事象透過《ワールドオフ》
二年ぶりか。
盗聴なんてしょうもない事に使うのはどうかという感もあるが、四の五の言ってられない。
透過の方法は簡単だ。気を抜けばいい。
それだけで、壁に触れたこの手は、物質を透過する。
手が透過した瞬間、引き摺り込まれるように体も【
――――無意味に広い空間、薄暗がりの中、低く響く金属音みたいな虚無の音が不気味に反響している。俺はその広い空間に投げ出されて、たった一人。なのに絶えず、何者かに視られているような気がする。
そのような意味不明な感覚を経た後に――、あの最悪の、奇妙な泥のような空間に浸かっていることを、思い出したように実感した。
誰かが叫んでいるような気がする、誰も叫んでいない、ここには誰もいないのだから。
泥が脳味噌に入ってきて掻き乱されている。ただの感覚の話だ。しっかりしろ。しっかりしている。たった
虚無だ。全てが無為だと知らされる。
なのに世界の泥は俺の脳に入ってきて、底の底から感性を絶えず想起させる――。
――――汗びっしょりのていで、透過向こうの場所へと浮上した。
乱れた呼吸を押さえて、身を低くする。
早くも汗が引き始める。透過が終わった瞬間、泥の虚無に触れた恐怖心は嘘のように引いて消失する、そういうものだった。眠りに落ちた夢の中でぶり返すことはあるけれど。
(…………さて)
ここはバランサーの小支部、その一部屋。実部隊の支部とは別口の、連絡用の受付のみがあるタイプの駐留地点。
こういった建物の場合、大抵は一階奥が会談用のスペースになっているものだが――。
「――いや、妖精がこの街にまだいることは確かなんだよ。マーカーを付けておいたから、それは判明しているんだけど……、なぜかジャミングされたように気配が曖昧で、詳細な位置まではとても分からないんだ。んん、なんでだろうか……」
「そうですか……」
「いやあ、しかし妃ちゃんにはまいったねえ。まさか先に帰って寝ているとは」
「まったくです。毎度毎度、頭を痛める。……正直苦手ですよ」
奥から、
少しだけ照明を落とした、独特の雰囲気がある大部屋。ソファーがいくつも置かれ、壁には蝶を象ったバランサーの紋章や、よく分からない味のある絵が掛けられている。金かかってんな……。スパイが秘密の会合を開く場所みたいだ。
一番近くにあったソファーの後ろに隠れる。
「まあまあ。それを帳消しにするくらい、優秀な子なんだから。……さてさて、いやしかしレーヴィアの生徒さんか、本当に若いよねぇ」
「どうでした?」
「うん。予想通り、あの子達は、私たちに協力する気はないらしい」
まあ、そこはバレているだろう。
問題は、どこまで知られてしまったかだが……。
「彼等の目的は妖精の確保だね。確保だけだ」
「妖精を帰す手段を持ち合せている、ということでしょうか?」
「だろうね。
――……そこまでバレているのか、あの、たった
「では、私たちはどのような方向に舵を切るべきでしょう?」
「いやぁ、妖精が単独で逃げ出してしまった以上、【バランサー】としては初志貫徹が方針になってくるだろうけれど……」
「それでは、妖精を殺害する方針でよろしいですね?」
「うーむ……」
「できれば、助けてあげたい」
「……は?」
「いやいや、は? じゃないよ、は? じゃ。なんだい、その『なに言ってんだこいつ』みたいな顔は。うら若い若者達が信念を賭して物事に当たっているんだよ? 助けてあげたい。できれば」
「いやいや、
「
「……しかし、
「…………。そうだね、話の持っていきかたが悪かった。うん、提案のつもりだったんだけど……忘れて頂戴。君の言う通り、タイムアップだ。不良な行いに誘って申し訳なかった」
「――すみません、私の力では……助けに及ぶどころか、中途半端な結果を呼んでしまいかねない。あるいは
「いやすまない、年甲斐もなく、我儘を喚いてしまったね。――与えられた目的以外なにも果たせない、果たさない人間が参戦するんだ、あの子たちを助けるということは、ソイツらと敵対するということだから。まあ、それはチョットね」
「バランサー【レベルⅧ】が参戦するんだ、それにより被害がもたらされるその前に、私たちも尽力しようか」
神経が縮み上がるような震えを患った。
拳を握り締め、小さく、嘆息を漏らす。――この情報を盗みに来たのだ。
最悪の予感は当たっていた。
バランサー【レベルⅧ】。バランサーが表沙汰にできない、裏の階級だ。
魑魅魍魎の巣窟。魔導士の俺から見てすら、人間とは思えない埒外の集まり。
過去一度だけ、それと出会ったことがある。そのときのことは思い出したくもない。
与えられた目的以外なにも果たせない、果たさない人間。――まさに、その通りだ。
「不思議な
所在がバレていて、「早く行きなさい」と促されたような気がして、肝を冷やし鼻息を小さく吐き出すと、もうしばらく聴き耳を立てた
「【レベルⅧ】に勝とうだなんて、そんな作戦を考えている限りは、
ついでのように虚空へ向けられた言葉。脱出直前、眉を顰めていたであろう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます