第15話 漢、仲良くしたい(序でに頼みごとも)

 春だった。

 季節ばかりでなくユリウスの心も冬をくぐり抜けていた。

 もう結婚は無理だと思っていた矢先の婚約である。

 自由恋愛じゃ、無理そうだからな、と親父殿の言い草は的を得ているだけに腹が立つ。

 だがプリムラは言ってくれた。政略結婚であろうがなかろうが、わたくしはユリウスさまの許へ嫁げればいい、それだけなのです。


 嬉しい、嬉しすぎる。

 しかも侍女のツバキまで傷だらけ肉体以外はこれといった特徴がない自分を素敵としてくれる。おかげで、とばっちりを受けた三人には申し訳なくなったくらいだ。


 昨夜、食事をした間においてであった。

 ツバキはプリムラを寝室へ送った後に正体を明かす。

 王女の侍女と護衛を兼ねて送り込まれた『ニンジャ』だそうだ。


「おお、ニンジャか。もういなくなっていたかと思っていたぞ」


 少年のようにユリウスが目を輝かせる。

 好反応はツバキにすればやや意外だったようだ。それは背後に居並ぶ忍び装束の三人も同様だ。


「ユリウス様は、まだいたのか、ではないのですね」

「それはそうだ。それに今いる者たち、身の潜め方だけでも一流と知れるぞ。手裏剣の投げたり水の上を歩くなんて出来るのか。出来るなら、いつか見てみたいぞ」

「その話しを信じていらっしゃるのですか?」

「俺は親父殿のところへ来るまで翼人つばさびとの里で世話になっていたからな」


 ツバキだけでなく後ろのニンジャたちも一緒になって納得の表情を浮かべていた。


「そうでしたか。我々ニンジャの里と同じ山脈地帯で、しかも翼人つばさびとならば情報収集されていたとしても不思議ではありませんわね」

「あれ? 俺の面倒と見てくれたシスイとニンジャの里の親方様……ええと、名前が出てこないが友人同士でよく情報交換していると聞いているぞ」


 げっ! となるツバキ一同だ。あのジジィー、とハットリなる男子が吐き捨ててくる。


 うんうんとうなずいたユリウスは同情を寄せた。


「タチが悪い年配者には手を焼かされる。うちの親父殿を見ろ。迎えに行くなら初めから王女の存在を告げればいいものを、まったく。あれは絶対に盗賊に襲われそうなタイミングを狙って、俺を行かせたぞ」


 実はプリムラ王女の画策だったなんて言えないとツバキが、ふと思いつく。もしかしてユリウスが親父殿と呼ぶディディエ卿も了解したうえであったかもしれない。なにせユリウスが城へ一人で飛んでいってしばらくもしないうちだ。ぞろぞろ現れたラスボーン辺境伯に使える騎兵らであった。


 あのぉー、と忍び装束三人のうち紅一点が何か発言したそうだ。

 どうした? とユリウスは優しく訊き返す。かなりな手練衆だと思われるが、いずれもツバキより年下だろう。かなり若い。おずおずした態度に、子供に対するような柔和な態度で応えた。


「私たちのこと、どうするつもりですか」

「もちろん今まで通り頼む。必要なものがあったらツバキに言えばいい。ともかく王女の身の安全を計る手立ては惜しまないつもりだ」

「でも騎士にとって私たちのような存在は厭わしくありませんか」

「嫌どころか、アサシン類いでなくて良かったと思っているぞ。この頃、増えているからな、その手の輩が」


 すると忍び装束の中で一番に背が高い真面目そうなサイゾウが尋ねてくる。


「しかし我らのような暗躍の手先はロマニアとグノーシスの二大大国が忌避していると聞いてますが」

「それは先代の皇帝時代の話しだな。むしろ現在は表向きはともかく、人間がまつりごとを行う国はアサシンの確保に走っているようだと、俺は睨んでいる」

「いいんですか、そんな話し。我らのような者にして」


 サイゾウが声を潜めれば、ユリウスはさらに笑みを広げてくる。


「存在を隠したいニンジャが姿を見せてくれたんだ。俺のほうも多少なりとはいえ胸のうちを見せて当然だと思うぞ」 


 へぇ〜、とハットリが感心をもらす。


「評判が高いだけあるね。姫様の前ではこいつ大丈夫かよ、と思った……」


 言葉を途中で遮った要因は喉元に突きつけられた刃であった。


「ユリウス様に対してそれ以上の侮辱は許しません。するならば、ここでその命、断ち切ります」


 短刀を握るツバキの声音には冗談の一欠片もない。

 少年の面影を強く残すハットリの額に冷や汗が滲み出す。

 助けの手をユリウスが愉快そうに差し伸べた。


「これから共にやっていく仲間だ。多少の無礼は気にするな。うちにもヨシツネという似たようなヤツがいるから慣れてもいる」

「そのような申し出に甘えるわけにはいきません」

「だが俺の部下ではないだろう。王女のための者たちあれば、協力といった関係だ。だからそうだ、呼び捨てで構わない。俺はツバキだし、ツバキのほうもユリウスと呼んでいいぞ」


 すっとハットリに翳されていた刃が引く。助かったとする安堵の息が吐かれる横では大きな変化が起きていた。

 今の今まで凶器で脅していたなどと信じられないほど、ツバキが悶え叫ぶ。


「できませんよー、したいけどー、呼びたいですけどー、呼び捨てたいですけどー」


 けっこう驚いているユリウスの前へ三人の忍び装束がやってきた。どうやら自分らの姉貴分は放っておくらしい。よろしくお願いします、と慇懃に頭を下げてくる。


 あまり肩肘を張らないでくれ、とユリウスは答えているところで何か閃いた顔つきをした。帝都の滞在において頭へ置いて欲しいことがある、と目前の者たちへ振る。

 真面目な顔つきになった三人の後ろからツバキが身体を挟んでくる。いかが致しましたか、と言いながら押し退けてくる。

 割り込まれたキキョウとハットリが顔をしかめるなか、ユリウスが頼み事を口にした。


「我ら帝国の宰相なんだが、ある噂の信憑性を探れたら探って欲しい」


 それは? と訊くツバキを含めて四人はニンジャとする研ぎ澄まされた目つきになる。

 ユリウスは深く考え込むような面持ちで告げた。


「我がロマニア帝国のドラン宰相が異世界人かどうかという真偽だ」

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