第41話 姫、戦乙女ばりになる(事態は刻々と)

 小柄な身体から、どうしてそこまでとする大きさの声が響いた。


「剣を構えなさい。貴方がたは闘神ユリウス・ラスボーンの下で戦う騎兵なのです。味方のふりして襲撃をかけてくるような卑怯者などに引けを取るはずがありません。思い出しなさい、自分の力を。足りないのはただ覚悟と経験であると理解しているはずです」


 馬上で剣を頭上へ掲げ鼓舞するプリムラを目にした騎兵の多くが後に証言する。

 神々しかった、と。

 陽に透ける黄金の髪に、身に着ける騎兵服は初雪の白さだ。

 ここに王族の気品が加わる。

 この世のものとは思えない荘厳な美しい出立ちであった。


 怖気づくあまり自分以外のことは考えられなかった新兵の意識が外へ向いた。

 初心な騎兵なゆえ、カリスマ性には影響を受け入れやすい。

 燦然と輝くようなプリムラの指示が身体に沁み入ってくる。

 さらに自分たちの肩を台に忍び装束の者たちが宙をかけていく。

 ヒュンッと手裏剣を迫る敵兵に投げながら叫ぶ。


「なんだよ、こいつら。臆病風に吹かれまくってるんじゃん。これじゃユリウスも大変だよなー」


 誰とも知れない少年の一人が上げた侮蔑は、それはそれは憎たらしい。

 これが功を奏した。奮い立つ騎兵を多く生み、プリムラの的確な指図に素早く対応しだした。

 盾を押し出す重装騎兵が並び、その合間を突く長槍騎兵の攻撃に、それを援護する剣戟騎兵である。これこそ第十三騎兵団とする陣形を組む。


 援兵を装って後方隊へ突っ込んできた敵兵の進撃が止まった。

 雇い主は不明だが、傭兵には違いない。剣や槍の打撃に任せた攻撃で終始する騎兵は単なる固まって進んでいるだけだ。いかにも寄せ集めとする傭兵部隊の動きだった。


 味方を装った不意の襲撃に、帝国側が雇った右翼の傭兵部隊は打ち破られた。


 第十三騎兵団後方隊も一時は崩れかけた。が、プリムラの登場により指揮系統を整えられれば、一進一退の攻防するまで持ち直した。これで龍人りゅうじんと剣を交えているユリウスを初めてとする前方部隊に対する挟撃を喰い止められた。しかも戦っていっくうちに戦闘体制と心構えが固まっていけば新兵の騎兵団は思いの外の強さを発揮しだす。

 ついに第十三騎兵団後方隊は敵を押し戻し始めた。


「プリムラ様。どうか完全に安全とする地点までお下がりください。これならば左翼の傭兵を加勢させれば勝ち切れます」


 後方隊指揮の長槍騎兵副長オリバーの訴え通りとする戦況になっていた。

 左翼の傭兵部隊の投入はプリムラも考えていた最後の一押しだ。言い当てたオリバーが信頼に値する指揮能力を有していることもわかった。微笑み、うなずき返す。


 前方では大半の騎兵が敵兵に当たっていた。

 オリバーの掛け声によって、さらに前進を果たす。

 プリムラの周囲にあった騎兵も攻撃へ加わっていく。


 攻勢に出たために護衛が減った、そのタイミングだった。


 姫様! とツバキの切迫した叫びを上げた。

 プリムラが振り向けば、馬上の傭兵が剣を振り下ろしていた。

 長剣が頭上へ落ちる寸前で、忍び装束のツバキが短剣で受け止めた。


「裏切りですか」


 努めてか、冷静な声でプリムラが尋ねる。


 剣を向けた傭兵の男が答えるより笑う。嗜虐性を剥き出しで睨め付けてくる。


「裏切りだなんて心外ですな、王女様。我らはこの機会を狙っての参戦ですよ」

「プリムラ姫の暗殺が、貴方たちの目的だったというわけですか」


 訊くツバキの額に汗が浮かぶ。交錯させた刃の力は敵のほうが上回っているらしい。懸命に柄へ力を込めていた。

 較べて相手は余裕を閃かせてくる。


「ああ、そうさ。戦場のどさくさに紛れでもしなければ、バケモノじみたユリウスの許嫁など殺せそうもないからな」

「誰なのですか、貴方たちの雇った者は」


 プリムラの問いは笑いを誘っただけだった。


「それは言えませんね、王女様。知られてしまったら、ここまでしてきた苦労が水の泡ですよ。いくら暗殺に成功しても報酬をもらい損ねてしまいます」


 プリムラとツバキは暗殺者の線もある傭兵に囲まれてしまっていた。

 裏切りだ、とする声がそこかしこから聞こえてきた。


「ようやく、あいつら、気がついたらしいな」


 第十三騎兵団後方隊はプリムラを囲む傭兵の異変を察した。

 だが押しているとはいえ、前方には敵兵がいる。交戦真っ最中であれば、簡単に後方へ取って返せない。それでも何人かは救助へ向かってくる。


「あのひよっこら、追い返してこいよ」


 ツバキと剣を合わせている傭兵であるか疑わしい男が指示する。

 数人だけで、救助にきた騎兵を阻めていた。

 個々は百戦錬磨な戦人に違いない。


 あっ、とツバキは上げると同時に手にした短剣が払い飛ばされた。


 ツバキ! プリムラが悲痛に呼び叫んだ。


 ツバキの胸に矢が突き刺さっている。

 後ろの傭兵が弓を放ち終わった格好が見せている。

 次の瞬間、ツバキは馬上から、どさり落ちていく。地面に転がりうつ伏せば、その身体を中心に緋い染みを広げていく。


 再びプリムラはその名を呼んだ。

 返事はおろか、ぴくりとも反応がない。


「次は王女の番ですな。女だてらに戦場へ出るなど、お転婆がすぎた報いを受けてもらいましょうか」


 嘲る傭兵の男は長剣を振りかざした。


 プリムラは斬りかかってくる刃へ向けた目を静かに閉じた。

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