2-3 聖女は膝の上
力が抜けてしまった私の背中をあやすように撫でるノワルの説明に耳を傾ける。
「昔の鯉のぼりは、黒い
ノワルの説明によると——黒い真鯉のみの時代が少し進むと、赤い緋鯉が加わり『黒い真鯉=お父さん、赤い緋鯉=子ども』と色の意味も変わった。
更に時代が進むと、青い子鯉が加わって、これにより『黒い真鯉=お父さん、赤い緋鯉=お母さん、青い子鯉=子ども』という色の意味が定着したらしい。
緑やピンクやオレンジ色の鯉のぼりが増えたのは、鯉のぼりを家族に見立て、家族の人数分の鯉のぼりを飾る家庭が増えたからだそうだ。
「地域によっては、赤い緋鯉を一番上に飾ることもあるからね。色や意味も時代によって変わって来たんだよ」
「鯉のぼりって奥が深いんだね……」
「そうだね。俺たちは三兄弟だけど、たつや様の家族は三人だからね、真鯉をお父さん、緋鯉をお母さん、子鯉をたつや様に見立てていたよ。ロズとラピスの見た目は、その影響を受けていると思う。ロズとしては、男だから不本意だったみたいだけどね」
ノワルの言葉を聞いて、はあっと深いため息をつく。
「ロズのこと美少女だって思ってたの……」
私が思っていたよりもロズのことを傷つけてしまったと思い、しょんぼりと肩を落とすと、ノワルが慰めるように頭をぽんぽんと撫でる。
「終わったことは仕方がないよ。それに、花恋様の魔力を貰うと俺たちは成長するからね。ロズの見た目も男らしくなると思うよ?」
「本当に? それならよかった!」
優しく諭すようなノワルの言葉に、ほっと安心して、気持ちが明るくなる。
見上げたノワルと目が合うと、優しく目を細めたと思うと、ちゅ、とおでこにキスを落とされる。
驚いて真っ赤に染まった顔に、もう一度ノワルの顔が寄せられ、慌てて自分の口許を両手で塞いだ。
「ひゃあ……っ! だ、駄目だよ!」
口許を塞いだまま、もごもごとノワルを見上げて言うと、ノワルは目を数回瞬かせた。
「あのっ! まだ聞きたいことがあるのっ! だから駄目なの……っ!」
咄嗟に聞きたいことがあると言ったけど、本当はこれ以上、甘いことをされると心臓がもたないと思っただけだ。飛び跳ねる心臓を押さえるように手を胸に当ててノワルを見上げる。
こちらを見ていたノワルと目が合うと、にこりと笑みを浮かべる。
「わかった。花恋様の聞きたいことに全部答え終わってから、キスでいいよ」
「へあっ?」
「花恋様は、反応がいちいち可愛いよね。さあ、何でも聞いていいよ」
目を細めたノワルが、片手を伸ばして私の頬に触れる。
ノワルの体温が触れられた頬にゆっくり広がり、そわそわと落ち着かない。
聞きたいことを落ち着かない頭で考えれば、気になることは直ぐに浮かんだ。
「どうして、執事の格好をして現れたの?」
「ああ、たつや様のママ様が以前『イケメン執事だったら何でも許せちゃうな』と言っていたからだよ。俺たちは花恋様の聖獣なのに、助けに行くのが遅かったから、嫌われたくなかったんだよ。花恋様は、執事より、たつや様のお気に入りのキラメイテヨジャーの赤、青、黒のヒーローの方がよかった?」
「い、いえ、執事でよかったです……」
おどけたように笑うノワルには敵わないなと思い、私もくすくすと笑ってしまう。
「もう聞きたいことは終わり?」
ノワルの手が頭にぽんっと置かれ、瞳を覗き込まれる。黒い瞳に吸い込まれそうで、心臓がどきんと跳ねる。
ノワルの人差し指が軽く唇に触れる。
今更、恥ずかしくてキスが出来なかったと言いだせなくて、視線を左右に彷徨わせると、簡易の調理場でロズとラピスが、わいわい楽しそうに料理をする様子が目に映る。
「あっ……ノワルも龍に変身すると、もふもふになるの?」
「いや、俺は大人の龍だから
龍には毛の生え替わりがあることに驚いた。あんまり驚いていたら、ノワルにくすくすと笑われた。
「今度、俺の
ノワルが優しく顎を掬うと、熱っぽさを感じる瞳と目が合う。
このまま、ぽかぽかした日だまりの匂いに縋りたくなる気持ちを押さえるように、目を伏せて首を横に振る。
ノワルの服を掴むと指先が少し震えている。
「花恋様、どうしたの?」
ノワルの両手が両頬を包み込む。
優しい瞳に先を促される。
「あのね、キスは食事なんだって頭では分かってるんだけど……」
「まあ、普通の食事もするけどね、花恋様からの魔力も貰わないとだめだね」
「キスは好きな人とするものでしょう……? それなのに複数の人とキスするのも、小さなラピスとキスするのもいいのかなって……」
震える指先を見つめて言い終えると、沈黙が流れる。
ノワルを窺うように見上げると、きょとんとした表情をしていたが、何かに気が付いたように表情を和らげる。
「ああ、花恋様のいた世界は一夫一妻だったから浮気みたいな感じがするってことかな?」
「そうなのっ!」
勇気を出して言ったのに、ノワルは堪らずと言った様子でくすくすと笑いだした。
「えっと、何か変なこと言った?」
「いや、嬉しくて。花恋様がそうやって悩むのって俺たちのこと、ちゃんと考えてるからでしょう? 聖獣は聖女様のために生きてるからもっと利用してもいいのに」
そう言うと、額に柔らかな感触が落とされた。
頬に熱が集まる様子を見たノワルがくすくす笑う。
「この前も言ったけど俺たち鯉はね、一匹のメスと複数のオスで交尾するんだ。花恋様の国の言い方だと一妻多夫だね」
「一妻多夫って、いやじゃないの?」
「うん、全然。大切な花恋様を一緒に愛することが出来るのは、すごく嬉しいことだよ。鯉は、決して共食いをしないんだ。そこが鯉のぼりに選ばれた理由のひとつなんだけどね。それに龍は、家族を大切にする種族だから、俺はロズとラピスも花恋様と同じように大切なんだよ」
今のノワルの言葉に、魔力をもらわないと死んじゃうだと思い出して、ハッとする。
私がこれ以上言うことはノワル達を困らせるだけだと思った。
「ごめんなさい……」
ノワルの額をコツンと自分の額に当てられる。
「違うよ。花恋様の魔力がないと死んじゃうからじゃない。俺たちは花恋様が好きなんだ」
「な、なんで……?」
「俺たちは、花恋様がたつや様の鯉のぼりを見上げるのを毎日楽しみにしてたんだ。ずっと恋い焦がれてた……。今、こうして触れることが出来て、嬉しくてたまらない」
額がくっついたまま目を嬉しそうに細める。
その笑顔を見て、きゅうっと胸が締め付けられ、胸に手を当てる。トクトクと音を立てはじめた心臓のように気持ちが動きはじめる。
「好きだよ、花恋様。花恋様は、俺たちのこと好きじゃない?」
慌ててふるふると首を横に振った。
「ううん、好き……。好きだよ」
ノワルに甘く見つめられる。
私もノワルを甘く見つめる。
「たっくんの鯉のぼりも大好きで毎日見上げてた。雨の日や子どもの日が終わったら寂しいって思ってたよ……。でも、今はみんなが一緒に居てくれるのが、嬉しくて、誰かなんて選べなくて、でもそれって駄目なんじゃないかな……って思ってたの」
「俺たちはね、花恋様が笑っていてくれたら、それだけでいいんだ。その隣にいるのが俺だけじゃなくて、ロズやラピスも一緒じゃ、駄目かな?」
ノワルの真っ直ぐな瞳に見つめられると自分の気持ちを誤魔化すことは出来なくなる。
こんなこと、間違っているかもしれないとは思う。
だけどノワルの真剣な言葉の前に、本音を偽ることは無理だった。
最初から答えは決まっていたようなものだ。
「……駄目じゃないよ」
私はノワルもロズもラピスも——みんなが好きなんだと思ったら、ストンと腑に落ちた。
優しく抱きしめられる。頭の上で柔らかく笑う気配がする。もぞもぞと見上げると、ノワルが揶揄うように笑う。
「あとね、ラピスはああ見えて花恋様より年上だよ」
「ええっ?」
「人間の年齢で言ったらラピスは三十歳くらいで、ロズは五十歳くらいだよ」
ラピスが三十歳という衝撃に、ぽかんと口を開けて、目をぱちくりさせてしまう。
「聞きたいこと、終わった?」
ノワルの片手が頬をなぞりながら顎へと下りる。
指先の熱が、じんわり広がっていく。
熱い顔で、こくんと頷くと、くすりと笑うノワルの顔がゆっくり近づいて来る。
「——好きだよ」
優しく触れるようなキスが唇に落とされる。
ぽわんと小指がほんのりピンク色に煌めいていた——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます