妖精と人間のスケール
三日目。
本日も追っ手の影は無し、どうやらリティエルリは上手く追っ手を撒いてきたみたいだ。
『セーシローの考える通りだと思うわ。私は街のほうから来たから、セーシローの言うカモフラージュの力が上手く発揮できなかったのだと思う。人間に追われるようになったのも、丘を越えて自然の少ない場所に出たときからだったし……そのような理由だと、思うけれど……』
リティエルリもその懸念についてはそう予測していた。
……警戒し過ぎか? いや、警戒のし過ぎで損をすることはない、過ぎたるくらいで丁度いいだろう。周囲に配属された【バランサー】の情報を律織から聞き出すか。それには……まずリティエルリの承諾を得てからだな。そんなところで拗れたら元も子もない。
――ゆっくりでいい、追っ手が迫ったところで、最終手段を切れば何とでもなるのだから。とにかく慢心は捨てて関係性の十全に努めるべきだ。
ゆっくりでいい。
「こんばんは、セーシロー!」
そして今日も、皆が寝静まる夜がやってきた。
この丘もリティエルリが居る特別な景色として、だいぶに見慣れてきた。
「ミツナギは今、どうしてるの?」
今晩の話題は、そんなところから始まった。
リティエルリからしたら気になるところだろう。
「あいつは今、妖精についての様々を調べ上げている。俺は最初、リティエルリと対面するのは蜜凪が適任だと考えていたけれど、よく考えてみれば、あいつには学習を任せたほうが、絶対にいい。――後々必ず、何かしらの力になってくれるだろう」
「へぇ……とても信頼しているのね!
「そう、心の底から才を頼られる人は少ないよな。――この前も触れた通り、今回のことに解決策を期待して頼った、レーヴィア高等魔導学校校長の
「そんなにも!? ミツナギは、どういった人なの……?」
「【学術魔法】――つまり、魔法および魔導を知識と論理、そして閃きで読み解く、机上で行われる『学問』という
「そ、そんなにすごい人だったのね……」
意外だよなぁ。人は見かけによらない。
「蜜凪に学習の時間を与えれば、必ず、解決に重要となる何かを
「そっか……! ……セーシローは。私と対面するのが、怖かった……?」
「正直、怖かったよ」
「そう……」
「でも、今は、正直に言えば――ドキドキしてる」
リティエルリの目を、真っ直ぐに見つめる。
「未知の機会に、楽しみを見出そうとしている自分がいる」
「――――……そ、そう……」
最後の呟きは、顔を朱色に染めて視線を地面に落とし、口漏らされた。
……予想外の反応なんだけど。
なんだろう……? …………いやなんでだろうじゃないだろう、どう考えても、ファーストコンタクトにおいての、《物語の理想像をそのまま流用した》アレが原因だろ。
誠実の一点を意識して、本当に
騙してるみたいで気にかかり、話題を転換させる。
「――……アー、そうだ。――君を追う者の情報が、今欲しい。そこで、リティエルリの存在は伏せたまま、知人にそのことについて尋ねたいんだ。無いとは思うが漏洩のリスクを考慮して、君に相談した、できれば承諾してほしいけれど、無理強いはできない。漏洩のリスクと言ったけれど、相談する相手は信用できる、俺目線の話、あくまでそれは信用の未知数を前提とした話であることを知ってほしい」
打ち明けると、リティエルリはビクリと震えた。
難しいか……。
「……相談するという、そのお相手は、どんな人なのかしら」
リティエルティからの窺いに、俺はあろうことか僅かの間、沈黙を返してしまった。
「…………説明するのが難しいな」
「ど、どうして……?」
「なんというかなぁ……、全てがちぐはぐというわけではないのに危うくて、一本芯が通っているのに肝心でないところがブレブレというか。まあ、一言で言うと、馬鹿野郎なんだよ」
「馬鹿野郎……!」
「アイツの人となりを説明するにあたって……、少し、相談に乗ってもらってもいいだろうか?」
「え、ええ、きっかけとなることを、私に答えられることならよいけれど」
「ありがとう」
自然と表情が難しく顰まって、視線を宙に投げながら髪を掻いて話し出す。
「そいつはね、蜜凪の幼馴染で、まあ、いい奴なんだよ。困りごとを放っておけず、友達を大事にして、いつも苦労をしょい込んで。これは絶対に行わない、もしもの話しな? もし、今回のことを打ち明けて協力願っても、アイツなら蜜凪のトラブルメーカーっぷりに悪態つくばかりで、世間体も気にせず助けてくれるだろうな。今回はアイツが役に立つ場面がないから、そういう意味でも頼りは出さないが、まあ、そうやって身近な友人のために責任ふっ被る奴なんだ」
「うん、良い人ね」
「だが……何があったのか、コンプレックスを拗らせててな。出会ったときからそうだった。そいつは魔導の天才なんだ。
「停滞……?」
「過去、何かしらの事情で、あいつは【魔障】――魔法由来の影響障害を受けている。あいつは……その時に
「そんなことをすれば、自身の魔法力をもって、その影響を抑えることに掛かり切りになって、他の魔法の才へ意識を向ける余裕が失われてしまうわね」
「そうなんだ。確かに魔障を経てアイツの体内に残留した魔法力は、人の持てるハイエンドといっても過言でない力だった。だが、アイツの才をもってすれば、やがては必ず、それを超えられる。だが奴は……手放せるはずのその影響下を、今も意図して、手放さずにいる」
「なるほど、停滞……」
「他にも、酷く仕事を請け負ったりしてな、性根と理知をもって世間体より仲間を大切にするくせに、周囲的な価値を証明することに傾向している。今回のことを打ち明ければ、迷わず俺たちの味方をするような奴がだぞ? どうしたもんかと、アイツのことを考えると、ハァ……、いつも頭が痛ぇよ……」
「フフ、友人なのね。――そうねぇ、辛抱強く、認めていることをその人へ、声にして伝え続けるのがいいように思えるわ。どうかしら?」
「それは、もうずっと、長い間そうしていたけれど……意味には繋がらなかったな」
「うーん……難しいわ! ごめんなさい、すぐには思いつかないかも……」
「まあアイツの馬鹿につける薬が、そんな簡単に見つかるわけはないわな」
ほんとにどうしたもんかなアイツ。
「アーっと……、それで、相談の件はどうしようか?」
「ええ――その人に頼って。わざわざ、私に確認を取ってくれて、ありがとう!」
「ん、了解」
さてこれで、より詳細な情報が明らかになる。
場合によっては、追加の策を講じなければならないこともあるかもしれない。
「ねえ、セーシローたちの通うレーヴィアという学校は、魔法を扱うことを専門とした学校なのよね? そこはどんな場所? そこでは、どんなことを学ぶのかしら!?」
「まあ、学びたい奴とか、そうでもない適当な奴とかが集まって、好き勝手やってるって感じかな。学習は、魔導の分野に力を注いでいるという特徴はあるものの、魔法を世間の役に立てるための理論構築がほとんどだな。【
「【
「というより、その場合が大多数だな。妖精は違う?」
「ええ、私たちは皆、個人の魔法を魂に刻んで生まれてくるわ。――たまに、魔法以外の何かを刻んで生まれてくる子もいるけれど、それは極少数の例外ね。人が同じかは分からないけれど、生来の魔法はデメリットも多分に含むことがあるから、皆、助け合って生きているわ!」
「それは人間も同じだな」
あるいは。
一方だけが助けられて。
「……そもそも、妖精と人間の認識における【魔法】という概念は同一なのか?」
「外郭世界では、魔法とはどんなもの?」
「こっちの世界では、魔法とは『人間の生むエネルギー由来の現象影響力』、詳細に言えば『身体原動力の余剰エネルギー』って感じだな」
「うーん、妖精にとっては、ちょっと違うわね」
唇にちょんと指を当てて、リティエルリは信じ難いことを言った。
「『自身の生むエネルギー由来の現象影響力』って解釈は一致しているけれど、妖精の魔法力は『身体原動力の余剰エネルギー』および、『周辺周囲の影響力を取り込んでの発火エネルギー』って感じね」
「マジ……? それ、なんでもアリじゃないか?」
「いいえ、人と妖精で、それほど魔法に違いがあるとは思わない。聞くに、『触媒を介さない限り攻撃力にも防御力にも転じない単純エネルギー』という根本概念は解釈一致しているように考えられるから、大きくは変わらないはずよ」
「そう、か……? いや確かに、そこの解釈は一致していることを考えると、そうなの、かな……」
「セーシローだって、妖精が羨むような素晴らしい才能を持っているじゃない!」
「…………。そうだな。――ちなみに、リティエルリの【
露骨に聞いてほしそうにしていたので尋ねると、リティエルリは待ってました! とばかりに胸を張って答えた。
「私? 私の持つ特有の才能は、【伝説の武器の創造】よ!」
「…………は?」
呆けた声が漏れた。
なにやら理解できない、凄まじい響きを聞いたが。
「【伝説の武器の創造】。『空間から、この宇宙において実際に存在した武器を、自由に創造できる』のよ! やって見せましょうか!?」
「…………。……いや。今はいいや」
「……そ、そう? 結構、楽しい才能なのに」
少ししゅんとするリティエルリ。うん、ていうか。
全然、スケールがちげえじゃねえか。なんだそりゃ、【伝説の武器の創造】って。
妖精。
一個人で天災を引き起こしてしまう、力の存在、か。
「ちなみにそれは、何を触媒にしてるんだよ」
「ええと、【時間】と【空間】ね」
【時間】と【空間】を触媒にした魔導。
それを聞くと……妖精と人間で魔法の概念は変わらないという一論も、あながち外れてはいないように思えてきた。俺の才能も、【空間】を触媒とした魔導であるから、理解はし易い。
「あと、妖精の世界には、【魔導】に相当する言葉は存在しなくて、魔法という表現だけがあるの。妖精にとって魔法が、人より身近なものである証明かもしれないわね」
「ふうん。――いったい、どんな世界なんだろうな……」
聞いて学んだ妖精世界に思いを馳せる。
そうしていると、視界の上から手が差し出された。
「では、今日も踊りましょうか」
「いいよ。今日はマトモに踊れる」
「それは楽しみっ!」
宣言通りに、今晩のダンスはなかなか
リティエルリはスムーズなダンスに上機嫌になり、次第に、見たこともないステップを踏み始めた。優美で、美しくはあるが……いきなり難易度高いって!
そして、やっと彼女のペースに慣れた、その頃合いだった。
リティエルリはまた唐突に、感情を高揚させた声で――俺に告げた。
「ねえ、セーシロー、これだけは覚えておいて。魔法という、私たちに寄り添う隣人はね、それがどんなものでも……いつか、必ず、その人にとっての幸せを運んでくるものなのよ!」
「…………?」
なんの話だ?
……俺の言葉の端々から
なんにしても……。
俺は、その言葉は無視した。その話に応じれば、いったいどのような態度を取るのか分からなかったから。
けれどリティエルリは気にしたふうもなく、ただ上機嫌に、頬を染めて、踊り続けていた。
しばらく踊ると、俺のほうも、不思議と心地良い無心に浸かっていて、今はただ、月明かりの下のダンスを共に楽しんでいた。
リティエルリとの接触四日目。織枷校長が戻るまで、残り約五日。
このときはまだ、己が理性というものを信じていた。
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