第39話 漢、敵に話しを持ちかけたい(そうは簡単ではない)
ロマニア帝国北西方面には隣接する三つの公国がある。
アドリアとビュザンにトラークーの、いずれも小国で、現在は帝国と懇意にしている。三つの公国は帝国の併呑を自ら希望しているとした噂がまことしやかに流れている。アドリアとビュザンは大陸第三の強国『グネルス皇国』から、アドリアはドラゴ部族から、隣国ゆえの脅威に曝され続けている。自国による防衛維持よりも大陸最大の強国へ組み込まれたほうがより安全であるし、財政的な苦労からも解放される。
戦力の維持にはとても金がかかる。
だから帝国は敢えて属国にせず、あくまで友好国とする体裁で留めているのではないか。派兵を要請されれば、金銭の要求は出来る。現状のほうが帝国にとって三つの公国はいい金づるである事実を疑い得ない。
だが今回の
現に昨夜、援軍を依頼する使者を遣わした。うまくいけば午後には第一陣が到着するだろう。
なれば戦いは時間稼ぎに徹する方針が採られた。
敵の突撃に柔軟な対応をするなら、手練の編成がいい。幾たびも戦場を駆け抜けてきた本来の第十三騎兵団だけで向かうとした。敵と同数の三千は人間の能力を鑑みれば、龍人に対し三分の一の兵にすぎないかもしれない。だがユリウスの下にある騎兵は他にない鍛えられ方をしている。数々の実戦と
なによりも龍人の中でも飛び抜けた破壊力を持つ戦闘頭と拮抗できる怪腕の人材もいる。女にはからっきしだが頼りになる騎士団長は騎兵団の誇りである。
戦端は龍人族が開いた。
進撃の旗手は兵を指揮するアーゼクス自ら務めている。ただでさえ筋骨逞しい龍人の中にあって、ひときわ筋肉の盛り上がり方が違う。もしそのまま正面からぶつかってこられたら、いくら堅固誇る帝国第十三騎兵団の重装騎兵による防御陣も瓦解させられかねない。
正面からユリウスが迎え打たなければ均衡はありえなかった。
互いが互い、他の者では扱えない大剣を手に激突する。
激しい打撃音が響けば、戦線は一気に加熱した。
ユリウスとアーゼクスの大将戦は余人に入る隙間など与えない。
つまり他で繰り広げられる戦闘
龍人兵はその一人一人は確かに強力だ。
ただそれだけに力任せに頼りがちだ。
第十三騎兵団はユリウス不在でもイザークとアルフォンスが中心になって統率されていた。重装騎兵によって構築された盾の柵の合間を縫って長槍が攻撃の突きを繰り出す。
龍人兵の動きが鈍れば、ヨシツネの剣戦騎兵がどこかしらともなく現れては斬りつけていく。まさしくちょこまかとして攻めてくる。苛立ちが注意を散漫にさせたところで、矢が飛んでくる。ベルを中心とする長弓騎兵が、実にいいタイミングで放っていた。
戦況は思わない方向へ傾きだしていた。
第十三帝国騎兵団が龍人兵の部隊を押し出し始める。
昨日より数を減らした現在の方が強さを発揮している。
我が方が有利に進んでいるようだ、とユリウスは目の端で戦況をの視認する。剣を突き合わせながら、昨夜のことが思い出された。
劣勢の原因は帝国騎兵団自らが招いたように見えます。
プリムラがそう指摘してきた。
無理に新兵や傭兵を組み込んだため陣形がたわんでしまっている。一枚岩だったところをわざわざ脆い部分を作ってしまったように思えます、と。
今回が初めての出兵とする帝国側の騎兵は龍人兵の迫力に圧倒されていた。新兵など腰を抜かす者が出るほどで、傭兵の大半は保身ゆえに戦意を失っている。足を引っ張られた部分はかなりあった。
でもだからといって従来の形で、とユリウスは言い出せない。自分ら人間より三倍以上の強靭さを誇る龍人へ一対一とする数で立ち向かう。そんな無理は強いられない。
けれども援軍要請が叶い、明日には到着の報がきた。持ち堪えるを目的とした戦術なら、変に弱点を孕まない隊列のほうが危険度は低いかもしれない。
新兵や傭兵は後方へ控えさせた。投入は戦況次第とする。当初から戦線に立たせるよりも、ある程度戦いが進んだタイミングほうがまだ参戦しやすいだろう。
プリムラの下手に新兵を混ぜないほうがいいという助言を、ユリウスは受け入れた。他の戦線編成をどうするか、頭がいっぱいになった。
おかげでしたかった二人の大事な話しは、頭からごっそり抜け落ちた。翌日になって陣形の構築をすませたら、ようやく自分が忘れていたことに気づく。ちくしょう、今晩こそするんだ! と熱く思った。
そのためにも今日を切り抜けねばならない。
思いもかけず自軍がやや優勢だ。ユリウスの見立てに間違いないのは、剣を突き合わせているアーゼクスの様子からも窺い知れる。龍人の戦闘頭は微妙ながら焦りの影を滑らせている。
そこでユリウスはプリムラから作戦とは別に受けていた提案を思い出す。切り出すなら今、と見た。
「アーゼクスよ、いい話しがあるんだが」
「いい話しなどあるものか、この戦場にあって」
まぁまぁそう言わずに、となだめたいユリウスだが両者を挟むものは互いの大剣である。力負けしたほうが刃を身に受け、下手すれば絶命へ至る。況してや今回は後がないとする気迫をたたえている。とても前回みたく婚約破棄された男の哀愁について聞いてもらえるような雰囲気は全くない。
むしろアーゼクスは剣へいつにない力を込めてくる。両者の拮抗を崩すほどだ。
今までにない力がユリウスの焦りを呼ぶ。幸いと言うべきか、気持ちに余裕がなくなったせいで却って口が回った。
「アーゼクスよ、そう言わず話しを聞いてもいいんじゃないか。龍人にとって悪いことじゃないぞ」
「悪いが我らは人間を信用しない。ユリウス、おまえだけは人間であっても剣を合わせているうち気が合うような、何となくだが特別な感じがしただけだ」
「そう言ってもらえると嬉しいもんだな」
「そんなおまえだから信用できる。だが他は無理だ。亜人同士でさえ、ままならぬのだからな」
それはどういう……、とユリウスが聞き返しかけた次の瞬間だ。
事態の急を告げる声が聞こえてきた。
裏切りだ! とする叫びがユリウスの後方から聞こえてきた。
悲憤で満ちていれば、真実だと語っていた。
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