第34話 漢、友情だと言う(当人たちは否定)

 護身用として肌身離さない短剣でヨシツネは応戦した。


 首元を狙って繰り出されてきた相手の刃も同種であれば、後は実力がものを言う。


「さすがユリウスの近くにいるだけあるね。まさか受け止められるとは思わなかったよ」


 まだまだ少年といった面立ちのハットリが上から目線でくる。手にした短剣を押し込んできた。

 ヨシツネは笑おうとしたが相手の力に余裕がなくなったようだ。力んだ声で答えた。


「その歳でけっこう力あるじゃねーか」

「おまえよりはあるよ」


 ハットリは口許に笑みを浮かべかけた、その時だった。

 そうかい、とヨシツネが短剣を振り抜く。


 押し返されたハットリは宙を一転する。着地するなり短剣を構え直した。


「なるほど、油断は間違ってもしちゃいけないってことだね」

「そういうこと」


 周囲を忘れて、両者は本気で睨み合う。


「いいな、楽しそうで」

 と、本気と知れるユリウスの声がなければ、命を賭けた攻防が始まったかもしれない。

 遊んでいるみたいに言われては、口にした当人が自覚ないだけにしらけさせられた。


 短剣を下ろした両者のうち、配下のほうが頭をかきながらだ。


「団長に羨ましがられるようなことをしているつもりはないんですがね。どちらかと言えば、俺の家の中でヤメローくらい言って欲しいもんです」


 ヨシツネの困惑は、はっはっは! と高笑いによっていっそう深くさせられる。


「なにを言うんだ、ヨシツネ。いきなり刃を交えだした場面には、初めて会った時を思い出したぞ。ベルもそうだったが、初手でわくわくが止まらなくなったものだ」


 遠い目をして語るユリウスに、ヨシツネは未だ頭をかく手を止められない。


「団長がオレらとの記憶を大事にしてくれているのは、とても嬉しいんですけど、なんて言えばいいですかね。取り敢えず自分の生活を優先しないと、家を取り仕切ってくれている姫さんの苦労が増えるばかりですよ」


 途端、ユリウスの様子から余裕が消えた。それはもう大慌てで、プリムラへ向く。す、すまない、王女、と謝っている。

 別に問題はありません、とプリムラが答えてくれたにも関わらずだ。


「いい加減にしろ、ヨシツネ! おまえはハットリより年上なんだから、どうにかしろ。問題を起こしても王女だけには迷惑をかけるな」


 かばわれたはずのハットリが、今ひとつ納得いかない顔でヨシツネへ訊く。


「ユリウスって、いつもこんな感じなの?」

「騎士としては評判通りだが、普段の生活ではこんなもんだ」

「そうだよね。虎に襲われた僕を助けてくれた時のユリウスはスゴかったもん」


 ハットリの発言で、ヨシツネだけでなく四天してんとする他の三人もニンジャが恭順を示した理由の充てはつく。だがまだ配下の自分達にまで素顔をさらす気なったか、想像つかない。

 全員が食事のテーブルへ着き、少し落ち着いたところでユリウスが切り出す。


「今晩はうちの四人と王女付きのニンジャたちの顔合わせしたかった」

「それはどういう理由からだ」


 グラスを置くイザークが対面から問う。


「王女を今度の龍人りゅうじんのアドリア侵攻阻止の戦へ連れていこうと思う」


 一瞬の間はあったもののだ。

 わかった、と返答するイザークと並んで着席する騎兵服の三人もうなずいている。

 あっさりしすぎて、むしろ提案者のほうが軽くも驚きを閃かせている。


「おい、いいのか、おまえたち」

「虎の件があるからな。宮廷まで平気で侵入を許す現状ではユリウスから離れたら非常に危険だ」


 助かる、とユリウスは短く一言だけ返した。


 口数の多さならば任せろとするヨシツネが後を引き継ぐ。


「つまり今晩は姫さんの護衛網を円滑にするための顔合わせを、という腹だったわけですね」


 そうだ、とユリウスの即答だ。


「実は少しでも姫さんの顔を見ていたくて、本営ではなく屋敷で会議の続きをしようと言い出したわけではない、と」

「な、なにを言い出すんだ。少しでも王女の負担を減らしたくておまえらに掃除や料理を手伝わせようと思うに思ったことはあったかもしれんが、いろいろ複雑なものはあるにはある」


 いきなり増える単語と少々おかしな言い回しが、嘘が吐けない漢の姿を報告していた。

 くすり、とするプリムラに、横のツバキまで僅かながら鉄面皮をずらしている。四天の四人及びニンジャはやや呆れ気味ときている。

 ほ、ほんとだぞ、とユリウスがむきになるから、しょうがないなとする空気になる。


「でも紹介してくれて良かったよ。やっぱり姿を知らないままじゃ疑心暗鬼にはなるからね」


 快活に言うベルによって、ようやくユリウスは立場を取り戻せた。


「ともかくだ。王女はいくら遠くといっても目が届く位置に居てもらうわけだ。用心すぎるくらい意を砕いていきたい。みんな、頼んだぞ」


 お願いします、とプリムラもまた絶好のタイミングで頭を下げている。身分も王女とする方だ。見る者に恐縮からくるやる気を引き出していた。


 おい、とヨシツネが対面にいるハットリへ呼んだ。なに? と返事があれば、少し態度を改めた。


「さっきは侮るようなこと言って悪かったな。オレもけっこう見た目でバカにされてきから、無意識のうちに腹いせしてたかもな」

「けっこうかわいい顔して女好き。ヨシツネ・ブルームハートの噂は、耳にしている」

「なんだ、もう情報収集済みか。謝って損したか」

「そうでもないよ。意外にきちんとしているって、今、知った」


 真剣勝負したからこそ通じ合う笑みをヨシツネとハットリが交わす。

 良い雰囲気は傍目でもわかる。それをぶち壊す者がここにいる。


「なんだなんだ、いい感じじゃないか。お互いを認め合うなら、やはり剣と剣だな。ヨシツネとハットリの友情が生まれていく感じがいいぞ。そうは思わないか、みんな」


 感激が堪えきれないユリウスが周囲へ同意を求めてくる

 はい、とプリムラが、そうですわね、とツバキが上げてくる。


 他は難しい顔つきで返事しない。


 反応は名指しされた者たちがした。


「団長はよくそんな恥ずかしいこと、臆面もなく言えますよね」

「ユリウスさぁ、そういうの、言わないでくれる」


 ヨシツネにハットリもはっきり嫌な顔をしてくる。

 そうなのか? と疑問で返すユリウスだ。二人の訴えを理解できていそうもない。

 細かい心情は察せない漢だが、戦略案となれば的確に出す。ニンジャたちにはプリムラ付きの小姓に当たる役割を当てた。馬車に同乗させれば、とても喜ばれた。


 後に陥る窮状を思えば、これくらい安い限りだった。

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