第16話 漢、二人の問題を見つける(幸福でもある)

 ユリウスにいきなり来た我が世の春だが、すんなり帝都の住まいへ帰還ならずだった。


 ロマニア帝国には同盟する三つの公国がある。アドリア公国がドラゴ部族の侵攻を受けている。並びにビュザン公国、さらにその向こうにトラークー公国がある。いずれの三国も狭い領土に相応な国民数であれば、大した騎兵団など編成できない。戦争勃発時に傭兵を雇いもするが、パターンとしては帝国に援兵を求めるが圧倒的に多い。

 近年は活躍目覚ましいユリウス率いる第十三騎兵団がお約束のように赴いている。先方国からは指名されている状態だった。


 今回も、そうだった。

 トラークー公国からの派兵要請である。比較的近い場所で滞在していたユリウスだから早急に向かえる。どうやら内容も隣国からの侵攻ではなく、自国内でおかしな集結をしている傭兵が手に負えない無法を働いているらしい。第十三騎兵団なら全員でなくていい、ある程度の数であれば鎮圧にさほどの労は要さないだろう。


 ただユリウスには個人的事情がある。

 婚約者と共に帝都ベクセンの我が屋敷へ戻る。これから一緒に過ごす住居へ初めて連れていく。張り切りもしよう。

 加えて親父殿であるディディエ卿から二人だけで呼び出された際だ。屋敷の管理を任せている執事兼侍女長のセリカには注意を払うよう言い渡されている。


 できればプリムラ王女と揃って帰宅したい。


 だがユリウスは略奪の徒と化した傭兵に対し自らの手をもって守り抜きたいとする想いが、騎士を目指した原点だ。駆けつける時間が開くだけ被害が増える。自分のように家族を失う子供がより生まれかねない。

 しばらくプリムラ王女には親父殿の城に留まってもらおう、と提案した。


「大丈夫です。わたくしプリムラは、先に屋敷へ行ってディディエ卿の懸念を払拭するよう動きたいと思います」


 黄金の髪を輝かせるかのようにプリムラが毅然たる態度を見せてくる。

 素晴らしい女性だ、とユリウスは感心するものの、やはり不安は隠せない。


「しかし王女にとって初めて訪れる屋敷だ。不慣れな場所であれば気苦労も多いだろう。本当なら俺の傍から離したくないが……」


 まさか戦場へは連れてゆけない。守れる自信がどうこうではなく、万が一の危険がある所など以ての外である。生命の安全で考えれば、帝都の屋敷が良いに決まっている。だけど親父殿から指摘された不安要素は侮れない。


「やっぱり、王女。このまま親父殿のもとへ居たほうが良いのではないか。ツバキがいるとはいえ、帝都にある俺の屋敷に行くなんて敵の渦中へ飛び込む真似に等しい気がしてならん」

「ユリウスさまはもうご存知かもしれませんが、わたくしには影となって付き従う配下がおります。特に執事の不正を暴くには絶好の者たちです。それにわたくし一人だけのほうが相手も油断しますでしょう」


 確かにそうなのだが、とユリウスは思う。しばらく迷っていたが、最終的には頭を下げた。


「すまない。自分の屋敷のことなのに俺がぼんやりしていたせいで、余計な気苦労をかける」


 戦場の姿からは想像できないくらい力なくうなだれてしまった。

 ユリウスさま、と呼ばれて顔を上げれば春の妖精とする微笑みが待っていた。


「連れ添う御方とは幸福を求めるよりもまず苦労を乗り越える覚悟を持つべきかと、わたくしは考えております。ですから妻となる相手に気を回しすぎはおよしください」


 ついユリウスはこめかみをかいた。己の不明を恥じたからだ。

 プリムラ王女はかわいい春の妖精だけではなかった。見た目は幼くても高位の品格と思考を兼ね備える、自分にはもったいないほどの女性なのだ。


「任せていいか、王女」


 はい、と鈴が鳴るような返事があった。

 私たちもいますから、と正体がニンジャだったツバキも横から言ってくれる。


「でもあまり無理はしないでくれ。それと……」


 なぜか言い淀むユリウスはごつい顔を赤く染めている。

 ユリウスさま、と呼ばれれば、思い切ったように口にした。


「王女、どうか俺のことは名前で……つまり『ユリウス』で呼んで欲しい。いや王女にこういう言い方は失礼だ。どうかユリウスでお願いします」


 一度は丸くなったすみれ色の瞳は、すぐに目尻を落とす。


「ではユリウスさまのほうも王女でなく『プリムラ』でお願いします」


 お、おぅー、と動揺も露わな返事したところでユリウスは気がついたようだ。


「王女、さまが付いたままだぞ」

「ユリウスさまこそ、王女ではありませんか」


 静寂の支配は、一瞬だった。

 豪快な笑いと、くすぐったくなるような笑いが、対となって心地よく響く。

 ひとしきり笑い合った後だ。


「これは二人でまず解決しなければならない問題だな」

「はい、二人で最初に乗り越えなければいけないことのようです」


 ユリウスはこの時を思い出せば、腹の底から暖かくなる。

 きっと婚約者の待つ屋敷へ戻ろうと固く想う。


 だから何百という賊と化した傭兵に取り囲まれても動じなどしない。百人斬りの伝説をここで発揮してやろう、とさえ思う。


 プリムラ、待っててくれ。


 再会後はまだ口に出来ていない呼び名を、ユリウスは胸のうちでする。敵兵はすぐ近くで囲んでいた。だが退きはしない、前へ出る。

 うおぉおおお! と雄叫びを放ち大剣を振り回した。

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