第17話 漢、突撃す!(なぜ敵兵に囲まれていたかのオチ)

 帰途の途中で引き返させた自兵を含めて、ようやくイーブンといったところか。

 賊と化した傭兵が立て篭もる砦は粗末なものだ。簡単な柵を設置しただけであれば攻めるはたやすい。ただ大きな誤算があった。

 どうやら敵兵の数が聞いていた以上に多い。要請時の報告では三百程度だった。


「ユリウス団長、五百は超えてますよ」


 遠目が利くハーフエルフのベルが臨時に建立した物見櫓から大声で知らせてくる。


 第十三帝国騎兵団のうち呼び戻した数は二百だ。そこにトラークー公国の騎兵が二百で加わる。今回は傭兵の暴乱であれば、国に所属する兵だけとした。雇った傭兵が敵の傭兵と面識があれば裏切るまでいかなくても戦意に支障が生じよう。下手な気遣いは無用とする万全な体勢を選んだ。正式な騎兵だけで挑んだほうが憂いはない。


 幸いにも一騎当千の四天してん全員を帯同している。やや兵数で劣るものの、戦力的には拮抗している。さらにこちらは増員も望める。

 敵方もわかっているはずだ。時間が経つだけ相手は優勢になっていく。そろそろ勝機を賭けて打って出てきてもおかしくない。


 ユリウス様、と呼ぶ声がした。

 似た仕様の騎士服だが、色彩が大きく異なる。ユリウスが着用する帝国騎士服は夜に沈む色彩だが、やってきた騎士の色は青空を思わせる。トラークー公国騎兵団騎士団長アラン・テイラーだ。


 テイラー団長、とユリウスは統括名をもって応じる。


 ユリウス様、とアランの方は畏敬を込めてその名を口にする。国の規模は違うとはいえ、階級は同じだ。年齢もやや上にある。にも関わらず膝をつくような態度で臨んでくる。作戦行動においても、全面的に指示を仰ぐ姿勢を取っていた。


 ユリウスにすれば話しやすいには違いない。が、どこか居心地悪く感じてしまう。自分などに畏まらないよう伝えてはいるのだが、アランは改めない。

 特に今回は低姿勢を崩せない理由もあった。


 トラークーは大国に挟まれた小さな公国だ。大陸最大とされるロマニア帝国と第三の国力を持つグネルス皇国の間に挟まれた領土である。長い歴史のなか両国のどちらかと手を組んで国を保ってきた。ここしばらくはロマニアと友好が続いている。ユリウスが騎兵団団長になってからは敵対したことがない。


 このままずっと戦わずにすませたいものだ、と双方の騎兵が思う間柄へなっている。


 トラークー公国の現騎兵団騎士団長に至っては派兵の要望に必ずやってくる第十三騎兵団騎士団長へ畏敬の念すら抱いているようだ。打ち合わせの席でも常に立てる姿勢を取る。しかも今回は真っ先に祝いの言葉をかけてきた。


「このたびはご婚約なさったと聞き及んでいます。本来ならお祝いの品を贈って然るべきなところ、我が国へ援兵に赴く事態を招いてしまったこと、申し訳なく感じております」

「もうお耳に入れられたか。どうか私事ゆえ、気にしないで欲しい」

「いえいえ、ユリウス様。せっかく婚約まで至りながら続けて破棄され、さぞかし胸を痛めていたことでしょう。恋人との別れまでしか経験ない小生だからこそ、その辛さを思えば苦しくなります」

「テイラー団長にそう仰っていただけて、泣きたくなるほど嬉しいぞ。思い出せば二回目の時もそれはそれで辛かった」


 ん? と鮮やかな青の騎士服が似合うアランが小首を傾げた。


「ユリウス様のお話ぶりからすると二度目とする出来事が遠くであったように感じられますが」

「そうか、話していなかったか。実はな……」


 それからユリウスは婚約破棄が三回目もあった事実を伝える。

 脇で座るイザークとヨシツネは何とも言えない表情になった。どうやら我らの騎士団長は配下がすぐ傍で控えていることを、すっかりお忘れらしい。

 因みにベルは見張りついたままで、アルフォンスは陣の最前に立っている。


「そこまでお辛い経験をなさっていましたか、ユリウス様は。けれどもその分、今回のご婚約におきましては喜びがひとしおなのではありませんか」

「そう、そうなんだ。俺は本当に嬉しいんだ。だが婚約者殿のほうはどうなのだろう。望んでと言ってくれているが、やはり政略とする形であれば好意も気配りと見るべきなんだろうな」


 ユリウスの口調に自嘲が混じりだす。

 ユリウス様! とアランが厳しく呼んだ。


「言葉や態度を取り繕っているかも、などと考えてしまったこと、もしご婚約者に勘づかれましたら悲しませると思いませんか」 


 はっとしたようなユリウスだ。まさしく相手の指摘が心に響いている。


「そうか、そうだな、まったくその通りだ。ありがとう、テイラー団長の助言にはいつも励まされる」

「何を申されますか、勇猛なるユリウス様に我々がどれだけ助けられてきたかわかりません。我らトラークーの騎兵は私を含め、闘神と呼ばれる騎士様が私事においても幸福を得ること、願わずにいられません」


 そうか、とするユリウスに、そうですとも、と力強く答えるアランだ。

 心が通じている熱い場面だ。

 会話を交わす当人たちのみの話しだが。


 第三者の立場に当たるヨシツネはイザークの脇腹を突いて囁く。


「なぁ、ここ戦場だよな」

「少なくとも酒場ではない」

「だけどあいつらやたら意気投合してるよな」

「しかも女の話しときている」


 それから二人揃って小さくとはいえ、嘆息を吐いた。

 しかもまだ話しが続きそうな気配さえ立ち昇らせてくる。

 諌めなければならない立場にあるイザークは渋々口を開きかけた。


「敵に動きが見えます。たぶん攻勢へ出てきそうな感じですよ」


 見張りのベルが情勢報告を大声で落としてくる。


 きたか!、とユリウスは愛剣を手に取る。

 では我々も、とトラークーの騎兵団騎士団長も持ち場へ急いだ。

 ユリウス、とイザークが近づけば評判通りの団長であり騎士とする姿があった。


「トラークーの騎兵団には前面へ出る我々の動きに合わせてもらえるよう頼んである」


 ユリウスは歩きながら付き従う二人へ伝える。

 なーんだとなるヨシツネに、ふっとイザークは満足そうな微笑を口許へ浮かべた。

 世間話しするくらい、すでに大事な要件はとっくに話しをつけていたらしい。


「敵は傭兵の集まり。つまり烏合の衆だ、正面からぶつかってくるしか戦法はないだろう」


 最前にいたアルフォンスより前へユリウスが出た際に上げた第一声だ。

 背後にいる四天が揃って大きくうなずいている。


 ならば、とイザークが進言を試みようとした。

 強力な指揮官を要さない敵兵の突撃ならば奥深くまで誘い込みたい。激突と見せかけて、こちらの陣を開けてトラークー騎兵団と挟撃はどうか。


 この進言には指揮官ではあり僚友でもあるユリウスに対するイザークなりの配慮もある。ようやく婚約者を得た友人の身をより安全とする策だ。本人だって少しくらい保身を考えて然るべきだろう。今度の婚約は今までとは違う。貴族内の自由恋愛と違って、早々破局は許されない政略婚である。何より良い意味で今までにない間柄も感じる。

 現にユリウスが左胸に手を当てている。プリムラお手製のお守りを忍ばせているくらい傍目でも想像がつく。


 四天のイザークは他の三人へ目配せをした。

 言わずともわかっているとしたアルフォンスとベルに、しょうがねぇなぁーとヨシツネがそれぞれの表情で返してくる。けれども基本的な部分においては通じている。


 これまで以上に我が団長ユリウスの無事を優先しよう、と。


 先に立つのは自分たちだ。帰りを待つ婚約者のためとする身の振り方をしてもらって構わない。

 ユリウス、と同年齢のイザークが僚友の名を呼んだ。


 うおおおぉおおー! ユリウスがいきなり雄叫びを上げた。


 四天の四人が不審に思う暇もなくだ。


「待ってろ、プリムラ。今すぐ帰るぞー!」


 そう叫ぶや否や背中の大剣を抜く。

 走りだして行く。

 誰よりも真っ先にユリウスが駆けてゆく。

 敵陣へ突っ込んでいく。


 まさかの、いつも以上の突出ときた。


 残された方は唖然としたが、それも一瞬だ。

 あのバカ、と悪態を隠さずイザークが槍を構えて後を追う。

 アルフォンスは笑いながら盾を片手に急ぎ、ベルは走りながら弓を放つ体勢へ入る。

 らしいっすねぇ〜、と呟くヨシツネは誰より早く剣を抜いていた。


 たった一人でユリウスは何十何百としれない敵兵の只中へ飛び込んだ。

 のっけからの激戦は必至であった。

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