第22話 四天の槍、予想を外される(感心もしている)

 四天してんのうちイザークは唯一の貴族出身者である。シュミテット子爵の次男なれば、宮廷は子供の頃から親族に連れられて出入りしている場所だ。爵位は兄が継ぐことに決定しているが、名のある騎兵になったおかげで以前より訪れやすい。

 普段から貴族たちとの交流も広範囲に渡っていた。特に舞踏会といった男女の出会いの場には呼ばれやすい。彫りの深い端正な顔立ちですらり背が高く礼節を知る。タイプとしてはユリウスと正反対だ。だからというわけではないが、女性からの人気は高い。

 今晩も舞踏会が開催されるとなれば、誘いの声がかかっていた。


 もっともイザーク自身は誰に誘われずとも行く気満々であった。


 舞踏会の前にユリウス・ラスボーンとプリムラ・カヴィル両名の謁見が行われる。立場的にも心情的にも列席せずにはいられない。


 玉座にはヴァルモット皇朝第五皇帝ユランがついている。

 三十代半ばとする年齢は充分に大人だが、国の指導者としては若い。現に上がってくる政策をただ認可しているだけ、とまことしやかに囁かれている。


 帝国はサイラス・ドラン宰相に牛耳られている。

 噂は宮廷内に留まらず、他国の街角でも話されているほどだ。


 権勢者と目されている人物は痩せぎすな身体に落ちくぼんだ目をしていた。風貌だけで相手に謂れもない恐怖を与える。玉座の傍に立つ姿は、失礼ながらも不気味としか言いようがない。こちらも健康的なユリウスとは真逆なタイプだ。

 そして現宰相は見た目の印象通りの性格と言われている。


 婚約者に付き従うプリムラは白いドレスの裾を侍女のツバキに持たせて膝を折る。隣りのユリウスも片膝をつき、挨拶を含めた口上を述べた。婚約した旨をつつがなく報告をした。


 型通りの文言を返すユラン皇帝は今にも欠伸をしそうな様子だ。明らかに興味がない。 


 やはり呼び出しの早期要求は宰相がしたと確信させる詰問が始まった。

 鎖国に近かったハナナ王国が突如として他国へ嫁がせる。しかも第八とはいえ王女が、爵位の最下階級にすぎない騎士を相手とする。直接的な言い回しではないものの、何か意図があってではないか、と疑ってかかってくる。


 最後列で眺めているイザークに不安と期待が過ぎる。

 正直なところ、あまり王女は心配いない。また婚約を破棄されても次が現れると思っている。ユリウスほどの男が慌てて結婚を望まなくても、とさえ考えている。野望を叶えるための足を引っ張るような伴侶でなければいい。


 現在の懸念は我が団長が婚約者を心配するあまり、どんな態度を取るかだ。


 やっぱりというか、ユリウスのこめかみがひくついている。自分自身のことなら耐えられても、大事な者の窮地は放っておけない。そんな男だ。


 しかしながらプリムラ王女は落ち着き払って答えていた。

 王女でも順位が第八では価値がない。却って高貴な血筋が貰い手からすれば厄介な条件になりかねない。中途半端な身分違いよりも、まるきり離れていたほうが我が身を顧みれて上手くいくものではないか。貴族とする立場にある方々なら、この意見にうなずいていただける方々はいるはずである。


 今晩はユリウスの婚約発表とする意味合いが強い。初対面であれば、プリムラに関しては顔見せ程度で済ますところだ。さらなる追求を望むなら後日に改めるが礼儀だろう。


 ドラン宰相は違った。

 権勢を誇っている自負があるせいか、少々強引に出てくる。話しを終わらせないだけではない。内容もまたここで言うには失礼な推察を披露してきた。


「我々ロマニア帝国側としては疑っておるのですよ。貴女が本物の王女なのかと」


 なんだ、と末席で名を連ねるイザークは頭をかきたい気分だった。 

 どうやらプリムラが真実の王女か疑惑を抱いていた者は自分達だけではなかったらしい。

 周囲は驚きの声を挙げた。退屈そうだった皇帝まで前のめりになった。

 ひそひそとするには大きすぎる列席者の会話が聞こえてくる。大半は宰相の発言を支持する内容だ。高貴な身分にある子女が騎士へ嫁ごうなど、やはり考えられない、偽の王女だと決めつける声が満ちた。

 ふぅとプリムラは吐く。多くの敵意に囲まれれば、まず呼吸を整える。さぁと反論しようとしたタイミングであった。


 はっはっはっは! と大広間を席巻するほどの高笑いが響いた。

 この場所でこのタイミングで響かせられる者など、帝国いくら広しと言えど一人しかいない。


「なんですか、いつもながら無礼な者ですね。皇帝の御前ですよ」


 苦虫を噛み潰す顔でドラン宰相が睨みつけてくる。


 高笑いを収めたユリウスは、確かにと納得すれば皇帝へ向く。


「確かに御前にて、口を開けて笑うなど失礼千万。どうかお許し願いたい」


 素直に非を認める態度が当人が持つ雰囲気を相まって憎めないものへ昇華させている。謝罪を受けたユラン皇帝も手を振って、別段気にしていない仕草を示す。

 ならば、とこの男は話しを続ける。 


「皇帝に失礼した原因は、ドラン宰相があまりにも可笑しな話しをなされるからだ」

「私の話しに笑いを催すほうがおかしいでしょう。まぁ、ユリウス卿にとって王女が偽者とする可能性は動揺を来たして当然でありますがね」


 ドラン宰相はここまで言うと人の悪い笑みを浮かべた。だが別の表情へ変わるのも直だった。

 心底から不思議とする顔でユリウスが逆に問いかける。


「宰相はまったくおかしなことを仰る。なんで俺が、いや自分がそんなことを気にしなければならない」

「それはそうでしょう。もし婚約者が身分を偽っていたらですよ。王女でも何でもない偽者をユリウス騎士はつかまされてしまったわけです」


 そう披露したドラン宰相は再び見る者を不快にさせる笑みを浮かべた。


 回答はなかった。じっとユリウスは会話の相手へ視線を突き刺す。

 なんですか、とトラン宰相がたじろいだところで、おもむろに口を開いた。


「宰相は元の考えから間違えている。本物とか偽物とか、どうでもいい。俺は王女だろうがなんだろうが、プリムラが来てくれた、ただそれだけで嬉しいんだ」


 しんっとなった広間の隅でイザークは笑いを噛み殺すのに苦労した。

 長年の付き合いだが、こうくるとは予想すらしていなかった。

 まったくユリウスらしい。


 だから謁見後、そのユリウスに泣きつかれれば困惑するほかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る