3-13 聖女は甘やかされる
ベルデさんとの間に、気まずい沈黙が落ちる。
どこからか吹いてきた風が、瑞々しい青葉をさわさわと揺らすと木陰の形を変えて去っていくのを何度も繰り返している。
「かれんさまー」
そんなベルデさんとの沈黙を破ったのは、ラピスだった。
たたっと走ってきて、くるんくるんの髪の毛を揺らして、ぴょんと抱きついて来た。
「かれんさまーかわいいのー。ぼくもだーいすきなのー」
「うん、ラピスありがとう」
「あのねー、べるでとねーやくそくしてるのー」
「ベルデさんと約束?」
「そうなのー。だから、べるでのむらまで、いっしょにいきたいのー。だめなのー?」
「ふえっ?」
目を瞬きさせていると、いつの間にか後ろにいたノワルに頭にぽんっと優しく温かい手が置かれる。
「花恋様、ラピスはベルデ殿を村まで連れていった後に鍛錬してあげる約束をしてるんだよ」
「……そうなの?」
「そうなのー! ぼくつよいのー! えっへんなのー」
得意そうにカッコイイポーズを決めるラピスはとっても可愛いけれど、へっ? とぽかんと口を開けてしまう。
横からくすりと笑う艶のある声が耳に届いた。
「カレン様がそんなに私たちを想っているなんて、嬉しいですね。あとでご褒美を差し上げなくてはいけませんね」
「ふえっ?」
「それに、実はベルデ殿と私も約束していまして……」
「ふえっ ?」
「ベルデ殿の村の食料が足りないみたいなので、ラピスが仕留めた
ノワルに後ろからぎゅっと抱きしめられる。「ああ、もう……。花恋様は、本当にかわいいね」と柔らかなキスの雨を頭で受け止める。
あれ? さっきまでみんな怒っていて、ちゃんとしなくちゃって、ベルデさんにきちんと話さなくちゃと思ったのに、ベルデさんもみんなも和やかにしていて、理解が追いつかなくて、頭の中ではてなマークが飛び散る。
「ああ。
「ふえっ?」
「それに、俺はベルデ殿の好きな人の顔を見てみたいんだけど。……駄目かな?」
後ろに振り向くと、なんでもないように、ノワルがにこりと笑っていた。ただただ目を見開いて、みんなを見つめてしまう。みんなの優しさが嬉しくて、目にじわりと涙が滲んでいく。
みんなは、いつも私を甘やかしてばっかりで、きっとなんにも返せていない——。
「——駄目じゃない……」
ノワルが泣いている瞳を覗き込もうとするので、恥ずかしくて胸に顔を押しつけると、涙がノワルの服に吸い込まれていく。
ようやく涙が止まった私が顔を上げると、ベルデさんがニカっと笑っていて、仲直りすることが出来た——。
ラピスにすっかり懐かれたベルデさんは、再び肩車をして彷徨いの森を出発した。
四人で彷徨いの森を無事に抜けると、瑞々しい青葉が嘘だったのかと思うくらいに草や木が生えておらず、たとえ生えていても薄茶色の立ち枯れているような状態だった。同じカルパ王国とは思えないくらい全然違う景色に言葉を失ってしまう。
「……また一段と酷くなってる」
ベルデさんは、唇を噛みながら悔しそうにそう呟くと、黙々と村へ向かって歩き始めた。
出来るだけ迷惑にならないようにと思っていても、村が近づきペースが速くなるベルデさんについて行くのが精一杯。だけど、私が遅れそうになったり、私が疲れる前にノワルとロズがこまめな休憩を取ってくれる。
「花恋様、そろそろ休もうね」
「まだ平気だよ!」
「うん、なら頼りになって優しい俺に癒されるキスをたくさんしてくれる?」
「ふえっ?」
「元気なんでしょう?」
「ち、ち、ちがうよ……疲れてるよ! 休みたい!」
「うん、じゃあ膝の上でゆっくり休んでね」
「ひゃあ!」
最初は大丈夫だと断ろうとしたらとノワルににこりと微笑まれ、膝の上で柔らかな感触をたくさん受け止めて、顔が真っ赤に染まる休憩を取ることなった。
「カレン様、そろそろ疲れて来ましたね」
「もう少し大丈夫だよ!」
「元気でしたら、ちょっと意地悪で甘い私と興奮するキスの続きをしましょうか」
「ひゃああ!」
「元気だとおっしゃいましたよね?」
「う、ううんっ! や、やっぱり、足が疲れてるかな……や、やっぱり休みたいかな?」
「分かりました。では、足のマッサージをしましょうね」
「ふえっ?」
ロズに色気を纏って迫られ、ブーツも靴下も脱がされて足の疲れに効くひんやりした湿布を貼られ、さらに塗り薬もロズの細い指でするりとなぞりあげるように塗られて、変な声を上げる度に、艶のある声でくすりと笑われる休憩を取ることになった。
「かれんさまーつかれたのー?」
「ううん、もうちょっとなら歩けるよ」
「げんきならーてんしのぼくをなでなでするのー」
「うん、するするっ!」
にこにこ天使に誘惑されて、くるんくるんのラピスを撫でてひたすら癒される幸せな休憩を取ることになった。
ベルデさんに主にノワルとロズの休憩時間に助けを求めるように視線を送ると、毎回ニカっと笑った。
「カレン殿はみんなが好きで好きで、大好きだからな」
魔物や腹を空かせた野生動物が、結界で近くに寄ってこないから進みが早いなと喜んでくれて、「カレン殿が口づけをするときは、居ないものと思ってくれ」とニカッと笑っていた。
休憩を挟みながら、それでも着実に歩き進めていくと、少しずつ夕暮れが近づき西の空が茜色に染まる頃、私たちはベルデさんの村にようやくたどり着いた——。
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