3-7 聖女は指折り数える



 ノワルは渋ったけど、膝の上から下りて正座をして座り直した。みんなの協力もお願い出来たので、薬草探しを頑張るぞって意気込みを瞳にたたえてベルデさんを見つめる。

 

「そういうわけなので。ベルデさん、薬草について教えて下さい」


 ベルデさんの顔の赤みはひいて、今度は顔に明らかな困惑が浮かんでいた。


「いや、ちょっと、待ってくれ。どうして一緒に薬草を探すことに決まったんだ?」

「だって気になるじゃないですか……。ベルデさん、薬草も食べ物も持ってないし。それに、こんな危険な彷徨いの森に来てまで、好きな人に薬草を持ち帰りたいってことは、その人は、なにか大変な怪我や病気なんでしょう?」


 私が問いかけると、ベルデさんがこぶしを握って、くぐもった声で言葉を絞り出す。


「ああ、そうだ……。彷徨いの森の薬草がないとあの方はもう長くはもたないんだ。だから、俺は、俺は……」


 敷物を見つめて話すベルデさんの目には、俯いたままでも憔悴した色が浮かんでいる。


「じゃあ、一緒に探しましょう!」

「なんでだ? さっき会ったばかりのカレン殿達が、どうしてそこまで俺にしようとするんだ? 得をするようなことなんて、一つも無いだろう?」

「ええっ? いっぱいありますよ!」


 私の言葉にベルデさんは弾かれたように私に視線を向ける。


「一つ目、ベルデさんが死んでいないか心配しなくていい。二つ目、ベルデさんが薬草見つけたのか心配しなくていい。三つ目、村に帰るまでに魔物に襲われていないか心配しなくていい。四つ目、好きな人に薬草を無事に届けたのか心配しなくていい。うん、四つも良いことがあります!」


 指を折数えて話し合えて、ベルデさんに顔を向けると、これ以上ないくらい目を見開き、口をあんぐり開けているベルデさんと目が合った。


「へ……? それだけ?」


 ベルデさんから、そっと視線を外す。

 ごめんなさい、本当は五つ目もあって、好きな人を見てみたいとか、その好きな人がちゃんと怪我か病気が治ったどうかとか、二人の恋の行方が気になるとか、あっ、それだと全部で七つになるかもしれない。

 

「ベルデ殿、早く諦めて薬草をお願いしたほうがいいですよ。あんまりのんびりしていると、カレン様なら好きな人が見たいとかお二人をくっつけようとか言い出しかねません」


「「えっ?」」


 ベルデさんと綺麗にハモった。


「ロズ、ど、どうして分かったの?」

「カレン様は分かりやすいですからね、お顔に書いてありますよ」


 恥ずかしくて頬をぐにぐにと揉んでいると、ロズがくすりと笑みを浮かべていて、心臓がどきんと跳ねる。


「消してあげましょうか?」

「ふえっ? 本当に書いてあるの?」

「ええ、ハッキリと」


 顔に出やすいという意味ではなく、本当に顔に文字が書いてあるなんて恥ずかしい。と言うより、なにそれ、やだ。異世界って恐ろしい。薄っすら瞳に涙がたまって来る。慌てて、こくこくと大きく頷くと、するりと細長い指が頬をなぞる。


「じゃあ、瞳を閉じて」

「うん……っ」


 慌てて目をぎゅっと閉じると、頬をなぞっていた指が耳朶の方にするりと入ってきた。指が耳朶を掠めた時に肩が揺れてしまう。

 ロズにうながされて顔を上げると、ふわりとロズの匂いが近づいて、あれ、と思った瞬間。


「ぶはははは……っ!」


 ベルデさんの大きな笑い声に、ぱっと目を開くと、睫毛が長くて綺麗なロズの顔が、まるでキスする・・・・・・・みたいに目の前にある。思わず息を呑むと、もう一度、ぶはっ、と噴き出した音が耳に届く。ベルデさんは、ニカっと笑っている。


「カレン殿っ! なんだかカレン殿達を見ていたら、なんとかなるような気がして来た。あの方にも、俺じゃなくていい、元気になって好いた方と冗談・・を言い合って、また笑って欲しいんだ。どうか、薬草を探すのを手伝って欲しい!」

「はい、もちろんです!」


 そう大きく頷くと、頬に触れる甘い感触に目を向ける。

 綺麗な笑みを浮かべるロズが耳元に触れるか触れないかギリギリまで、唇をよせてきた。


「いつでも消してあげますよ」

「……っ!」


 揶揄うような甘い声に、顔が一気に熱を持つ。ロズの意地悪、と叫んで肩をぽかぽか叩くと、満足そうに頷くと花が咲いたみたいに微笑み、それを見たベルデさんがニカっと笑った——。



 ベルデさんは、さっきまでの憔悴した様子は消えて、どこか吹っ切れたみたいに目に光が浮かぶ。きっと回りを照らすような明るさがベルデさんの本来の姿なんだろうなと思う。


「俺の村は、カルパ王国の地図にも載っていないような片隅にある村なんだ。街道からも遠く離れていて、村の入り口までも道のりが険しいが、瘴気が濃くなる前は、それなりに豊かなで平和な村だったんだ」


 そこで一度息を吐くと、ベルデさんの眉間にしわが寄った。

 

「けれど、ここ数年で瘴気が一気に濃くなった。村の作物は育たなくなり、村の周辺にも魔物が頻繁に現れるようになったんだ。瘴気が村にも流れて、病気になる者が次々と増えていった。それでも、最初は村や回りの薬草を使っていたんだがな……。瘴気が濃くなると薬草は生えん。村の病に伏せる者は増える一方だ……その中に、あの方もいらっしゃる」


 ベルデさんの声が震える。


「こんなに瘴気が濃いんだ。きっと瘴気を浄化する聖獣と聖女が召喚されるが、王都の中心から浄化していくんだ。俺たちの村まで浄化を待っていたら、あの方はもう間に合わない。俺は、あの方が苦しむのはもう見たくなくて、気づいたら村を飛び出して……彷徨いの森に入ってたんだ」


 ベルデさんの緑色の目元が、辛そうに歪むのが見えた。

 彷徨いの森を時折吹き抜ける風が、木の葉をざわざわと揺らし、悲しげな音を響かせていた。

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