3-12 聖女は冗談がわからない
ノワルに背中をさすってもらい、何度も深呼吸を繰り返すけれど、思っていたより驚いたのか心臓の嫌などきどきが収まらない。変な汗も滲んでいく。
胸に手を当てて落ち着こうとしていると、ノワルに優しく顔を覗き込まれる。
「花恋様、俺もロズも冗談だから落ち着いて」
くすくすと笑いながら、ノワルが頭をぽんぽんと撫でるので、驚きすぎて思わず大きな声で叫んだ。
「えええっ! そうなの?」
「まあ、そうだね」
「ノワルもロズも……っ! ばかばか! そういうのは、冗談って言わないんだよ!」
ノワルの肩をばしばし思いっきり叩く。ベルデさんの近くにいるロズにも、じとっとした視線を送ると気まずそうに視線を外した。
跡形もなく始末するって、そういうことを冗談でも言わないで欲しい。もしかしたら鯉同士で通じ合う鯉のぼりジョークなのかもしれないけれど、心臓に悪いから二度としないで欲しい。平和の国にいたから、どきどきが止まらない。
それに、たっくんの大事な鯉のぼりをちゃんと返すって決めたんだから——と思うと勇気が出てくるのに、ミントのよく効いたチョコミントを食べたみたいに胸がすうっとひんやりする感覚が通り抜ける。
変な感覚に頭を少し振ると、まるで通り抜けていく香りみたいに消えてなくなったことに、どこかほっと安心した。目の前のノワルの服の裾をそっと掴む。
「ノワル……ごめん」
跡形もなくなんて物騒なことをロズとノワルに言わせたのは、私なんだ。
みんなに守られてばっかりで、みんながいないとなにも出来ないのに、甘えてばっかりで文句を言うなんて、それって違うよね。
そんな自分自身に腹を立てて怒っていると、ノワルが眉尻を下げて口を開く。
「ううん。俺たちも驚かせて、ごめんね」
「ううん、違うよ。謝るのは私の方だよ。ノワル達のこと、嫌な気持ちにさせて本当にごめんね!」
きっぱりそう言いきった私は、目をまん丸にさせたノワル膝から、すとんっと下りてベルデさんに歩み寄り、声をかけた。
「ベルデさん」
思ったより、はっきりとした声が出て自分でも驚いた。ロズのお仕置きお説教で、がっくりと項垂れていたベルデさんは、勝利草の入った鞄を大切に大切に抱えてたまま、こちらを見上げる。
「ベルデさん、お話があります。」
「た、たのむ! 勝利草を取り上げないでくれないか? さっきのは、本当にやましい気持ちがあったわけじゃないんだ! カレン殿を不快にさせたことは、謝る! 本当にすまなかった! どうしても許せないって言うなら、勝利草を村まで届けたら、俺のことをなんだってカレン殿の好きなようにしていいからっ! 村に、あの方に、この勝利草だけ……届けたいんだ。た、頼む!」
ロズにお説教をされたベルデさんは、両膝をついて地面に頭がつきそうなくらいに必死に頭を下げて訴えかけて来る。
「ベルデさん、顔を上げてください。私はベルデさんの好きな人を村の人達を助けたいっていう気持ちは、応援したいと思っています」
「なら……っ!」
私の言葉にベルデさんは弾かれたように顔を上げる。私はゆっくり首を横に振ると、ベルデさんの表情が固まってしまったみたいに動かない。
「だけど、ごめんなさい。……私はベルデさんより、ノワルとロズとラピスの方が、ずっとずっと大切なんです。ノワルは頼りになっていつも優しくて、ロズはちょっと意地悪なこというのに甘くて、ラピスは天使みたいに可愛くて……。と、とにかく、私は、三人のことが、好きで好きで、好きで、大好きなんです! だから……これ以上、みんなを嫌な気分にさせるなら応援できないです」
私はベルデさんの緑色の瞳をじっと見つめる。ベルデさんの緑色の瞳が、すっと深く沈んだような色味に変わっていく。
「ここから先、結界の外へ出て時間がかかってしまうけど一人で村へ戻るか、もう私の大切な人たちに嫌な思いをさせないと誓って、結界の中で私たちと一緒に村へ向かうのか……ベルデさんが選んで下さい。どちらを選んだとしても、その勝利草は差し上げます」
固まっていたベルデさんの表情が、困ったように歪む。
ひどい勝手なことを言っているのは分かっている。一緒に手伝いたいと言ったり、勝手にやめたいって言ったり……。
たった数時間だけど、ベルデさんと一緒にご飯を食べたり行動を共にして、明るくて朗らかな人だって分かっていて、出来るなら助けてあげたい。最後まで結界で守って一緒に村についていきたい。
でも、それ以上に三人が嫌な気持ちになるのが嫌なのだ。時間でいえば一日くらいしか変わらないのに、私の中で三人の存在は特別で、大切で、大好きで大好きで、何にも代え難いものになっているんだと気づいてしまった。もしも嫌われたらと思うだけで、不安で胸が押しつぶされそうになってしまう。
今まで誰かに対して、こんな感情になったことは一度だってなかった——。
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