第30話 漢、ぐずる(離れたくないから)

 龍人りゅうじんによる今度の侵攻はこれまでと違う。

 今までは千人とする数で攻め上がってきた。

 今回は確認できただけでも三千は下らない。それはドラゴ部族が用意できる最大の兵数ではないか、と考えられている。

 急使の報告に一刻の猶予もならないことは明白であった。ただちに詳細を確認し、今後の対策を立て準備をしなければならない。


 けれどもユリウスは即断できずにいた。

 プリムラが狙われていた可能性を聞いたばかりだ。もしかして逃げたと見せかけて自分が離れる瞬間を待っていたら? 心配が渦巻いて行く気になれない。


「ユリウスさま、どうか会議へお向かいください。わたくしなら大丈夫です」


 そうプリムラに言われても気を遣ってが見え見えだから承服とはいかない。


「いや、でも、そうだな……俺としては行けるものではないぞ」

「龍人の膂力りょりょくは最低でも人間の三人に相当すると聞いております。しかも指揮するアーゼクスは人間のそれの十人に匹敵するとか。大陸最強と謳われる龍人兵団に対等で渡り合えるのはユリウスさま率いる騎兵団しかおりません。だからどうぞ会議へお急ぎください」


 おおっ、とユリウスは感嘆を上げた。


「凄い、凄いぞ、プリムラ王女は。掃除洗濯料理ときて、戦局にも詳しい。謁見の際に感じたが政情にも通じているのだな。聡明すぎて、俺にはもったいないぞ」


 感激に震える筋骨逞しい肩へ、ぽんっとイザークが手を置いた。


「心配だから離れたくないと言えばいいじゃないか。まったく、変な感じで爆発するのがユリウスらしいといえば、らしいが」

「確かに言う通りだ。そうだ、そうだとも、俺は王女が心配だ。それに虎に乗った変なエルフが潜んでいるかもしれないではないか」


 単純なようでややこしいがユリウスだ。

 はぁ? と急使で来た者の頭は追いつかない。


「それは大丈夫だよ、ユリウス団長」


 太鼓判を押す人物がベランダへ降り入ってきた。こりゃ、ヒドイな、と室内の惨状を見渡しては軽快な足取りで近づいてくる。


「ベルの耳にはもう聞こえないか」


 ユリウスから質問を受けるハーフエルフは黒色を基調とした帝国騎兵の格好をしている。


「四つ足歩行の特徴ある足音だからね。間違いはないよ。それに僕は襲ってきたヤツが誰だか知っている」

「そうなのか。教えても大丈夫ならば教えてくれ」


 団長は命令しないんだなぁ〜、とベルは笑顔で呟いてからだ。


「あいつは、グレイ。エルフのなかでも飛び抜けて動物の手懐けを得意としている。獣使いなんて異名を持つくらいだよ」

「そんなヤツがなんで王女を狙うんだ」


 うーむ、と唸りつつユリウスは標的とされた当人へ目を向ける。

 わかりません、とプリムラは頭を横へ振っている。


「あれか。王女が妖精のようだから、エルフの感性として親近感でも湧いたか。だがそれならば襲う意味がわからんぞ」

「……団長は難しいことを言うよね」

「ユリウスの感性のほうこそ、ややこしくしているんだが」


 ベルは遠慮気味に、昔からの僚友であるイザークは忌憚がない。

 急使に至っては「あのぉ……」と、どうしたらいいか困り果てている。


「ここは吾輩わがはいに任せて、ユリウスは本部へ行け」


 頑丈さならユリウスに匹敵すると目されるアルフォンスが室内へ入って来た。これでようやく事態が動きをみせる。

 重装兵の要が王女の護衛に就くとやって来たら、任せられないでは信を置く関係と言えない。ユリウスに移動を促せる四天してんの盾と呼ばれる人物の登場である。


 呼び出しに応じる気になったユリウスは、白いドレスの婚約者へ向き直る。


「王女、帰る時は一緒に頼む」


 提案というよりお願いであった。

 はい、とプリムラの快活な返事によって、ようやく急使は役目を果たせた。

 臨時の戦略会議が行われる部屋へ、ユリウス並びイザークとベルは出向く

 三人が大広間から消えるのと入れ替わりで窓から入ってくる青年がいた。四天の剣ヨシツネである。


「オレも姫様の護衛するために来たぞー」


 するとアルフォンスは苦笑で指摘する。


「ただ会議へ出たくなかっただけだろう。よく言うな」

「オレ、チョッカク髭が苦手なんだよ」


 チョッカク髭ですか? とツバキが訊けば、ヨシツネが大袈裟な身振りと口振りで説明しだした。

 ロマニア帝国騎兵団のトップである総団長に対し、密かに付けられたあだ名である。名前はヘッセン・シュタットといい、かなりお年を召した騎士で、ヨシツネいわく『融通が利かないにも程がある頑固ジジィ』だそうである。


「あいつ、オレの顔を見るたび、やれ姿勢が悪いだの、行儀がなってないなど、うるせぇー、うるせぇー。だから行きたくないんだよ」

「つまりさぼるため、うちの姫様を利用しているだけではありませんか。そのような理由ならばこちらとしては感謝を申し上げるべきか、ためらわれます」


 冷静なツバキの沈着な反応に、「いいじゃねーか」とヨシツネはバツの悪さを隠した。

 まぁまぁとアルフォンスが割って入ってくる。


「軍略にはイザークとベルが居れば充分だしのぉ。むしろ吾輩とヨシツネなんかはいたほうがジャマになるわい」

「つまりヨシツネ様の存在もまた先方からすれば出席はご遠慮願いたいタイプ、というわけですね」


 ツバキは表情一つ動かすことなく口にするから、あまり冗談には取れない。

 あのなぁー、とヨシツネに文句が出かかる。

 にこにこプリムラが間に入った。


「でもわたくしからすれば第十三騎兵団の名だたる四天の二人も護衛に付いていただけるなんて、これほど心強いことはありません」


 さっすが姫さんは違うな、とヨシツネは騎兵団の頑固ジジィが咎められて当然な態度を取った。

 やれやれとした顔のアルフォンスがプリムラへ会議が終わるまでと用意した部屋への案内を買って出た。


 だがすんなりとは大広間を去れない。


 一向の前に、正確に言えばプリムラに、ユリウスの元婚約者が立ち塞がった。

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