第20話 四天、馬車内で感想会を開く(けっこうまじめに)

 四人に訪問する名目はあったが、思惑はバラバラだ。

 面倒をかけられたイザークは文句が言いたい。

 旧くを知る二人がどういった生活を送っているか、アルフォンスは興味本位が先立つ。

 おもしろそうだからとするヨシツネは暇つぶしに近い。

 気がかりを胸に秘めたベルは笑みを絶やさないでいようと自らへ言い聞かせていた。


 婚約者を迎えたユリウスが早くも腹心の四人を我が屋敷へ招待した。

 執事の横領があった件について、ベルとヨシツネから、イザークとアルフォンスは聞かされている。主な目的は横領に対し今後どうしたらいいかの相談もしくは打ち合わせだろう。その点だけは四人が共通する読みであった。

 おかげで帰りは拍子抜けもいいところとなる。


 屋敷の前に着けた馬車へ招待客だった四人は一緒に乗り込む。四天してんと呼ばれる勇将を一台に押し込む形である。


「もう一台、ご用意致しましょうか」


 気を遣うプリムラに、はっはっはっとユリウスは高笑いする。


「なになに気にすることはないぞ。こいつら四人は仲良しだからだな、一緒に乗せてあげてやってくれ」


 おまえな! イザークは喰ってかかりかけたが何か思い至ったか。憮然とした表情で必要最低限の挨拶を投げて馬車内へ消えていく。

 うまかったでーす、とヨシツネは相変わらずだ。

 ご招待ありがとうございました、とするベルは最後まで行儀正しい。

 またな、と手を上げたアルフォンスはとても満足げである。

 もてなしは招待客を穏やかな気分で帰せた。もてなしは成功した、と思われた。


 馬車内の空気は走りだすと同時に変わった。


「しかしあれですねぇー、ホントに王女さまなんですかね、あれ」


 ユリウスたちにした帰りの挨拶と同様の能天気さで、ヨシツネが投げる不穏な発言だ。笑わそうとしてではないことは、目つきを見ればわかる。冗談口調はむしろ事の深刻さを直に表さないための配慮に思えた。


「どうして、そう思った」


 真っ先の反応は馬車の屋根まで頭が届く長身のイザークだ。座席位置においてでもちょうど対面に当たる。 


「そらぁ、掃除に洗濯、料理までこなすときたら、とても身分ある育ちとは考えられませんよねー。それに見た目ですかね、自分の王女さまのイメージときたら髪が腰に届くくらい長く、ですからね」


 黄金で煌めくプリムラの髪は頬を隠す程度しかない。


 前屈みを取ったイザークは組んだ両手の上へ顎を乗せる。両肘は両膝へ着いていた。


「つまり王女と偽った者が送りこまれた可能性か」

「ハナナ王国はナゾっちゃー、謎の国ですもんね」


 王国は険しい連峰を国境とした大陸の最西端にある。鎖国を謳っているわけではないが、他国との交流は非常に少ない。大陸の辺境とする位置も加わって隔絶した状態を保てていた。少なくとも帝国へ情報はほとんど流れてこない。


 それはどうかのぉ、とアルフォンスが重量感ある身体を揺する。


「もし王女の身分を隠すなら、むしろ人前ではそれとする振る舞いを控えるのではないかのぉ。元が小間使いとする影武者ならば我らの前で自ら家事をこなす真似などすまいて。それに……」


 それに? と隣りのヨシツネが訊き返す。


「一国の王女とはいえ、あのディディエ卿が正体不明とする相手を息子の嫁になどとするものかのぉ」


 そうだな、と斜め向かいのイザークがアルフォンスの意見を認めている。


 ロマニア帝国最西端に当たるエルベウス地方をディディエ・ラスボーン辺境伯が治めてから長い。大陸最西端のハナナ王国と隣接する地域である。しかも他国と唯一つながることを可能とする細道はエルベウスに通ず。表沙汰にせず交流を行なっていたとしても、先代皇帝の策略家として名を馳せた人物である。

 ディディエ卿なら密かな交流も充分にあり得る。

 そしてその老獪な辺境伯は義理の息子をとても大切に想っている。

 四天のいずれもが承知していることだ。


 それにさ、とベルが知り得た事柄を口にする。


「ユリウス団長の屋敷には姿を見せない三人がいるよ」


 ホントかよ、とヨシツネが上げた。他の二人は声にしないものの間違いなく驚いていた。

 何者なんだ、とするイザークの問いに、ベルは肩をすくめる。


「さぁ、そこまでは無理だよ。けれどもユリウス団長なら気づける気配だと思う」

「あの人、野生のケダモノかよ、と思うくらい察しがいいもんな」


 愉快そうなヨシツネの発言につられて、「そうだのぉ」とアルフォンスも笑いを上げた。


 イザークだけは、ちっと舌打ちしてくる。


「もしかしてユリウス、身を潜めた連中へ我々を見せるため、今晩、呼んだのではないか」


 あり得る、と誰もが声に出さずとも表情で語っていた。


「仮にそうだとしたら王女様は本物と考えていい条件になるね。付き従ってきた連中、どう見積もってもかなりな手練れだし」


 ベルの指摘が取り敢えずとする結論へ至らせた。


 イザークが両手に載せていた顎を上げた。


「王女であろうがなかろうが彼女を我々の手合いに引き込む価値はありそうだ。我々がいずれ果たしたいとする野望のために、布石は一つでも多く打つとしよう」


 他の三人はユリウスに見せない深刻さでうなずく。


 馬車内が不穏な空気を漂わせていた頃だ。


 見送って屋敷内へ戻っていたユリウスは両手を合わせて謝っていた。

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