2-5 聖女は意地悪に翻弄される
神秘的なゆったりと大らかな香りは遠ざかり、若葉の芽吹く瑞々しいような春の匂いに包まれる。
細いのに筋肉がしっかりついている腕はやっぱり女の人と違っていて、嫌でも男の人なんだと意識させられてしまう。
「カレン様……、お顔が真っ赤ですが、どうかされましたか?」
「ふえっ?」
恥ずかしくて耳まで痛いくらい熱を持つ。
ロズから視線を逸らしたいのに、頬に添えられたロズの手は、赤い瞳から視線を逸らすことを許さない。
赤い顔の原因は、目の前のロズなのに、ロズ本人は涼しい顔をして私を見つめている。
「その赤くなった理由を教えて頂けませんか?」
まな板の上の鯉みたいに口をパクパク動かしても言葉は何も出てこない。
口の中まで心臓になってしまったと錯覚するくらい早鐘を打ち続ける心臓の音だけが聞こえる。
くすっと艶やかに笑われる。
「カレン様は可愛らしいですね。そのような反応をされると、もっといじめたくなるのですが?」
意地悪なロズの言い方に、じわりと目尻に涙がたまる。それなのに、ロズの瞳から目が離せない。
「——ロズに、ドキドキしたから、だよ……」
「カレン様は、どうしてドキドキしたのですか?」
「ふえっ?」
「ぜひ理由を教えて下さい」
心を見透かすようにまっすぐに見つめられる。
言葉を促すように、細くて長い指が頬をするりとなぞる。
これ以上ないくらい顔が熱くて、心の準備ができてないのに、なにか言わなくちゃと焦ってしまい混乱状態になってしまう。
「——好き、だからっ!」
混乱したまま思ったことを言うと、ロズの動きが止まった。
ロズが片手で顔を覆う。耳朶がほんのり赤みかかっているような気もする。
「そんな可愛いこと言うなんて、……襲うよ?」
ロズの顔が近づいて、耳元で甘く囁かれる。
驚いてぶんぶんと勢いよく首を横に振ると、そんな私を見つめ、ロズがふっと笑みを零した。
「ノワルとラピスも来たみたいなので、
ロズから一歩距離を置き、早鐘を打つのが収まらない胸に手を当てて深呼吸を繰り返していると、ラピスがててっと走って来るのが見えて、ほっと息を吐いた。
「かれんさまー、ロズー! いっぱいなのねー! ぼくもヨモギみつけたのっ」
「ロズも花恋様も、葉
ノワルが少し呆れながら、採取して出来た葉
そこからまた彷徨いの森を歩き始める。
ノワルは、私に無理のないように歩く速さを調整しながら歩いてくれるし、足場が悪い時には手を引き、こまめに休憩を入れてくれる。
ロズは休憩のたびに、鯉のぼりの型抜きクッキーや卵ボーロなどの甘味を渡してくれて、どれも美味しくて一日しか一緒にいないのに確実に胃袋を掴まれていく感覚に戸惑っていると、見透かすようにくすっと笑みを浮かべる。
ラピスは無邪気に、ててっと走っては、分かれ道になる度にどっちの道だと思うクイズを出してくれて、当たっても当たらなくてもニコニコ笑ってくれて癒される。
すごく自然豊かなのに全然動物を見かけないねと口にしたらラピスが「まものはいっぱいいるのー」と言うので驚いてしまった。彷徨いの森はみんながいないと危ない森なんだなと気を引き締めたのに、ラピスにきゅっと手を握られて和んだのは内緒だ。
空が橙色に染まり始める頃——
ノワルが吹き流しのマジックバックからテントを取り出した。この小さな鞄から大きなテントが、ひゅんって出て来るのは不思議だなと、ぽやっと見つめる。
「今日はこの辺りで終わりにして、泊まろう」
「そうですね、明日もまだありますからね」
「おしまいー!」
私の髪を労わるようにノワルが優しく撫でる。
見上げると優しく目を細めるノワルと視線が絡む。
「花恋様も沢山歩いて疲れただろう? 結界を張ったら中でゆっくり休もう」
「うんっ!」
ゆっくり歩いていても普段歩くより長い距離を歩いたので、やっぱり疲れは溜まっている。
ノワルに勢いよく頷いたら、にこりと微笑みながら優しく胸に抱き寄せられる。
「うん、よく頑張ったね」
「ううん、ノワル達がいっぱい助けてくれたからだよ。——ありがとう!」
「そういうところが、甘やかしたくなるんだよね」
そういうところは、どう言うところなのかを考える暇もなく、ノワルの甘い感触が頭の上に降り注ぐ。
途端に力がくたりと抜けると、優しく抱きしめられ、ノワルのぽかぽかしたひだまりの匂いと温もりに包まれる。
「花恋様は、かわいいね」
頭の上からは、囁くような甘い声が聞こえる。
かんざしを引き抜く感触がして、耳朶にノワルの手が掠める度に肩が揺れた。ノワルの笑う気配がしたけれど、恥ずかしくてお日さまの匂いのする胸もとに顔を埋めた。
「ロズ、ラピス、結界を頼むね」
「仕方ないですね……」
「いいよー」
「うん、ありがとう。花恋様、危ないからちゃんと捕まっててね」
ノワルはそう言い終えると、私の膝裏と背中に腕を回して抱き上げた。
突然の浮遊感に驚くと、ふふっとノワルの優しく笑う音が頭の上で聞こえ、恥ずかしくなった私はもう一度ノワルの胸に顔を押し当てた。
大きな手が後頭部をあやすように撫でると、また力が抜けてしまい、ノワルに身を預けて一緒にテントの家に入って行った。
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