3-8 聖女は薬草に驚く



 彷徨いの森をざわざわと吹き抜けた風が、ラピスのくるんくるんな髪をさらりと揺らす。病いの話を聞いたからなのか、風の音に怖さを感じて身体を両腕で抱くと、ラピスが膝の上にちょこんと座った。

 ラピスの癒される青い瞳に、じっと見つめられる。


「かれんさまー、ぎゅうしてあげるのー」

「うん、ありがとう……っ」


 天使と向かい合って抱きしめると、ラピスの優しい雨上がりの匂いとほっとする体温を感じて、知らない間に気を張っていたのが抜けていく。

 ラピスのくるんくるんの柔らかな髪の感触を頬に感じた後に、ベルデさんに視線を戻した。


「ベルデさん、その瘴気の病いというのは、どういう病いなんですか?」

「ああ、最初は元気がないような状態が続いて、その内、ぼんやりとして、無気力になっていくんだ。最期はな、瞳に生気がなくなり、生きているのに死んでいるみたいになるんだ」

「そんな……」


 なにそれ。亡霊みたいで怖い。

 自分の好きな人がどんどん生きる気力をなくしていくのを見るのってすごく辛かっただろうな。私だってラピスやロズ、ノワルがそんな病いになったらと想像するだけで泣きそうになってしまう。


 村を飛び出して軽装のまま彷徨いの森に入ってくるぐらいだから、ベルデさんの好きな人の状態はよくないんだろう。早く薬草を見つけてあげたい。

 気づいたらラピスをぎゅっと抱きしめていて、くるんくるんの髪の毛に埋もれていた。

 なにこれ。柔らかくていい匂いに癒される……。ラピスに元気をもらい、ゆっくり顔を上げる。

 

「ベルデさん、その瘴気の病いに効くのは、どんな薬草なんですか?」


 聖獣が瘴気を浄化できるなら、それで何もかも解決になればいいけれど、絶対の保証があるわけではない。むしろ、その病いに効く薬草があるのなら薬草をちゃんと見つけて採っていく方がいいと思う。

 村に蔓延している病いなら薬草も沢山必要だろうし、みんなで探したら沢山見つかるかもしれない。


 ベルデさんは大きく頷いて私を見る。


「彷徨いの森では『ショウリソウ』といわれる薬草なんだ」

「ショウリソウ?」


 初めて聞く薬草の名前に私はそのままオウム返しでたずねる。


「ああ、万病に勝つことが出来るから『勝利草ショウリソウ』と呼ばれているんだ」

「わあ……っ! すごい薬草があるんですね。どこに生えているんですか?」


 ベルデさんがニカッと明るく笑い、ぽりぽりと頭をかいた。


「それがな、わからん!」

「…………。へっ?」


 あっけらかんとそう言い放ったベルデさんに、私はあっけに取られた。


「いやな、まったく分からないわけじゃないんだ。彷徨いの森の外では効果は落ちるんだが、『ショウブソウ』として生えているからな」

「ショウブソウ?」

「そうだ。病気に勝負を挑んで、勝ったり負けたりするから『勝負草ショウブソウ』なんだ」

「なんか、勝利草より効き目が随分と悪そうですね……」


 私がそう言うと、ベルデさんは大きく頷いた。


「同じ薬草なんだけどな、彷徨いの森に生えているものは効果が全然ちがうんだ。でも『勝負草』は池や川の湿地に生えているから、ここの川も探してたんだ。まあ、夢中になりすぎて赤熊レッドベアーに襲われちまったんだけどな」


 くしゃっと笑いながらベルデさんは話を続ける。


「彷徨いの森の中にな、勝利草が生えまくってる魔力池があるらしいんだ」

「勝利草の池! じゃあ、それを見つけたらいいってことですね!」

「理想はそうなんだけどな。ここ最近見かけたって話は聞かなくて、いまは幻なんじゃないかって言われてるんだよな……。だから地道に水辺を見つけて、探すのがいいと思うんだ」

「そうなんだ……」


 なんだ、幻の池なのか。残念だな。

 でも、そうだよね。いま最優先するべきは、あるかどうか分からない幻の池を探すより、少しでもいいから勝利草を見つけることだよね。


「あっ、勝利草ってどんな特徴のある薬草なんですか?」

「ええっとな、まっすぐに平たくて細い剣のような尖った草だ」

「意外と普通の草なんですね」

「まあな、見た目は地味な草だな。ああ、そうだ。勝利草によく似た草があるから注意してくれるか」


 ベルデさんの緑の瞳が心配そうに揺れる。うん、ベルデさんに変なところを見られているから心配になるのは分かるし、少し申し訳なく感じるけど、多分私はみんなと一緒に探すから大丈夫だと思うんだよね。


 大丈夫だという気持ちを込めて大きく頷くと、ベルデさんはニカッと笑う。やっぱり大型犬みたい。


「それでな、よく似た草は、白色や紫色の鮮やかな目立つ花が咲いているんだがな、勝利草は、花がガマの穂のような薄黄緑色で、すごく地味なんだ。あと最大のちがいは——邪気を祓うような爽やかな強い香りを持つこと、だな」


 ベルデさんが言い終わると同時に私は叫んだ。

 

「えええっ!」

「おおっ? カ、カレン殿、突然どうした?」

「んん……、かれん、しゃま……おおきなこえは、めっ、なのー」


 大きな声に目の前のベルデさんは目をまん丸にしていて、ラピスは知らない内に眠っていたらしい。とろりと眠そうな青い瞳に見つめられる。

 むにゃむにゃと叱られてしまった。怒ってもかわいいなんて、やっぱり天使に違いない。

 

「ラピス寝てたんだね。大きな声を出して、ごめんね」

「いいよ……なのー。なでなで、して、なのー」


 天使の可愛いおねだりに青いくるんくるんの髪を優しく撫でると、かれんしゃま、すきなの、とふにゃりと笑いながらすうすう寝息を立て始めた。か、かわいい。

 可愛くて仕方のない私の天使の髪を撫でながら、心を落ち着かせる。だって、だって、ベルデさんの探している勝利草って、きっと——。


 どうしよう!

 嬉しくて、本当に嬉しくて、胸のどきどきを抑えられない——。

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