第29話 漢、質問はど直球(うまくはいかない)

 わちゃわちゃ、ずいぶん愉しそうではないか。

 壁に叩きつけられたイザークは痺れて動けない。意識はあっても意志が届かない身体で眺める。ユリウスは婚約者とその侍女にかまけて、こっちの存在はすっかり忘れているようだ。指揮官であり我が友でもあれば、ちょっと寂しい。

 でもまぁ、と愉しそうに話し込んでいる姿は悪くない。ほんわかした暖かさが傍目でも感じられる。明らかに以前の婚約者たちと違っている。

 この調子なら問題なく付き合っていけそうだ。


 ただ気になった点がいくつかあった。


 大広間は血の海に沈んでいる。虎の凶行を受けた者は例外なく息がない。皮肉にも急ぐ救護を必要としない惨状である。

 ユリウスと侍女のツバキが死屍累々の中でも談笑可能なのはわかる。王女ならば深窓の息女なはずである。なのに戦場さながらの有様を前にして屈託なく笑っている。本物なのか、やっぱり疑ってしまう。 


 それと最後に現れた大虎はプリムラ王女へ真っ直ぐ向かっていた。狙いを定めていた。先発の二匹は地ならしの役目を担っていたようではないか。かなりな用意周到ぶりと言える。


 何より、そもそもなぜ襲撃が行われたか探らなければならない。

 今後についてユリウスと相談しなければならない。


 軽く頭を振りつつイザークはようやく立ち上がった。

 目を向ければ、ユリウスから異変が見取れた。長年に渡って戦場を共に駆け抜けていれば、言葉など交わさなくていい。表情の微かな動きで敵襲に備えていると察せられる。

 誰だ! とユリウスが問う前に、テラスへつながる開け放たれた窓へ顔を向けられた。


 外の闇から飛び込んでくる影があった。


 巨大な四つ足は、虎と知れる。今晩、大広間へ訪れた四匹目だ。

 前の三匹と違うところは、背に人影があった。

 若い顔立ちだが年不相応な貫禄を漂わせている。濃緑の出立ちに、尖った耳の形状が亜人と判別できる。エルフだった。


 ユリウスが「何者だ」とする問いに、満面の笑みで応えてくる。


「わざわざ正体を明かす気はないよ。状況を確かめに来ただけさ」


 それからぐるりと見渡しては、本心を隠すためか。大袈裟に嘆息を吐いてくる。


「あーあ、まさか揃いも揃って一刀両断か。まったく闘神の噂も伊達じゃないね、空恐ろしいくらいだよ、ユリウス・ラスボーンは」

「目的ぐらいはしゃべってもいいんだぞ」


 言わせたいユリウスの、ど直球な誘いである。天然ゆえにごく自然な態度が、ついと口を割ってしまう場合もある。

 現に虎にまたがるエルフは言いかけて、慌てて閉じる。


「いけない、いけない。まだ話す段階じゃないよ、完全に目的は果たしていないからね」

「もし王女が狙いだったら、この場から逃すわけにはいかん」 


 エルフが軽く目を見開いた。


「へぇ〜、脳筋ではないんだね。なんでそう思ったの?」

「最後に入ってきた虎が王女を狙っていた。本能で動く獣だったら窓から最も遠くにある者へ他に目もくれず襲いかかるなど考え難いからな」


 ほぉ、とイザークから感心した息が洩れる。どうやらユリウスも気づいていたようだ。


 参ったね、と虎に乗るエルフが言葉と表情で語ってくる。


「そこまで見破られちゃ、今回の依頼はお手上げだ。せっかく苦労して手懐けた虎を四匹も失うし、大損害もいいところだよ」


 四匹? とゆっくりユリウスたちへ足を運ぶイザークは不審を上げた。大広間で倒された数と合わない。

 聞き咎めたツバキが教えた。内苑の調査へ向かった際に、もう一匹を斬っているらしい。


「ユリウスという騎士の実力を甘く見積もっていたことに反省だ。まさかここまでバケモノ級だとは思わなかったよ」


 やれやれと虎に乗るエルフが頭をかいている。


「まだ終わっていないぞ」


 ユリウスの声は低い。プリムラを狙った者の逃亡を許す気はないようだ。右腕を伸ばして大剣を突き出す。


 虎に乗ったエルフがニヤリとした。


「一つだけ教えてあげる」

「なんだ、教えろ」


 大剣で狙いすますユリウスは相変わらずの直情っぷりだ。

 思わずエルフは笑いそうになっていたが、ここは堪えた。


「先だってのトラークーにおける傭兵反乱の討伐といい、キミが指揮する第十三騎兵団はやりすぎている。戦果の上げ方が尋常でなさすぎる。それが今晩の襲撃の引き金にもなっている。そういうことさ」

「そんな説明では何が言いたいのかさっぱりだぞ」

「それはそうさ。これは捨て台詞だからね。聞かせる相手のことなんか考えていないよ」


 エルフが乗る虎の向きが変わった。発言からも知れるように引き揚げへかかっている。


 させるか! とユリウスが一歩踏み出した。


 甲高い鳴き声を発して何かが窓から飛び込んできた。

 はばたいてはユリウスの顔面辺りを飛行すれば、さすがに闘神と呼ばれる騎士も払い除けるだけで精一杯だった。


「使えるのは虎だけじゃないんだよ」


 そう言うエルフが乗る虎はテラスの手すりを飛び越えていた。

 ユリウスの追撃を邪魔した夜鷹も主を追うように外へ出ていく。夜空を飛んでいった。


 待て! と叫んでユリウスは窓へ向かう。

 あくまで追うつもりだった。

 だがテラスへ出る前に足を停めるしかなくなった。


 ユリウス騎士団長、と急使が足早に近づいてくる。

 役職の呼称が軍事的な何かの問題であることを告げていた。無視はできない。

「どうした」と訊けば、若い急使は背筋を伸ばして報告してくる。


 ドラゴ部族が今までにない数をもってアドリア公国の侵犯に向けて動き出しています、と。

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