第21話 漢、苦手を告白す(理解まではされない)

 メイド服の侍女は不機嫌だった。


「ユリウス様、そのような御気遣いは無用です。ニンジャならテーブルに着いての食事などあり得ません」


 ツバキの抗議にも、ユリウスはニンジャ三人の代わりと両手を合わせた姿勢を崩さない。


「そういうがな、人の飯を食う姿を眺めているだけなんて、これほど腹が減るものはないぞ」


 今まで四天してんが着いていたテーブルで忍び装束の三人が皿へ向かっている。十代半ばとする男子二人と女子一人とする構成だ。

 うち最も最年少とされるハットリが口を尖らして言う。


「どれだけこっちが野菜の下ごしらえしたと思ってんだよ。ツバキ姐の剥く手が下手ぎるせいでさー」


 なにおー、とツバキが反撃しかけた。

 が、並んで食べているサイゾウが阻んだ。


「まったくだ。ユリウスも一緒になってやってくれなかったら、間に合わなかったかもしれない」

「こら。私に文句はいいけれど、ユリウス様を呼び捨てる無礼は許しません」


 歯をむくツバキは真剣そのものだ。

 さすがにサイゾウはちょっとバツが悪い顔をした。

 はっはっはっ、とユリウスが体格に相応しい豪快な笑い声を立てた。


「いいではないか。サイゾウたちは王女の護衛であって、俺の部下でも何でもない。むしろ我が婚約者を常に守っていてくれて感謝感激だぞ。前にも言っただろう、立場は対等だ。だからやはりお互い呼び捨てでいこう」


 あまり物事を気にしないたちが全開とくる。ちなみに手を合わせた謝罪のポーズは崩していない。

 そうは仰いますが、とツバキは難色を示すが、「そうするか」とサイゾウは乗っていた。


 そこへプリムラが新たな鍋を抱えてやってくれば、愉しそうに訊く。


「ユリウスさま。名前で呼ぶなら護衛の者よりまず、婚約者であるわたくしに、ではありませんか」


 ぐっと詰まるユリウスは今度こそ手を合わせた格好が合う言動へ出た。


「そ、それは申し訳ない。だが、だがだぞ。王女は特別、そう特別なのだ。だからそう、なかなかな、呼べないというか……そう、そうだ、そうだぞ。俺こそ『様』づけはいらん、ユリウスと呼び捨ててくれ」


 内容は対等を訴えていたが、態度はしどろもどろで、合わせた両手はさらに掲げられた。頭が上がらない場面を自ら演出していた。絵面としては見事にハマっている。


「なんか野獣と美少女っていう感じですよね」


 忍び装束者の紅一点とするキキョウも忌憚がない。

 こら、とツバキが慌ててたしなめるが、野獣と表現された者は「なるほど、キキョウ。うまいこと、言うな」などと、感心している始末である。

 プリムラはにこにこして、持ってきた鍋のスープを皆に勧めている。

 ユリウスはもちろんだが、ツバキもまた不承不承ながら席に着く。

 最後にプリムラが腰を降ろせば、六人揃って皿へ向かう。


 うまい、うまいぞー! とユリウスはスプーンですくうなり叫べば、作ったプリムラだけではない。従者たるニンジャの面々にも笑みがこぼれた。


「ところでだ」


 皿の中身はあと少しといったところで、ユリウスが誰ともなしに言う。

 男子の二人は相変わらず皿へ向かっていたが、女性三人はスプーンを持つ手を止めた。


「明後日、皇帝へ謁見となった」


 ここでサイゾウとハットリも皿ではなく発言者へ意識を持っていく。


「急に思えるかもしれないが、実は皇宮へ早く赴くよう催促はされていたのだ」

「わたくしの件ですね」


 向かいに座るプリムラがユリウスへ真っ直ぐ瞳を向けている。


「ああ。いちおう親父殿が報告してくれていたようだが、帝国側としては第八とはいえ例のないハナナ王国王女との婚姻だ。早々に確認したいとする意図はわからないでもない」

「ユリウスさまはあまり気乗りしていなそうに見受けられますが」

「さすがだ、王女。わかるか」


 胸の前で腕を組んだユリウスだ。

 スプーンを置いたサイゾウが少し身を乗り出し口を開いた。


「いちおう、皇宮の造りがどうなっているか、調べてみた。ざっくりでしかないけれど、忍べ込めないことはないくらいはわかった」

「ユリウスの言っていた宰相が異世界人かどうかは、まだまだわからないけれど、謁見の間くらいならいけるよ」 


 少年そのもののハットリも続く。


 ユリウスさま、とプリムラに呼ばれて第十三騎兵団騎士団長は腕を組んだまま向く。


「いつからなのですか、ドラン宰相が異世界人とする噂が流れたのは。キキョウからの報告によれば市井でも噂になっているようですね」

「俺に塗った薬。あれはドランが発明したものなんだ」


 氏名はサイラス・ドラン。薬剤調合師として高めた名声を地位へつなげた人物である。当初は草莽における一介の薬剤師にすぎなかったが、皇帝に信を得る成果を示した後はたちまちだ。今や政の中心人物にまで伸し上がっていた。


「薬だけでなく、政の施策も数々考案し採用させてきたらしい。帝国の要人では思いつかない発想が多くあった、と聞いている」

「つまりこの世界で生まれ育った者ならば考えつけないようなことですね」

「さすがだ、王女。ドランは帝都へ招かれる段階ですでに異世界人の噂が立っていた」


 ここでユリウスが組んだ腕をほどいた。


「俺は作られた薬は凄いと思っている。有り難いとさえ思っている。けれどもヤツの政策は感心できん。金持ちのみ太らせて、貧民を増やす真似ばかりしている」

「素晴らしき発明はしたけれど、この世界に住む者を人と思わない側面が見える。それが異世界人と疑う理由にもなっているわけですか」


 おおっと唸るユリウスは握りしめた両手をテーブルに置いた。


「そうなんだ、王女はまだ帝都に来て日も浅いのに、よくわかるな」

「実はハナナ王国は各国の情報は詳細に仕入れるよう努めております」

「そうなのか、それは素晴らしいぞ」


 少しプリムラは間を開けてからだ。


「……ユリウスさまは勝手に余所の国を嗅ぎ回っているのか、とお怒りにならないのですね」

「もちろんだ。緊張が続く情勢のなかで、どの国も懸命に動いて当然だ。むしろ王女の確かな気構えに聡明さも認められて、俺は感動している」


 思わぬ激賞にプリムラはちょっと気圧されたもののだ。自覚するほど表情が綻んでいく。

 だからユリウスがいきなりだ。ガタッと椅子を鳴らして立ち上げれば、プリムラだけではない、なんだなんだとツバキにニンジャ三人までも驚き仰ぐ。


 テーブルに着く者たちの視線を浴びたユリウスは拳をさらに握り締めながらだ。


「俺はなんて幸せ者だ。王女が婚約者としてきてくれただけでも身に余る幸せなのに、それに付いてきたツバキたちまで優秀ときている。これほど恵まれた運命に、不満など持ってはいけないのだ」


 どう捉えても不満があるとする言い回しである。


 少し不安そうなプリムラが、そっと両手を膝に載せる。姿勢を正していた。


「ユリウスさま。何かご不満な点があるならば、仰ってください。わたくしを初め、ここに集う者、改めるよう心がけます」

「王女やツバキたちに不満などあるわけないではないか。問題は俺だー!」


 ほっと一安心とするには肝心な部分が不明なままである。


「ではユリウスさまは、何に不満を感じていられるのですか?」

「ダンスがイヤなんだー!」


 間髪入れずの力強い答えが返ってきた。

 これまでしたきた会話の流れへ沿っていない挙句に内容は端的すぎとくる。ここにいる一同は理解するために、さらなる説明を求めなければならなかった。

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