第33話 漢、自己主張する(顔合わせも兼ねて)

 ガタゴト音を立てて走る馬車へ、馬にまたがるユリウスが横付けした。


「王女、乗り続けで疲れただろう。少し休憩を取るか」


 黄金の髪を揺らしてプリムラが窓から顔を出す。


「大丈夫です。それにどうかわたくしのことは気になさらないでください。一刻でも早く戦線を構築しなければならないはずです」


 ま、まぁな、とユリウスは嘘が吐けない。


「姫さん。そんな気張らなくてもいいですよ、どうせ激突する場所はガゼル平原でほぼ確定なんですから」


 近寄ってきた馬上のヨシツネが近づいてくる。プリムラに対する呼び名が馴れ馴れしいせいで、窓にへばりついたツバキの険しい目つきとかち合う。ただし女たらしの風評を立てる四天してんの剣にすれば好機と捉えるようだ。


「せっかくの美人がそんな顔しちゃ台無しだ。どうだい、今晩、一杯でも。笑顔にすること、約束するぜ」


 あっかんべーでツバキが返してくれば、逆に喜ぶヨシツネである。反応があれば、口説くチャンスはあると考える。


 だが無邪気な三人によってツバキを押し退けられた。馬車に同乗する少年少女が顔を出せば、堪えきれない感情を爆発させてくる。


「馬車に乗って見る風景って違うね」

「一度、乗ってみたかった」

「ありがとう、ユリウス。乗せてくれて」


 平服を着たハットリにサイゾウときて最後のお礼はキキョウだ。


 はっはっは、とユリウスは高笑いを挙げてくる。


「礼には及ばんぞ。三人には常に王女の近くにあって守ってもらいたいからな。そうだ、そうだとも。俺のほうこそ乗ってもらって感謝なんだぞ」


 わざわざ影から追わせずとも、一緒に馬車に乗せてしまえ。ユリウスらしい提案だった。ツバキとしてはニンジャたる者、表の世界へ立つべきではないとする考えだから、やや難色を示す。だが提案してきた相手がユリウスだけに拒絶を押し通さない。

 なによりニンジャの三人が喜んだ。ちゃんとした形で一度でいいから馬車へ乗ってみたかったらしい。

 そうかそうか、と子供らしさを垣間見られたユリウスは嬉しそうだ。

 馬車の中からハットリが大声で叫んでくる。


「僕は姫さまだけじゃない、ユリウスのためにもがんばるよ」


 宮廷において危うく虎の餌食になりかけたところをユリウスは一刀で救った。それからハットリだけでなく他のニンジャ二人も見る目がだいぶ変わった。ユリウスが信用する配下ならば姿を知られてかまわないとするくらいだ。


 先日の晩、ドラゴ部族迎撃の作戦会議をユリウスの屋敷で行うとした。

 所用があってイザークは最後に到着した。遅れてすまない、と詫びながら屋敷内に足を踏み入れた途端だ。

 はぁ? となった。


「な、なにをやっているんだ」


 騎士服より絶対に作業服が似合うユリウスが雑巾を片手に振り向く。


「わからんのか、イザーク。掃除だ」

「私は行動の中身を問うているわけではない、そこに至った理由だ!」


 親しい者しかいないにも関わらず、イザークの本営会議に出席しているかのような厳しい態度である。

 はっはっは、とユリウスは雑巾を持った手を突き出してくる。


「セリカに金を持ち逃げされて、我が家の財政は厳しいからな。出来ることはなんでも自分でやっている。実際、やってたら楽しくなって今は夢中だ」

「ユリウスがやる分には自分の屋敷だから了解しよう。しかしなんで他の三人もやっているんだ」


 モップで床を磨いている巨軀の重装兵長に、はたきをかけている家事とは無縁そうな剣戟兵長だ。


「しょうがないよ。姫様と侍女は料理を作っていて、我らの団長が雑巾掛けしていたら、いくら客人でも部下ではあるからね。黙って見ていられないよ」


 階段の手すりを拭いている弓兵長のベルがする代表の弁である。

 そうだぞ、と笑うアルフォンスに、やるしかないでしょ、と普段は掃除なんかしそうもないヨシツネまで熱心にはたきを振っている。

 そしてイザークも堅苦しそうでありながら、実のところはノリがいい。それもそうだな、と箒をつかむ。掃き始めれば、士官学校時代を思い出すな、とユリウスへ懐かしそうに言っている。


 メギスティア大陸に勇名を轟かせる五人の戦士が掃除をひと段落させた頃だ。


「みなさま、もしかしてお掃除なさってださったのですか?」


 深緑のエプロンをした、ユリウスにすれば森の妖精とする姿で現れたプリムラの第一声だった。四天がそれぞれの表現をもって首肯を示せば、感謝と謝罪を繰り出す。ぺこり頭まで下げてくれば、なんとも可愛らしい。

 それを見たユリウスが大人しくしていられるわけがない。


「王女。こいつらだぞ、わざわざ命令されてなくても掃除くらいやらなくて、どうする。礼など不要、やって当然だ」

「おぅおぅ、団長。ちょっとそれ、横暴じゃないですかね。結婚したら実は酷い関白亭主かも、と婚約者を不安にさせる態度だとオレは考えますが」


 ヨシツネの冗談半分とする反駁は、絶大な効果を与えた。

 それこそユリウスは真っ青になって必死に婚約者へ訴える。


「王女。俺は命令するばかりで何もしない亭主にはならないぞ。掃除はするし、料理の下拵えだって手伝うし、虎くらい退治してみせる」


 やったことを列挙しているだけではないか。ヨシツネだけでなく他の三人もそう考える。嬉しいです、とプリムラが答えていたから、誰もツッコまずにいた。 


「王女にだけには誤解されたくはないからな」


 ユリウスもまた心の奥底から安堵の息を吐いていた。


 その直後だった。


 誰だ! とベルの叫びが終わらないうちだ。

 三つの人影が天井から降ってくる。音もなくユリウスの近くに着地する。いずれも忍び装束であった。

 本来なら突如の登場と一般的ではない格好から不審を招いて然るべきだろう。

 今晩、集った者たちは一般の者たちではない。

 まずベルが目を輝かせて両手を広げた。


「うわっ、ニンジャじゃないか。いたんだ、本当に」


 なんだよニンジャって、とヨシツネが訊いてくる。顔つきからイザークとアルフォンスも知りたがっているようだ。


「伝説の忍び者さ。隠れるのが得意で、水の上を歩けたり、煙を巻き上げたり。凧に乗って空も飛べるんだよね。僕らが知らない術を身につけた特殊工作員みたいなものかな」


 へぇ〜、とヨシツネはユリウスを前に片膝をつくニンジャの三人へ視線を向ける。


「本当に凄いのか、こんなガキんちょが」


 言葉が終わるや否やだ。


 刃同士がぶつかる鋭い音が響き渡った。

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