第38話 漢、打ち明ける(図らずも宣言の形となる)
これから決戦という前に、ユリウスの浮かない顔だ。
立場的にイザークは放っておけない。おい、どうした? 戦端が開く直前の静けさのなか訊く。
「俺はダメな男だ。こんなヤツが王女の夫に相応しいだろうか」
学友からの付き合いとするイザークだ。同年齢でもある。他の者ならばいざ知らず、ユリウスには戦いを前に女のことなんか忘れて集中しろ、などと言わない。好奇心もまた先立つ。
「今日の作戦は王女と二人きりで話したことで固まったのだろう。考えも通じあっているようじゃないか」
「ああ、そうだな。王女がくれた『もしかして』で、俺は勇気百倍だ」
ならばこのタイミングで何を悩む? とイザークは口にしかけて飲み込む。長年の経験から素直に訊くことを選ぶ。
「ならばどうしてユリウスはプリムラ王女に自分が相応しくないと考えるに至ったんだ」
「実はな。本当は昨晩、王女に俺でいいのか訊こうと思っていたんだ」
「何を今さら。彼女に慕われているのは傍からでもわかりすぎるくらいだがな」
「だからこそだ。あれほど慈愛に満ちた王女なのだから、末長く幸せであって欲しい。けれども俺は生命の危うい生活を送っている。これからも送り続けるだろう。盗賊まがいの傭兵がはびこる社会状況が続く限りはな」
ちらり、ユリウスは後方左右に陣取る味方として雇った傭兵部隊を見やる。幼き頃に家族と住んでいた集落を壊滅させられた。傭兵に抗える力が欲しくて、ここまで鍛えてきた。対抗できる組織に入った。
だがおかげで味方へ引き込まなければならない存在にもなっている。皮肉なものである。
敵とする
「王女に俺が身を置く戦場がどんなものか、どう思ったか聞きたかった。そうだ、それを聞きたくて連れてきたところだってあったんだ」
「なんだ、ユリウス。おまえは婚約者に実情を目にしてもらって愛想を尽かされたかったのか」
やや冗談めいた指摘が、一瞬の間を置いた。
「……ああ、そうだ。そうかもしれん。王女はいつ死ぬかもしれない俺なんかと一緒になるなど良くない」
いきなりだ。あははは、と珍しくイザークが心からの笑い声を立てる。
どうしたんだ、とユリウスは怒るより心配になる。
「すまんすまん、女にはからっきしの我らの団長が、ずいぶん変わったものだと思ったら、どうも堪えきれなくなってしまった」
「それはもう婚約を三回も破棄され続けたら、少しくらい成長するだろう」
さすがのユリウスも少し憮然となった。
笑いは収めたもののまだ口許に微笑が残るイザークは手にした長槍を地面に立てる。
「ユリウス、それは成長じゃなくて心の有り様が変わったせいじゃないか」
「なんだ、それは」
「結婚したいではなくなった、ということだ。以前の三人とプリムラ姫に対するユリウスの気持ちは明確な線引きがなされていると思う」
ユリウスにとってイザークはやはり旧くからの僚友だった。気持ちを汲んだ分析が深く胸へ沁み入ってくる。すとんと胸へ落ちてくる。
「そうか、そうなんだな。俺が王女に抱く感情は……わかった、わかったぞ。感謝するぞ、イザーク!」
そうか、とイザークは長槍片手に微笑んでいる。
わらわら
なんかあったの? と三人を代表してベルがずっと傍にいたイザークへ訊く。
それがな、と答えかけを遮られた。
一帯を揺るがす咆哮とすべき叫びが上がったからだ。
「俺は王女に恋している、恋をしているんだ!」
ユリウスが懐から取り出したお守りを空高くと突き上げていた。陽に煌めく黄金がプリムラのお手製と知れる。十年ぶりの再会した日に贈られたプレゼントだった。
へぇ〜、と呆けた声を出したベルが、なぜか途中で目つきが厳しくなる。青い空へ掲げられたお守りに釘付けとなっている。
ほーぉ、とアルフォンスは愉快そうに顎髭を撫でている。
周囲の視線を一斉に感じたヨシツネとしては、こっちへ振ってくれるなよと顔つきになる。が、自分の役割だとすぐに諦めた。しょうがなくとした感じで意見する。
「あのぉー、団長。取り敢えず戦いの直前ですし、そういった話しは戦が終わった後の祝宴でしません?」
するとユリウスが少々険しさを湛えた。睨んでいる、とも解釈できそうだ。
多少の救いがあるとしたら、対象はヨシツネだけではない。いいか、おまえたち! と四天の全員を巻き込んでいた。
なんだ? と腹心の四人が待ち構える。
なぜかユリウスはみるみる顔へ血を昇らせてくる。真っ赤っかになっている。どうした? と四人がなったところへ、思い切ったように口が開かれた。
「俺が恋していること、いいな、当人の王女にはナイショだぞ。絶対、秘密だぞ。頼んだぞ」
決戦を目の前にしているからこそだ。四人は唖然である。ただ状況が状況だけに我に返るのも早かった。
すいやせーん、とヨシツネが手を上げて言う。
「もちろんオレら、団長のお気持ちは尊重しますよ。でもなぁ〜」
「でも、なんだ」
「恋のお相手とはもうすでに婚約してますよねぇ〜、なのにどうなんですかね〜。隠すことに意味があるんですかね〜」
なりが熊かゴリラかといった大陸の名高い闘神は蒸気を吹き立たせるかのように叫んだ。
「俺は婚約したことはあるが、恋をしたのは初めてなんだ。だから恥ずかしい気持ちを理解しろ、秘密だ、ヒミツー」
少し考え込む顔をしてからヨシツネは姿勢を正す。ピシッと敬礼のポーズで取った。
「了解です。ユリウス騎士団長の想いを自分の口から洩らす真似は致しません。このヨシツネ・ブルームハート、身命にかけ誓います」
「わかってくれたようで嬉しいが、ヨシツネ、おまえが畏まる時は碌なことを考えていないからな。何を企んでいる」
どんっとユリウスは大剣で地面を叩く。警戒しているらしい。
いやですねぇ〜団長〜、とヨシツネの口調は懸念が的中していることを匂わせる。
「おいらは言わないっすよぉー。でもこれだけ大勢の人間が知っちゃってますからねぇー」
えっ? とユリウスはようやく気がつく。
四天だけではない、周囲にいる騎兵の注目を集めていた。
いずれの顔にも『当惑』の文字を大きく描いていた。
「団長、秘密にしたいなら、場所を選んで、もうちょっとじゃないですね、かなり音量を下げましょうよ」
……そうする、とユリウスの返事はとても小さかった。
だが後にイザークやアルフォンスはここでのユリウスが見せた天然ぶりを高く評価した。交戦を前に張り詰めた空気が多少なりとも和らげられた。
今回ばかりは悲壮感を漂わす騎兵もいた。なにせ龍人は人間より膂力は少なくとも三倍はあるとされている。いくら帝国随一の屈強を鳴らす騎兵団と言われてだ。三千とする龍人兵に対し、せめて倍数で挑みたい。
けれども帝国側の陣は龍人兵と同数で展開していた。
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