第37話 漢、婚約者と二人きり(驚いてしまう)2
星の灯りがあまりにも蒼いせいだったかもしれない。
プリムラが海の底に沈んで息をしていないかのようだ。もしくは生を宿していない青い人形とでも言おうか。
ユリウスは女性に対し余裕が持てなくなる。下手な気を回すより、ともかく思うまま口にするしか考えつかない。少なくとも黙ってはいられない。
「王女の母上は俺に文句を言うべきだったな。娘には言うべきではない、と思う」
夜空を見上げていたプリムラの横顔が降りてくる。ゆっくり視線を向けてくる。
正面から顔を見合わせても、ユリウスの中では未だ人形とする印象が拭えない。しゃべるから、なんとか婚約者だと認識できる。
「ユリウスさまはせっかく命懸けで助けたのに甲斐のないことだと仰らないのですか」
「いやぁ、あの時はなんだ、やっぱり傭兵憎しの感情が爆発したせいもあるしな。義憤に駆られてなどといった偉い動機ではないから威張れない」
「それでも最後まで戦ってくださいました」
「そう、そうだな……あれ、なんだ。途中でアルが味方になってくれたこともあるし、何よりだ。王女の応援が効いた。そうそう、そこは間違いない」
ようやくユリウスの目に映る顔に感情が宿った。
「わたくし、少しは役に立ちました?」
「役に立つもなにも、最後のほうは王女の生命を守りたい一心で戦っていたからな。つまりだ、俺が今こうして生きているのは王女のおかげと言える。そうそう、そういうわけだったんだ」
今度こそはっきり見取れた。
まるで夜に花が開くようなプリムラの笑みを。
一安心としたユリウスは、ここでわざとらしい咳払いを一つする。ここで態度を改める。ともかく思い詰めた話題から変えようと思う。
ところで王女、と別の問題へ入っていく。
「昼間の戦場を見て、どう思った?」
「終始劣勢を強いられた原因を正直に述べさせていただければ、兵の配置に問題があったかのように思われます。第十三騎兵団の強さは攻守の絶妙なバランスと聞いておりましたが、今回はチグハグさが際立っておりました」
「さすがだ、王女。見抜いているな」
ユリウスを団長とする騎兵団が精鋭とする点に編成の妙は大きい。メギスティア大陸における戦いは激突時の破壊力に頼るが占める。が、第十三騎兵団は重装部隊の分厚い防御陣を押し出し、長槍や剣に弓が縫うように攻撃をする。劣勢をしのぐ、と評判が立つだけの戦法を得意としている。
今回は増員された騎兵を組み込まねばならなかった。ほとんどが新兵ゆえに指示に対し素直だ。たやすく陣形へ組み込ませられたことが逆に仇へなる。優秀であっても実戦経験がないに等しい者たちだ。大柄でうろこで覆われる肌もある敵の姿を目にしただけで弱腰になる。刃を交えれば、人間を圧倒する膂力は訓練で学べるものではない。
すっかり腰砕けになった新兵は陣形の脆くなった箇所に相当した。本体の両端で陣を張る、命まで張りたくない傭兵部隊は人間のそれと違う強靭さの前に消極的な戦い方となる。増員に意味がなかったとまでは言わないが、意図した目的に達していない。
「もしこのような戦いが続けば、いずれ第十三騎兵団は敗北に至るかと思われます」
「やはり王女もそう考えるか。今日の調子が続けば三日も経たないうちに、こっちは勝機すら見えなくなってしまうな」
うーむ、とユリウスはお得意となった考え込むポーズを取った。胸の前で腕を組んでは、いかにも頭を捻ってますとした顔つきをしている。
ところでユリウスさま、とプリムラが呼んでくる。
ん? と顔を向けたらである。
「これは戦闘とは別の疑問なのですが、どうしてドラゴ部族はアドリア公国の侵攻を始めたのでしょう。ずっと他国や他の人種を脅かすなんてしなかった
プリムラとしては推測の域を出ない会話をするつもりだった。人間と亜人の間に起きた問題は深掘りされない。特に帝国は対話不可能な異種族とは争いが起こり得るものとしたスタンスを取っている。
だからユリウスがごく当たり前のようにもたらす情報には驚きしかない。
「ああ、それは食い物が不足がちになったみたいでな。どうしてそうなったか理由は知らんが」
「えっ、そうなんですか。なんでユリウスさまはドラゴ部族の食料事情を知ったのです?」
「それはアーゼクスから直接に聞いた。あいつとは剣をかち合せると動けなくなるんだ。剣と剣をぶつけ合わせると顔も間近にあるだろう。そんな時、けっこういろいろしゃべるぞ」
実は三回も婚約破棄された件について話している、とユリウスは続けるつもりだった。だがさすがに珍しく羞恥を覚え、口にするのは思いとどまった。
それにプリムラがユリウスのお株を奪うような考え込む様子を見せてくる。どうした王女? と心配になって訊いてしまうほどだ。
「すごい、すごいです、ユリウスさまは!」
ぱっと顔を上げたプリムラがいきなり激賞を上げてくる。
嬉しいもののユリウスとしては理由がわからない。ただ
「ま、まぁ、そんなに凄くはないと思うが……」
「そんなことないです。ユリウスさまは亜人相手でも心を開かせてしまうなんて。ハナナならともかく帝国で亜人と対等な目線に立てる人はそういないようにお見受け致します」
確かに、とユリウスは首を下ろした。帝国に限らないものの人間が大半を占める国家は亜人に対し差別する傾向が強い。特に中流層以上に当たる者ほど動物と同じに考える輩が増える。
ハーフエルフのベルが受けてきた偏見を知るから他人種の苦労は偲べる。
「俺は
「でも戦う相手ですよ」
「そこは、王女。先だってのヨシツネとハットリを見てわかるように、拳を突き合わせた者同士だからこそ通じる心というやつだ」
笑顔でプリムラは首を横に振ってくる。
「やっぱりそこはユリウスさまだからです。他の者には出来ないことです」
「そうか、そういうものなのかな。でもまぁアーゼクスとは最初に会った時、こいつとは気が合いそうな気はしたもんだ」
「その最初というのは戦場ですよね」
「ああ、お互いが先陣を切って剣を打ち合った時だ」
つまり殺し合いの一刀を繰り出した際に友情へつながる縁を感じた、という内容である。ベルがユリウスは難しいとする一例である。
もっともプリムラは「素敵です」と笑顔をもって口にしてくる。
婚約者は配慮でと思っても、やっぱり言われて嬉しいユリウスである。なによりプリムラが笑ってくれれば何よりとする。
すっかりユリウスは気分が乗っていたせいだ。かつてない意表を突かれたこととなる。
プリムラがこれからする発言は経験ない急襲へ匹敵した。
「でもユリウスさまのおかげで、わたくしが狙われた理由がわかりました」
なにぃー! と驚きを内へ留めておくなど出来なかった。
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