第40話 騎兵隊副長、力の至らなさを痛感(仕方がないにせよ)

 騒ぎは第十三騎兵団の後方部隊から起こった。


 新兵のほとんどで構成される隊列は前方で繰り広げられる先輩騎兵の戦いぶりをずっと眺めている。敵うはずがない強靭な龍人りゅうじん兵を相手に従来の第十三騎兵団は一歩も引かない。

 評判は耳にしていたものの、実際に目にすれば凄さを実感した。

 参加した昨日は目前の戦闘に追われてわからなかったが、後方で観察すれば冷静に吟味もできる。いかに自分ら新兵が足を引っ張っていたかを知る。

 彼らも騎兵として訓練を積んできた者たちだ。戦場に送られる立場へ至った理由はさまざまなれど、身に付けた力はある。見ているだけでなく加勢したいと機運が徐々に高まりつつあった。


 そこへ遠方ながら援兵の影が現れた。

 昨日、新兵たちが動きを鈍らせた主な原因は龍人りゅうじん兵に対する恐怖だ。心強い増援の到着は加勢の足も早くなりそうだ。


 後方部隊の統括はオリバー・スチュワートが任されている。長槍騎兵隊副長を任されるだけあってイザークの信頼は篤い。二十歳という若さだが、団長ユリウスが二十三歳である。第十三騎兵団は全体が若かった。

 指揮を任されたオリバー副隊長が新兵を主とする後方部隊へ、戦闘を繰り広げる前方部隊に加勢するべく突撃の号令を発しかけた。


 悲鳴と怒号が上がった。


 なに? とオリバーが向けた視線の先には、帝国が用意した傭兵部隊が攻撃を受けている光景だった。不意を突く剣や槍による突撃は、早くも新兵で構成される帝国の騎兵団へ迫っている。


 まさかの、援兵に見せかけた敵兵だった。

 予定していたトラークーら三公国の騎兵と思わせる格好をした用意周到ぶりである。

 龍人側が傭兵を雇ったか。しかし手が込みすぎている。自らの領地から滅多に出ないドラゴ部族である。他の亜人種とも付き合いは薄く、人間とは没交渉とされている。

 考えられない作戦であった。

 だが理由をあれこれ詮索している場合ではない。


 オリバーは後方部隊へ指令を発する。

 新たな敵兵団の迎撃へ全力をもって挑むよう叫ぶ。

 ここを突破されるわけにはいかない。

 龍人兵とやり合っている前方の本隊は確かに押している。

 だがそれも薄氷を踏む戦況には変わらない。

 背後から軽く突かれれば瓦解する程度のものなのだ。

 ここで喰い止めなければ第十三騎兵団側は一気に敗北へ雪崩れ込むだろう。


 声が枯れそうほどオリバーは指示を張り上げ続ける。

 喉が潰れるほど発しなければならない状況に陥っていた。

 戦いに慣れていない新兵ばかりであれば、柔軟な対応など望めない。予定にない事態にどう対処するかなど思いつかないようだ。


 すっかり浮き足立ってしまっている。


 せめてオリバーの声に耳を傾けられれば持ち堪えられるだけの形が取れる。

 だが大半の騎兵が急襲にパニックを起こしている。

 殺気立った敵兵を目前に慄くばかりで外からの指示など届かない。


 後方隊の総崩れはもはや時間の問題だった。


 指揮を任されていたオリバーは唇をかむ。

 せめて自分の声が届けばどうにかなる。敵兵の数は決して多くない。落ち着いて陣形を立て直せば渡り合えるはずなのだ。


 もしユリウス団長ならば、と思わざるを得ない。

 雰囲気を持った巨漢は登場しただけで周囲の目を引き、発する声は太くよく通る。目前の混乱を収められるだろう。気が動転した新兵であってもユリウスならば一声で平静へ戻せるはずだ。


 自分ではダメだ、とオリバーは歯噛みした。

 その目の前を、だった。


 ふわり、黄金の髪が舞う。

 黄金の輝きは髪だけでなく、馬上の姿にまで及んだ。

 しかも騎士服の色彩が他の黒と違う純白さがこの世ならざる者に見せる。

 まさに荘厳の一言に尽きる。

 そして何より注目を集めた要因は、女性である、とするだけでない。


 彼女は騎兵団を率いる者の婚約者とする事実であった。

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