嘘を吐《つ》け

「周辺に在籍している【バランサー】の情報が欲しい」


 その頼みには、さすがに律織も眉を顰めたようだった。

 まあ眉を顰められるくらいならいい。言い訳も考えきたしな。


「妖精の発見情報と探索域のマップ埋めを比して、未だ妖精発見に至らないことが不自然だと考えた。先の発見追跡については、高位の【バランサー】が何かしら、特別な方策を用いていたのかもしれない。捜索のヒントが欲しい、手すきがあれば調べてほしいし、とりあえず知っている限りで教えてくれ」

「なるほどな。……今回、単独で動いている理由って、やっぱり教えてもらえないものなのか?」

「明かせない。ただ、お前たちじゃ絶対に妖精は発見できない、という事実は教えておく」

「ふうん? ――お母さまが、つい先日、どっかに消えたんだけど、……なにか知らん?」

「律織」


 額に青筋を立てるみたいなピシャリとした声で呼ぶ。


「今回のことは、お前から頼まれたから、こうして動いてるんだ。探ってどうなる? 俺の力が不要であるなら、ハッキリとそう言え。そうでないなら、その信用の無い態度をやめろ」

「そ、そうだよな。悪い、その通りだ、すまんかった……」


 フゥー――……、こんな嘘をついてしまって……まったく罪悪感ナシ。


 嘘みたいに無い。心れとしていた。


「周辺の【バランサー】の情報な。まあ有名なところで言えば……、余技打よぎうち 伊代祇いよぎがいる」

余技打よぎうち 伊代祇いよぎ……? どんな人だ?」

「ヴァーメラ支部に配属されている、――【レベルⅦ】だ」

「は……?」


 思わず呆けた声が漏れた。

 バランサー【レベルⅦ】? 表の最高階級じゃないか……。


「なんでそんなのが、ヴァーメラなんて田舎にいるんだ……? 【レベルⅦ】って、確か全世界に十三人しかいないはずだろ」

「さぁ、変わり者らしいからな。計り知れん。【バランサー】きっての魔導士で、精神魔魔法を主に扱うらしい」

「また精神魔法か……。最近、えんがあるな」

「一応調べておくが、おそらく高名なのは彼一人だ。それと――妖精を追ってたっていうバランサーはまた別だ。バランサー【レベルⅢ】、同じくヴァーメラ支部配属の伊沙羅伎いさらぎ 祐人ゆひとを筆頭に、他支部の【レベルⅣ】以下が数名って感じだ」

「……余技打よぎうち 伊代祇いよぎに入れ知恵を頂いた可能性は高いな。分かった、ありがとう」

「おう。なんか信用の無いようなことを言って、悪かったな」


 誠実な言葉。

 フゥー――……不思議とまったく罪悪感が湧かねえ。


 しかし、卓越した精神魔導士ね。何かしら、カモフラージュを見破る裏技を知っていたとしてもおかしくない。

 警戒だけは怠っちゃいけないな……。やはり追加の対策は必須として、愛架さんに、蜜凪を通してそれとなく頼りを願ってもらうか。蜜凪を通してなら、リティエルリも納得してくれるだろう。


 とはいえ、本日も追っ手の影は、形も見えない。たいしたもんだ、本当に振り切って、ここまで駆けてきたんだな。


 手を貸してやりたいという気持ちが芽生えていた。

 最初期の「どうにかしなければ」という感情とはまた違う、個人への想いが。


 そんなこんなで……本日も、少し楽しみにすらしていた深夜がやってきた。


「こんばんは、リティエルリ」

「こんばんは、セーシロー!」


 この挨拶も、だいぶに馴染みが出てきたな。


 ただ……挨拶の言葉に含まれた、ニュアンスの違いには気付いていた。


 言霊ことだまなどかいさなくとも微妙な抑揚で分かる、今日の彼女の挨拶には、不安、焦燥、安堵といった情が多分に入り混じっていた。


 昼間、一人きりで(あるいはこの大樹と二人きり?)この丘に佇んでいるのだものな。不安に苛まれることもあるだろう……。

 異界である世界でぽつねんと一人きりである心情は計り知れない。彼女はとても長い日の時間を過ごしているのかもしれない。


「いいえ、そんなことはないわ」


 俺の表情を見取ってか、リティエルリは小さく首を振った。


「この大樹が傍にる。大きなものと共に在って、とても気持ちを穏やかにしてくれるのよ」


 ――例え、それが半分、強がりだとしても。


「そうだったのか」


 ここは言葉そのまま受け止めるのがいいように思えた。


「リティエルリ、隠しても仕方ないから、得た情報を明かす。君を追うのは卓越した精神魔導士であるかもしれない、そのことについて話そう」


 ヴァーメラという地域に配属された、高位の精神魔導士。この世界における精神魔法とはなんぞやという説明、カモフラージュを見破る裏技を持っている可能性はあるが――追っ手は未だ、影も形も見えないこと。


 その全てを説明し終えると、じっと聞いていた彼女は口元を噤み、そっと地面に視線を伏せた。


「…………セーシローは、どうして、私を信用してくれるの? もしかしたら……私は悪い存在かもしれないのに。なぜ、そんなにも快く助けてくれるの……?」


 髪を掻き、考える。


 信用を置く一番の理由はハッキリとしている、蜜凪だ。あいつの人を、ひいては誰かを見る目が確かであることは、長い付き合いで熟知しているから。

 ただ……それは彼女リティエルリに寄せる俺の判断ではなかったし、そう、俺自身が、彼女に信頼を寄せるその理由もある気がした。


「一番は……蜜凪が君を信用していたことが要因だけれど、それだけじゃない……そうだな、リティエルリが、あまりにも表裏なく思いを表現しながらも……それでいて、安心できるほど理知的だったから。裏切られたらそれはそれ。そんな信用を置ける程の交流ができた結果なのだと思う」


 言葉を暈かしても仕方ないから正直に伝えたが、裏切られたらそれはそれ、という打ち明けは妖精的にとってどうなんだ、と少し肝を冷やしながら、彼女を窺うと……。


 リティエルリは、目を丸くしながら、表情を鬼灯ほおずきみたいに真っ赤にして、目が合うとさっと、また地面に視線を伏せてしまった。――えぇ……、どうした?


「馬鹿ね、セーシロー。そ、そんなことを、私に…………」


 もにょもにょと言うと、なお表情を赤く染めて、顔を背けてしおらしく俯く。……なにがそんなに刺さったのか分からないが、こっちまでなんだか気恥ずかしい。本当に、どんな奇跡が起きて、なにが刺さったんだ?


「妖精にとって、感情を隠さずに話すことは美徳だと、話をしたでしょう? そのうえで理知的なんて……、あなた、今、私を口説くどいているのかと思ったわ……」


 なるほど?

 いや、分かるようで、いまいち分からない。


『誠実の王子様』を真似たことでの好意を目の当たりにした時と同じく、どうにも気まずくて、慌て気味に話題を変える。


「あーと、それで、リティエルリ。妖精がこちらの世界に影響を及ぼす、その詳細な条件って知ってる? ――なら話が早い、もし、本当にもし、戦闘が起きた場合……、俺が一緒にいた場面であれば、追っ手の相手は俺に任せて、リティエルリは姿を隠すか、逃走してほしい」

「でも…………セーシローは、大丈夫なの?」

「問題ない。もし俺一人であるのなら、どうにでもできる」


 実際嘘はなく、確信のこもった言葉を彼女へ伝える。


「――……分かったわ」


 含みはあったが承知を得られたのち、愛架さんへ頼りを願うことを明かすも、意外なスムーズでこれも承諾もらえた。状況は良好の一途を辿っているように感じられる、油断大敵とはいえ、悪くはない。


「ただ、頼りの輪を広げるのはここまでだ、あくまで極秘事項としての秘匿を優先するスタンスを貫く」

「心遣い、ありがとう。でも気遣いは大丈夫、セーシロー、助けてもらうつもりならば、私もあなたを信頼しなくては! それが筋でしょう? たとえ、そこに小さな恐怖があろうとも、私はあなたの成すことを信じます」


 ――だが大体のところ、こういうところから、思わぬ転機に出遭であい、状況が逆転していくものだ。


「ねえ、セーシロー!」

「うん?」

「私を信用してくれて嬉しいわ。それを伝えたかった!」


 ありがとう、とは口にしなかったところが、彼女の理知を物語っているように思えた。

 ただ言葉に流されるだけじゃない、深い理知を。


「私、セーシローにものすごく、感謝している。――だからこそ、踏み込んで尋ねたい。ねえ、セーシロー……」


 ――――ただ。



「あなたがずっと言葉を濁していた、そう、おそらくセーシローが持つもう一つの……【固有因果律エゴスフィア】、天性の才能についてのことを、聞きたいの」



 その話の運びは……あまり、上手いようには思えなかった……。


「…………」


 強張った息を飲み下した。


 神経節が固まる。


 口元が不格好に笑みの形を作ったまま、言葉が滑り出す。


「それは……よく【固有因果律エゴスフィア】が二つあるって気付いたな?」

「【翼視力よくしりょく】の話に触れた時点で、予感はしていた。セーシローはそこの話題が近づくと、折に触れて、とても不安に揺れていた。闇の底を覗き込むような不安……。よければその話を聞かせてほしいの」


 自分がどんな表情を作っているのか分かっていないことに気付いて、顔に手を触れ、それを確かめる。しばらく、それを確かめながら無心を形作っていた。


 交流に個人的な情感の露出された楽しみを見出すのはいい。

 ただ、今お前がやるべきことは?


 ――大丈夫、落ち着いて話せる。やるべきことをまっとうする使命感こそが胸に秘めた重要だなんて、そんなふうには更っ々考えないけれど、それでも、状況を見て適宜に動く程度には立ち位置を見据えられる。


「そう……、俺にはもう一つ、生来の【固有因果律エゴスフィア】があった。もったいぶるような話じゃないから素直に明かすと、それは【事象透過《ワールドオフ】という学名が付けられた、肉体が物体を透過して、すり抜ける才能だ。事象自体を透過するように、簡単なところで地面に潜ったり、壁抜けができる。そういった魔法」

「その魔法の、何が大きな問題だったのかしら」

「物体を透過している間……最悪な気分に見舞われる。抵抗の少ない、怪奇的な泥を掻き分けるような感覚、そして――、自分が世界のどこにもいないような、狂うような恐怖。人間における生来の【固有因果律エゴスフィア】は、生まれながらにわけではない、なんだ。……赤子の頃から、よく問題を起こした。床を透過して、二階から一階に落ちてしまったり。両親は、、戦々恐々としていた。その誇るべき愛に、醜くも、然るべき感謝よりも引け目を感じてしまう。そんな諸々の事情があって、言い出したくなかったんだ」

「―――――……そう」


 痛みを分かち合ったように、彼女は表情をひずめた。


「そういう、内実だったの……」


 リティエルリの納得の言葉に、ほっと安堵の息を胸中でついたのも、束の間のことだった。

 彼女の語りには続きがあった。




「そう……、セーシロー、あなたは……、死というものがどんなものであるのかを、知ってしまったのね――……」




 突然、核心を突くことを指摘されて、呼吸が止まった。


 ――――なぜ。

 どうして、突然、そんなことを……。


 リティエルリの金色の瞳に――目を見開いた俺の姿が映っていた。


「事象を透過する――言い換えれば、それは、この世とは別の空間へ身を投げるということ。【空間】を触媒にした魔法……、でも、創造したわけでもない、この世とまったく別の空間へ転移するということは、つまり……魂が現世うつしよから消失する【死】という現象と同一であるとも解釈できる。……。泥を掻き分けるに似た感覚を伴うということは、事象透過じしょうとうかの世界は、もしかしたら、形成すものが一つもないのではないかしら? もしそうであれば、それは魂の消失域とされる幽世かくりよに相当する空間だわ。あなたは【事象透過ワールドオフ】の才能を通じて、【死】という体感を知ってしまった。違う……?」


 言葉が出てこない。


 手で、表情を触る。落ち着いて、大丈夫、大丈夫、大丈夫――。


「――――まあ。その通りだ……」

「抵抗の少ない、怪奇的な泥を掻き分けるように透過するということは、現実世界とスケール自体は大きく変わらない空間であると考察できる。これも、幽世かくりよの定義とほとんど同一……。死後五分の法則――『死後五分の経過までに肉体を修繕し活動反応を取り戻せば、それがどんな損傷であろうと魂は再び肉体に定着する』という発見から導き出された幽世かくりよのスケールとの類似……。セーシローは【固有因果律エゴスフィア】を使用するたび、その領域へ身を投げていることになる。それは奈落を超えることに他ならないわ」


  手。


 ついに、この手で、表情を触っても、それがどんな形であるのか、分からなくなってしまった。


 あの恐怖に支配されて。


「セーシロー、あなたがそれを克服するために、私に手伝えることはある?」

「――――ない」


 それは本当に自然と口から滑り出ていた。


「一つとしてない。俺はもうを知ってしまったし、記憶を消したとしても、【事象透過ワールドオフ】が再発すれば、また何も知らない状態からあの感覚と直面するだけだ。そして【固有因果律エゴスフィア】を消失させる方法は、蜜凪であろうと見つけられなかった」

「……妖精の世界にも、その方法は存在しないわ。それは【白銀の妖精】の世界であろうとも。けれど……セーシロー、私たちは、自身に寄り添う魔法との付き合い方に気付いたの。それはね、自身に寄り添った魔法は、いつか私たちの幸福のため力になってくれる、そのことを知ることよ。試練を課し、そして幸福を与える。もしかしたら信じられないかもしれないけれど、でも、妖精はそれをずっと見てきて、知っているの。そうして自身の魔法にも寄り添うことが大切なの……」


 …………もうこうなっては、お為ごかしな暈かしも意味がない。


 正直に語った。


「この魔導才能さえなければ。幾度そう考えたか分からない。世界が終わる感覚だとか……そういったものであれば、どれだけ良かったか。俺が感じていたのは……という、その、絶望的な情報。ぬるく気持ち悪く明度のある闇、そこに、肉体に魂を定着させたままシズむ、あの感覚――。理解させられる、魂とはなにか、死とは、地獄とはなにか、天国とはなにか。死とは、地獄とは、あの最悪の空間に生ぬるく沈む結末のこと、天国とは、『死とは偉大なる旅にぎない』と口に出来ることだ。あるいは情報源である魂だけでそこに行き着けば何か変わるのかもしれないけれど、そんなことは関係ない、どうしてこんなことを明らかにしたのだと、恐れ、憤り、不安に呑まれて、そして……慣れないままに、その存在を隣にして生きていくようになった。自分が何を恐れているのかも、もう分からないんだ。俺は寄り添っている、諦めながら」


 そして、彼女の説教に対する、正直な答えも吐露した。


「馬鹿なことを言っているのは分かる。けれど、幸せをもたらすにしては、苦心が大きすぎる」


 試練ではない。

 地獄だ。


 どうして。

 どうして……?


 前世で何の罪を働いた? でなければ説明がつかない。


 なぜ、『生まれながらの拷問』というとがを刻んだ?


 どうして……?


 酷い。


 憎い。


 許さない。


 ……………………いったい誰を?


「暗い話になってごめん。でもそれが正直な思いだ」


 言って、膝に顔を埋めるように俯いた。

 もう、先程に、どんな会話をしていたのかも思い出せない。頭に暗いもやを詰め込まれたみたいに、何も考えられない。


 すると。


 そのもやに、リティエルリの声が射し込んだ。


「それでも。ねえ、セーシロー、私が昨日、あなたに言ったことを覚えている……? ――魔法というのは、私たちに寄り添う隣人。それがどんなものでも……いつか、必ず、その人にとっての幸せを運んでくると。私は話を聞いた今でも、それを確信しているの」


 重い暗がりを割って射し込んできた言葉に、歯を食い縛る。


 そして。

 ……………………俺は言ってしまった。




「嘘をけ」




 …………――。


 ――――――――――俺は、今、何を言った……?


 口を突いて出てきた言葉は何だ?



 俺は。今……。

 妖精に、と、そう言ったのか――――?



 臓腑に冷水を流し込まれたような情緒に、背筋をゾワゾワと凍らせる。


 誠実を何より尊び、卑下と最悪に並べて、嘘を嫌悪する、妖精に。お前は、嘘をつけと……?


 呼吸が壊れる。彼女の顔を見れない。……絶対に侵してはいけない領域を超えてしまった。

 ただ、しかし、破滅までの時間を阿呆らしく、硬直して待っている。駄目だ、顔を動かせない――。


 嗚呼ああ、終わった――――。



「セーシロー」



 ――――と。


 とん、と。体に、羽のように軽い体重を感じた。


 恐る恐るそちらを向けば、そこには、リティエルリの穏やかな笑顔があった。


「嘘はつかないわ。大丈夫、いつの日か必ず……あなたはそのように思える。そのような地獄を知って尚、こんなにも誠実で優しい、あなたなら」


 壊れた呼吸が、犬のような早継ぎのものへ落ち着いてゆく。

 彼女は言った。


「妖精は言霊ことだまを解する。もう察しているわ、あなた、『誠実の王子様』を真似て、私を止めたでしょう? でも知っていた? あなたはその時、その童話の通りの、芯の通った誠実を抱いていたということに。あの時の言葉には、疑いようもなく確かな誠実が湛えられていたということを、きっと、あなたは知らないでしょう」


 隣に彼女の体温を感じる。

 それは昼間の日よりもなお温かい、優しい温度だった。


「地獄を知ろうと、誠実を抱き続けることのできる、誰もは持ち得ない何よりの力。セーシロー、あなたはきっとその心で、苦心を超えた幸せを見つけられる。そのとき、あなたの隣人である魔法が、尊い時間の中で大きな力を貸すでしょう。そこで初めて、あなたに寄り添う魔法の正体を知れる。いつかその時が来る、信じてとは言わない、ただ、知っておいて、誠実な人」


 そっと重ねられた手。

 震えた呼吸が漏れる。また彼女のほうを見れないまま、それでも言葉に力を込めて、伝える。


「酷いこと言って、ごめん」

「いいのよ」

「…………どうして? 俺は嘘をつけと、そんな言葉をいてしまったのに……」

「誰かの弱みを見て、それを侮辱だと受け取るようなことはしない。それに、私は嘘をいていないわ、セーシロー。吐露にいかれば、誰かを助ける機会を永遠に失ってしまう、怒ってなんてない、ねっ」


 ――その言葉もまた、自然と出た。


「ありがとう」


 すると彼女は、途端に、眉を傾げた安心の笑顔を浮かべた。


「よかった。セーシローはここのところ、ずっと、不安を感じているようだったから。やっとその靄が晴れたようで、嬉しいわ……!」


 今度は……彼女の笑顔から、目が離せなくなった。


 彼女は【妖精】だ。

 だが、今、俺の中から、【妖精】という絶対的な隔たりの意識から、その【】かべが、溶けて消えそうになっていた。

 油断じゃない。自然的な意識として――……。


 やっと先程までの会話を思い出してきたのに、今、目の前の現実を見つめることだけに意識の目を向ける自分があることに気付いていた。


「ねえ、セーシロー、今晩も踊りましょうか!」

「――いいね、そうしよう」


 呼吸を取り戻し、落ち着いた心境で応じられた。


 また月夜の下で踊りながら、いくつか語る。


「いきなり突っ込んだことを聞いてきて、正直ビビったよ」

「ごめんなさい。でも、どうしても、セーシローが抱える悩みの力になりたかったの」

「……ありがとう、リティエルリ」


 リティエルリとの接触五日目。織枷校長が戻るまで、残り約四日。


 今日何があったのか、上手く思い出せない。けれど確かなのは、目の前から【妖精】が消えて、代わりに、新しい友人ができたということだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る