3-6 聖女は薬草を知りたがる
「花恋様、美味しかった?」
ノワルがにこやかな笑みを浮かべて、顔を覗き込む。ノワルの胸に顔を隠すように埋めて、小さく返事を返す。
「お、美味しかったけど……、恥ずかしかった……」
ロズの中華ちまきは、濃厚な塩玉子の風味は癖があるけど、そこが絶妙に合って絶品だった。
絶品だったけど、ベルデさんが横にいるのに、膝の上で何度もあーんしなくて良かった筈だと思う。膝の上から降りようとしたり、あーんを断ろうとすると悲しそうに眉を下げるのもずるい。美青年の悲しむ顔は、罪悪感を抱くので絶対にずるいと思う。
結局、沢山のあーんをしてもらった後、お返しという名目で同じようにノワルにも、あーんをさせられた。ノワルが幸せそうに顔をほころばせ、愛おしそうに見つめるから断れなかった。髪を撫でる手つきや頬に触れる指から愛おしさが伝わるみたいで、嬉しいのにやっぱり顔から火が出るくらい慣れなくて恥ずかしかった。
恥ずかしくて顔が痛い。涼やかに晴れやかに笑うノワルにちょっと腹を立てて、ぽかぽかと胸を叩いても、益々甘い笑みを浮かべて、こめかみやおでこに甘いキスが落ちて来るばかりで、それもまた困ってしまう。でも一番困るのは、そんなノワルの仕草に胸がきゅうっと甘くあまく締めつけられることが、私は嫌じゃないってことだと思う。
「いや、しかし、お二人は仲がよろしいのですな」
「ええ、そうですね。花恋様は、いつも可愛らしくて、甘やかしたくなります」
そう言いながら甘いキスが耳元を掠め、身体が揺れてしまう。更に、ノワルの言葉も加わって恥ずかしさがどんどん高まって来る。
今度は腕をつっぱってノワルから身体を離そうとすると、その手にもキスが落とされてしまう。人前で甘いことを囁くのもキスするのもやめて欲しい。いつか恥ずか死ぬかもしれない。
「——甘やかす、か……」
ため息みたいに呟いた寂しそうな言葉にノワルと距離を置くのを諦めて、ベルデさんに顔を向ける。
ベルデさんは困ったように笑っている。
「あの、もしかして、ベルデさんは誰か好きな人がいるんですか?」
「なっ、は、なっ、何を突然……!」
「えっと、なんとなくです。薬草を探しているのも、もしかして好きな人の為にですか?」
茹でタコみたいに真っ赤なベルデさんは、まいったなというように頭をぽりぽりとかいた。その後、真面目な表情になると私を見据えた。
「好きだなんて畏れ多い相手だ。でも、薬草はその方の為に持ち帰らねばならんのだ」
私を見つめる緑色の瞳は、ひたむきで真っ直ぐそのもので、ベルデさんが薬草を持ち帰りたい相手への想いの熱を感じることが出来た。
私達の目的は早く彷徨いの森を抜け出て、登龍門をくぐり抜けて元の世界に戻ることだけど、目の前の困っているベルデさんのことを放っておくのも、欲張りでわがままだけど嫌だなと思ってしまった。だけど、どうしていいのか分からずに俯いてしまう。
「花恋様は、どうしたいの?」
ぽんっと優しく手を置かれる。
迷っている顔の私に、ノワルが片手を伸ばして頬に触れる。ノワルの温かな体温がじわりと広がっていく。
「何を思っているのか、話を聞かせて?」
「……うん」
優しく笑うノワルは、どうしてこんなに私のことを分かるのだろう。甘やかされてばっかり。
「私ね、ベルデさんの薬草を一緒に見つけてあげたい。ベルデさんとこのまま別れて、彷徨いの森を出ても、きっと気になっちゃうと思うんだ……」
「うん、分かった。じゃあ、俺達も薬草を見つけるのを手伝うよ」
「いいの? 彷徨いの森を出るのが遅くなっちゃうよ?」
私が驚いて言うと、ノワルが優しく髪を撫でると、優しくキスをひとつ落とす。
「花恋様が望むなら、もちろんいいよ。だけど、ひとつだけ条件があるかな」
ゆっくり頷いた。ノワルは私の様子をじっと見つめる。
「何かあったら、なんでも言うこと。花恋様のことは、なんでも知りたいからね」
ノワルがにこりと笑う。その優しい笑顔を見て、心臓が、とくん、と大きくひとつ跳ねる。
早鐘を打ち始めた心臓を押さえるように、胸に手を当てる。ノワルは私のそんな様子を見てくすくすと笑いだした。
「ロズもラピスも、それでいい?」
「ええ、それをカレン様が望むならお手伝いしましょう」
「いいよ、なのー」
「みんな、……ありがとう」
嬉しくて嬉しくて、こみ上げてくる想いが止まらなくて、ノワルの首に両腕を伸ばして、ぎゅっと抱きついた。ノワルの首筋から陽だまりのぽかぽかした匂いがすると、きゅうきゅうと胸が甘く締めつけられる音が聞こえてくるみたい。
ぽんぽんとあやすように髪を撫でる手が優しくて、愛おしくて、すり寄るみたいに首筋に顔を埋めた。
「花恋様、こういうの嬉しいんだけど、そろそろ薬草の話を聞かないとベルデ殿が沸騰しそうだよ」
揶揄うように囁く声を耳元に落とされる。
慌てて、ノワルから離れるとベルデさんが真っ赤な顔で横を向いていた。
ベルデさんを見て、同じように顔を赤く染め上げた私に、頭上から楽しそうにくすくすと笑う声が聞こえた。
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