2-4 聖女は菖蒲の違いを学ぶ
二人の間に優しい沈黙が流れる。
ほてった頬を爽やかな風が撫でていく。
「ノワルお兄様、誤解は解けたようですね。さあ、ご飯にいたしましょう」
「かれんさまーノワルは、にいになの」
「三兄弟だったんだね!」
ロズとラピスが手に持った竹かごをノワルに渡しながら話しかけてくる。
ノワルが頭の上で笑う気配がする。二人にとっていいお兄ちゃんなんだなと思うと、ほわりと温かい気持ちになった。
「花恋様、温かい内に食べよう。弟たちの料理は絶品なんだ」
ノワルの膝の上から降りようと思ったのに、腰に回された腕に力が篭る。驚いて、視線を向けるとにこりと笑みを浮かべるノワルと目が合った。
「膝の上で自分で食べるのと、敷物の上で俺が食べさせるの、どっちがいい?」
「それって、どっちも恥ずかしいと思う……」
「そう? 本当は膝の上に乗せたまま、食べさせたいんだけどな」
思わずぽかんと口を開けてしまった。
その選択肢には、敷物の上で自分で食べるという一番普通の選択肢が入っていない。
どちらも選べなくて熱くなった顔で困っていると、くすくす笑いながら竹かごを渡される。
「花恋様って本当にかわいいよね。これ以上、花恋様を一人占めにするとロズとラピスが拗ねちゃうからね」
「う、うん……?」
そう言うと、するっとノワルの膝の上から敷物に下ろされる。
「カレン様のお口に合うといいのですが……」
長いまつ毛を伏せて、はにかむロズは本当に愛らしい。
手元に乗せられた竹かごをじっと見つめる。
竹を編んで作られた編み目の美しい竹かごは、底がじんわりと温かい。
とろりとした飴色の蓋をそっと開けてみた。
「ロズ、すごい!」
勢いよくロズを見つめると、ふわりと花が咲いたように笑う。
和風な竹かごの中には、意外にもハンバーガーセットが入っていた。
意外な顔をしている私を見つけたロズからカルパ王都はパンが主食だけど、王都から離れると地域の特徴によってさまざまな食文化が発展していて、米やパスタなんかもあるらしいーー食文化は、元の世界とそこまで違いがないそうだ。
竹皮を敷いて、焼かれたバンズに肉汁溢れそうなパティとチーズ、瑞々しいトマトやオニオンなどの野菜が挟んである。中身がずれないようにピンク色の鯉のぼりピックが刺さっていた。
更に波形のフライドポテトと竹の器にミニサラダが盛り付けされている。
「風情があって、とっても素敵だね! ロズ、ありがとう! いただきます!」
見た目が可愛いだけじゃなく、ハンバーガーは絶品だった。
粗挽きのパティは、食べ応えも肉汁もたっぷりだったし、バンズも挟む具材の美味しさをそっと引き立てるようなフワフワの食感。トマトやレタスの瑞々しさが加わって、最後の一口まで美味しく味わうことが出来た。
ペロリと食べ終えた私に、ロズが竹の水筒から竹の器によく冷えたお水を注いでくれる。口に含むと竹の青々しい爽やかな香りが鼻を抜ける。
目の前の池に広がる花菖蒲に目を向けると、池の一面に鮮やかな彩りの花が咲き、穏やかな時間が流れていく。
「カレン様、この池の
「うん、いいよ。何かに使うの?」
「
「あっ、子供の日に入るやつだね!」
ゆったりとした休憩を終えて、池のほとりに近づくと水がとても透き通っていて驚いてしまう。
ノワルとラピスは片付けをしてから合流するというので、ひと足早く二人で池にやって来たのだ。
綺麗に花が咲いている
「ロズ、この
「いえ、この花が咲いているのは花
「えっ、そうなの?」
ロズが口角を綺麗に上げると、優しく腕を引き寄せる。
少し池のほとりを一緒に歩くと、ロズが葉っぱだけの
「こちらが
ロズが指し示した二つの
教えてもらった葉
「へえ、全然違うんだね!」
「そうなのです。花
「ええっ? ややこしい……」
「そうなのです。『いずれ
驚きのまま目を大きく開いてロズに視線を向けると、ロズがふっと笑みを零した。
「今は、葉
「うんっ! やってみたい!」
ロズに教えてもらい葉
根に香りの成分が沢山含まれているので、根本から芯が抜けてしまわないように気をつけて採っていると、あのゆったりとした懐かしい香りが辺り一面に立ち込める。
「そういえば、カレン様はどうして葉
何となくそういうものと思っていたので、ふるふると首を横に振る。
「邪気を払い魔物を祓うような爽やかな香りを持つ薬草ということと、そのまっすぐな葉が刀に似ており、男の子に縁起のいい植物とされたためです」
ロズのルビーのような赤い瞳に見つめられると、心臓がトクンと、ひとつ音を立てた。
「その後、時代が武家社会になると『
神秘的な芳香が立ち込める。
美しい顔立ちのロズに魅入られるようにぽんやり見つめると、ロズが困ったように笑みを浮かべる。
「カレン様……、そうやって見つめられると照れてしまいます……」
「ふあっ! ご、ごめんなさい……」
ロズの細くて長い指が、するりと頬を滑っていく。
熱っぽい瞳に見つめられると、恥ずかしくて頬に熱が集まるのが分かる。
「いいえ、違います。毎日毎日、カレン様が見上げてくださるのを楽しみにしていました。でも今は、同じ目線で見合うことや触れること、それに私の言葉で赤く頬を染めるカレン様が愛おしくて困ってしまうと言う意味ですよ」
頬をすべるロズの手に、自分の熱い手を重ねると、ロズが目を
「——私もずっとロズのこと見上げていたよ……」
ロズの熱い吐息が頬にかかる。
ゆらりと揺れる熱を持つ瞳に射抜かれると、心臓が跳ね上がる。
ロズの口角が綺麗な弧を描き、これ以上はないほど艶やかな笑みを浮かべる。
「カレン様、好きです——」
甘い唇が優しくそっと重ねられた。
ぽわりと小指がほんのりピンク色に煌めいていた——。
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