序章
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「待って!」
恐ろしくなり駆け出そうとするエルメルナに向かって、人間の少年は声を張り上げました。
途端にエルメルナの足は、まるで地に接着したかのように、ピタリと止まってしまいます。
――彼女の両の足は、その制止の声に怯え、竦んでしまったわけではありません。
ああ。
なんて、誠実な言霊なのだろう。
少年の懸命な叫び、それに含まれた、その温かな誠実といったら!
それを受けただけで、エルメルナの頬は赤く染まってしまいそうな程でした。
彼女は一つ呼吸を整えると、ゆっくりと振り向き、その誠実な少年と向き合いました。
~~~~~中略~~~~~
「必ず、君を助けるよ」
カガヤ、その人間の少年は、妖精の少女に向かい、そう誓いました。
その誓いは。
命を賭した言霊を有していました。
「どうして?」
エルメルナは、震える声で尋ねました。
「どうして、貴方は、出会ったばかりの私に対して、そこまでの誠実を向けてくれるの?」
「それは」
カガヤは力強く、エルメルナの問い掛けに答えようとしましたが。
「それは……」
次第に、その声は萎んでしまいます。
ついには。
「……なんでだろう?」
そんな疑問すら、口にしていました。
ぽかんと口を開くエルメルナを見て、カガヤは慌てて、その発言を言い繕うとしました。
そんな彼を見て。
エルメルナは、小さく噴き出してしまいました。
(貴方という存在。それ、そのものが、まるで誠実の結晶体ね)
エルメルナは可笑しくなって、クツクツと笑い続けました。
「――いいわ。私は貴方を信じる。どこまでも、信じる。……よろしくね。私の王子様」
エルメルナの言葉に、カガヤは頬を赤くし、彼女からプイと顔を背けました。
~~~~~中略~~~~~
「完全に心は通わせられない。けれど、例えそれがどんな時でも、君への信用を手放さない。君が何者であるかを見つめ続けて、いつでも、君の傍にいる。エナメルナ、共にあろう」
「ええ。私は幸せだわ、カガヤ。私の、誠実の王子様……」
そして、カガヤはエルメルナを抱き寄せ、二人は切り立った丘の上で誓いを結びました。
その誠実は、幸福の形を象り、二人を祝福しました。
いつまでも、いつまでも……。
『誠実の王子様』、了。
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「――『誠実の王子様』って」
童話を読み終えたタイミングで、ひょいと上からそれを奪い取られた。
「あんた馬鹿?」
見上げれば、上から三番目の姉が、小馬鹿にしたように私を見降ろしていた。呆れの表情を浮かべる姉を、下からねめつけるように睨みつける。
「うるさい。×●●▲■アは情緒というものがないの? 私はそれを読み終えたばかりで、感慨に耽っていたのだけれど」
「感慨、ねえ」
私に童話本を返しながら、姉は肩を竦めた。
「普通は、そんな人間いるわけないじゃん、って白けた感慨に耽りそうなものだけれど。あんたは本気でその存在に想いを馳せてそうで怖いわ」
真っ赤になり、座った姿勢で、姉の足の脛をガンガンと蹴り飛ばした。
「痛い痛いっ! ちょっと、やめてよ! 悪かったって。……まったく。図星を突かれたからって」
「このっ、このっ!」
「分かった分かった。……ねえ、●■▲■▲リ」
そして、姉は私の名を呼んだ。真剣な
「本当に、人間の世界に行くつもり?」
『誠実の王子様』の童話で隠すように所持していた書物。『人間世界の気象と気候』の本を見降ろして、姉はため息交じりに言った。
「……ん。まあ」
それに対して、私は曖昧な答えしか返せない。
「やっぱり、私も一緒に行こうか? あんただけじゃ、本当に心配」
「ん、ありがと。……でも、いい」
「お馬鹿で賢い●■▲■▲リ」
姉は手で顔を覆い、嘆息するように尋ねる。
「考え直す気は?」
「ない」
その問いには、即答した。
姉は項垂れ、私に背を向けた。
「……無事じゃなかったら許さないから」
「ん。……ありがと」
立ち去る姉に小さく頭を下げた途端、彼女はぐるりとこちらを振り向き、大声を上げた。
「あー、あと、誠実の王子様探しとかは絶対やめときなー。男とか、お馬鹿なあんたには絶対に、絶対に無理だからー」
「う、うるさいッ! 早くもう行っちゃえ!」
――これが、私の序章だった。
その数日後、私は序章の先へと進んだ。
物語の始まり。
お馬鹿で阿呆な私の、不可思議な物語へと。
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