第32話 漢、配下と会議する(いちおう真面目)
今回の派兵は覚悟を必要とするようだ。
三千はドラゴ部族の兵の全てとしていい数だ。余力を残さず侵攻へ臨む。これまでにのようにはいかないに違いない。
「しかし本部は何を考えている。我々だけで行けとは!」
ドンッと憤りを隠せないイザークが充てがわれた部屋の机を叩く。
ベルが組んだ両手を頭に乗せた。のんびりした口調で、それに応える。
「まぁ、お隣りさんが攻めて来ているみたいだし、そっちが優先じゃないの。いちおう攻めこまれて困るのは帝国じゃなくてアドリアだし」
「それでも優先順位が違うだろう。帝国への影響を考えれば、遥かにこちらのほうが大きいはずだ」
ロマニア帝国と拮抗する国力を持つグノーシス賢國。両国はどちらが仕掛けるともなしに国境境でよく紛争している。この頃は日常と喩えられるほどの頻繁さだ。
ぐっとイザークは右手を握り締める。
「グノーシスとの戦いなど、どうせ武器商人や周辺の享楽街を潤すためにやっているようなものだ。そんなところ、傭兵を雇ってやらせておけばいい。こっちは本気の侵攻なんだ、まさしく版図が変わるかもしれないんだぞ」
そうなんだけどねぇ〜、とベルは軽い口調を崩さない。しかしながら何か思うような表情へ変えていた。
ヨシツネが真面目に誰ともなしに言う。
「もしアドリア公国が征服されたら
壁に背中を預けて立つ巨漢のアルフォンスがちゃかしてくる。
「ヨシツネが心配しているのは店じゃなくてファニーのことじゃないのか」
「イヤですねぇー、アルさん。あそこの料理が食べられなくなるなんて残念じゃないですか。純粋に行きつけを守りたいだけですよ」
いかにも嘘といった調子であれば、空気を和ませるには充分だった。
部下たちの意見が一通り上がれば、最後は部屋の奥で座っている筋骨逞しい指揮官の決断が求められた。
だがユリウスが口したのは結論より疑問だった。
「なぜ
何を今さらとする内容ゆえに、イザークが慎重な態度で応じた。
「それは連中の住む土地が山間部で耕作地は少ないらしいじゃないか。そこへ不作が重なって、食料不足に陥ってしまったのだろう」
「そうだな、そう本営から聞かされている」
「何が言いたい、ユリウス」
思わずイザークの声は低くなる。ユリウスの話しは、他には聞かれたくないニュアンスを含んでいる。注意を喚起したくなる。
けれども相変わらず気に止める様子がない発言は続く。
「なに。ただそれは聞かされた話しであって、俺たちが確かめたわけではないということだ」
「つまりユリウス団長は本営の発表が嘘だって考えている?」
ベルは両手を頭に乗せた姿勢のままだ。気楽を意識した格好にも見受けられる。
「いや、嘘とまで思ってはいない。ただ帝国は亜人と対話すら行っていないからな。況してや
「まぁ龍人の
はっきりからかってくるヨシツネに、当の相手は大真面目で返してきた。
「ああ、アーゼクスには舞踏会で出会う連中よりずっと気持ちが通ずるように感じているぞ」
おいおい、とアルフォンスが慌てたように呼びかけてくる。
心配するなとばかりユリウスが手を振った。
「戦う相手だとする認識は失っていない。むしろ全力でぶつからなければ、理解など出来ないし、されもしないだろう」
「昔からお主はたまに顔に似合わず哲学的になるのぉ」
そうか、と返事をしながらユリウスは椅子から立ち上がった。部屋の中心へ考え込みながら歩を進める。
「過去三度の侵攻における撤退の早さは、ドラゴ部族の食料が不足がちのせいと俺は見ている。あれは補給線の弱さを裏付けるものだ」
「だが今回は兵数を大幅に増やしてきている」
胸の前で腕を組んだイザークが訊く。事情に想像がついていながら敢えてする質問だ。
「それだけ連中は追い詰められているということだ。総力戦に打って出なければならないほどドラゴ部族は食料不足で逼迫していると俺は見ている」
そうだな、とイザークは納得で返していた。
足を止めたユリウスは、ぐるり見渡す。
イザークとアルフォンスにベル、ヨシツネと腹心の四人へ決意を閃かせた視線を送った。
「今度の戦はこれまでと比べ物にならないくらい苛烈になりそうだ。しかもこちらは敵に合わせての増員が望めない。だがそれでも俺たちは負けるわけにはいかないのだ」
ユリウス団長の鼓舞に、
約束通りその晩、ユリウスの屋敷へ四人は集う。
イザークは所用があり他に遅れて最後に訪れることとなった。
屋敷の玄関を叩き、「おぅ、入れー」とする主の返事に「遅れてすまない」と開けた途端だ。
あんぐり、大広間の光景に口が開いてしまった。
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