。まず合流してから、そう考えていたのに……。


 何故なぜ……?


 余技打よぎうち 伊代祇いよぎの目測は外れていて、この街にはいない……?


 リティエルリ、お前は今、どこにいるんだ……?


「……【レベルⅧ】が到来するまでに、捜索が間に合わない可能性はある。だが力は尽くす」

「分かった……!」


 ……タスクが一つ、増えていた。

『どうしてか姿を現わさない彼女』という、謎を解き明かすこと。

【バランサー】と衝突するまでにそれを解かないと、話が始まらない。


「悪い、ちょっと考えるわ」

「おう、考えとけ。俺たちで衝突の話は詰めとくから」

「こっちは全部任せて……。頼りにしてほしい」

「私もそっち手伝おうか?」

ね」

「アァ!?」


 心強い奴らだよ。


 深く息を吐き出し、考えを、最初から、整理する。




 ①

【レベルⅧ】と思われる急襲者は、リティエルリの言う【移動の方法】でリティエルリの前に現れて急襲をしかけたと思われる。その際、リティエルリは【伝説の武器の創造】能力で応戦、同能力で【移動の方法】を使い逃走したものと見られる。現場には血痕は見られず、リティエルリの逃走痕も確認している。


 また、急襲者はリティエルリの場所を正確に探知して現れた。



 ②

 逃げ延びた先と思われる【ツナギエ三叉路】でリティエルリは【バランサー】に発見される。

 発見したのはバランサー【レベルⅦ】、余技打よぎうち 伊代祇いよぎ


 彼は何らかの方法でリティエルリに【マーカー】を施したらしいが、どのような経緯があってか、逃走を許した。


 マーカーにより、この街にまだいることは把握しているようだが、詳細な位置情報はどうしてか、ジャミングに遭ったように判然としないようだ。


 彼は高名な精神魔導士だ。

 彼が引き連れる【バランサー】は他二人がいる。



 ③

 以上の事情を踏まえて、どうしてか、リティエルリは俺たちの前に姿を現わしてくれない。





「――――……フー、……分かんねえな」


 呟き、立ち上がる。

 議論を交わしていた三人は、話を中断して視線を向けた。


「シキ、ちょっとお話ししようか? なにかその中で、ヒントが見つかるかもしれない」

「いや」


 最低限の手荷物を持って、出かけの準備を済ませる。


「それよりも確実な手段がある。方法を選んでる場合じゃないから、それを取って、なにかしらのヒントを得てくる」

「おいおい、まさか……」


 蜜凪と、あるいは盤面の外から意見をくれる律織と雪灘とで、ヒントを探しながら話をするのは確かにいい。あるいは、織枷校長に相談することも。

 だが、そもそも、件の妖精に身一つで差し迫った人物を、俺たちは知っているではないか。


「ちょっと話を聞きに行ってくる」


 

 

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