第23話 四天の槍、王女と実感する(楽しくなってきている)
今晩の舞踏会はお披露目を目的としている。
ユリウスの心模様としては複雑だ。正直に言えば、出たくなかった。
婚約者を貴族たちへ紹介する機会は、これが初めてではない。三度も婚約者と報告しながらポシャった過去がある。上流階級の催しに馴染めないこともある。また陰口とするには大きい声量で嘲られそうだ。
まだ自分だけならいい、けれども今回は婚約者を巻き込むはめになる。
しかもダンスは苦手とするから、恥をかかせてしまうかもしれない。以前の婚約者たちが一緒に踊るたび困惑から不機嫌になっていく表情が忘れられない。
これからプリムラ王女をいたたまれない気分へさせてしまう公算は高い。
不安に苛まれるなか、ユリウスは気づいてしまう。
謁見の後、舞踏会の開催までしばしの休憩とした部屋で、プリムラの様子が何やらおかしい。確かめたくてもユリウスが近づくと異変はより酷くなっていくみたいである。
ユリウスは行動が早い男である。
ちょっと待っててくれ、とユリウスはプリムラと侍女のツバキを部屋へ残し、探しに出て行く。イザーク、と玄関広間にて歓談している馴染みを捕まえた。
「ユリウス団長は、私がいることをわかっていたんだな」
「戦場でもないのに、団長はよせ。イザークがこうした会に喜んで顔を出すくらい、知っているぞ」
騎兵団においては上下の関係であっても、共に士官校を過ごした同年代である。私事の時間では気安さが先立つ仲だ。
イザークは歓談の輪から外れて、ユリウスを連れ立ち他の者と距離を置く。
「それでどうした、ユリウス。なにやら血相を変えているみたいだが」
「王女の調子を確かめて欲しい。なにか少し変なんだ。もし体調が悪いのに無理を押しているようだったら、教えてくれ、頼む!」
両手を合わせて拝むユリウスである。
了承としたイザークだ。他の者ならば引き受けるかどうか思案のしどころだが、古くからの僚友の頼みでは断れない。
本音を語ればイザーク自身が興味津々でもある。
普段は生真面目で通しているが、己の立ち位置を守るゆえの人物像にすぎない。ことユリウスに関しては人が悪くなるほど愉しむ傾向にある。
だからイザークは本性を隠すため、しょうがないとした調子で引き受けた。
さっそく向かい、ノックをして休憩の部屋へ入るなりだ。
「ユリウスさまに頼まれて、いらっしゃいましたか」
侍女を傍に従え椅子に腰掛けるプリムラが微笑んでくる。
なにもかもお見通しのようであれば、イザークとしては話しが早い。
「そうです、我が第十三騎兵団騎士団長の依頼で王女の、特に体調面において正直なところを確認しに参りました。どうやら我らの団長は婚約者に何かの異変を認めた模様です。私は全く気づきませんでしたが」
そうですか、とするプリムラの返事は憂いの響きも伴っていた。
「ユリウスさまだけには気づかれないようしたかったのですが……肝心な方にこそ隠しきれないものです」
「でもユリウスの嗅覚や気配の察知能力は野生の獣さえ凌ぐことがありますから。ただ女心に疎いことは疑いようがありません」
感じ取れるくらい部屋の空気が和らいだ。
ならば話してもいい、とプリムラは思ったのだろう。
「ずっと、そうずっとユリウスさまに恋焦がれておりました。助けられたあの時から、ずっと、ずぅっと。だから、ずるいです」
ずるい? イザークにすれば予想していなかった言葉だから訊き返さずにいられない。
はい、とプリムラは答え、にっこりした。
「ユリウスさまは、ずるいです。わたくしが勝手に作り上げた理想のお姿から、さらに上へ行っているんですもの。今、あの方に近づかれたら、あのお言葉を思い出して……わたくし、泣いてしまいます」
皇帝及び国の主要人物が居並ぶなか、ユリウスは笑い飛ばした。
プリムラが王女であろうがなかろうが関係ない。身分に偽りがあろうとなかろうと大事な婚約者である、と。
イザークが顎に手を当てるポーズを取った。
「見ていた私だって感動しましたよ。ユリウスらしいって。でもそれは王女が相手だからこそ発揮し得たもののように思われます。なぜならこれまで元婚約者たちからは気の毒になるような仕打ちを受けていましたので」
イザーク様、とプリムラが改まった口調で呼ぶ。
はい、なんでしょうか、とイザークが応答すればである。
「今晩の舞踏会にユリウスさまとの婚約を破棄した御令嬢は参加しているようですか?」
「はい、二番目と三番目が。自ら破棄を申し出ておきながら、新たな婚約者を確認したいようです。なかなかいい度胸と申しましょうか、ゴシップ好きの貴族社会に染まっているとでも申しましょうか」
イザークは皮肉を混ぜずにはいられない情報提供をする。
すると提供を受けた者の表情がみるみる変わり、伝えた者へ伝えてくる。
生まれた決意を。
「どうやら体調においては心配ご無用みたいですね」
ええ、と椅子から立ち上がったプリムラは髪だけでなく存在感もまた黄金で輝くようだ。王女かどうか疑う自体が不敬に当たる気高さをまとう。自国の皇帝から感じたことがない圧倒的なオーラを、イザークは感じていた。
「どうかシュミテット卿、ユリウスさまにプリムラがご心配かけましたとお伝えください。それと……」
それと? ファミリーネームで呼ばれたイザークがおうむ返しした。
「ここからはわたくしがユリウスさまのために働く番です。どうかあまり思い詰めないよう加えて伝言していただけますか」
決意みなぎる王女にイザークは頼もしく感じながらだ。
面白くなりそうだ、とわくわくする気持ちが抑えきれない。アルフォンスには見破られている性根の悪どさが胸のうちにもたげていた。
あまり感心できない心の持ち様は程なくして報いを受けるのであった。
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