第14話 漢、無理するなと止める(侍女もたいがい)

 常に平静なツバキがやや面食らっていた。どうやら帰りを待ってくれていたみたいだからだ。


「あいつらに、妙に問い詰められたりしなかったか。いちおうベルにはあまりやりすぎないよう注意しておいたんだが」


 去り際に耳打ちしていた内容がユリウス自身によって明かされた。


 まさか心配して待っていた? とする考えがツバキの胸に過ぎるが即座に打ち消す。そんなわけがない、と思ったら、そのまさかだった。


「戦いばかりな生活なんかしていると、どうも女性に対する気持ちがわからなくなるようだからな。あいつらが失礼しているんじゃないか、心配してたんだ」


 四天してんがこれを聞いたらである。お前に言われたくない、とした反駁を揃って上げただろう。フラれ続けのユリウスを間近にしてきた者にすれば、女心など偉そうに語られたくない。

 再開したばかりの相手は、感激していた。顔色を変えそうもないツバキが、ぽっと顔を赤らめている。ユリウスの横に立つプリムラが唇を尖らせて牽制するほどの変化だ。


「ちょっとぉおー、ツバキ。ユリウスさまはわたくしの婚約者だからねぇー」

「姫様、お下劣な本性を晒してはユリウス様へ良からぬ印象を与えますわよ」


 さらりと元へ戻ったツバキの冷たい指摘だ。

 しまったとなったプリムラは恐る恐る確認のため隣りの男性を見上げる。

 はっはっは、とユリウスは見かけ通りの豪快さで笑い飛ばした。


「まさか、こんな可愛らしい婚約者に悪い気持ちなど抱くものか。むしろ愛想を尽かされるほうは俺だろう。そうだ、そう、次々に婚約破棄をされるような俺こそ……」


 自分で話していて落ち込んでいく不屈の闘神だった。どよよんとした影さす姿は今さっき笑っていた同一の人物とはとても思えない。


「自分の侍女に嫉妬してしまうほどユリウスさまは素敵な方なのです」

「そうそう食事にしましょう。そろそろお腹が減ったのではありませんか」


 慌てて声をかけるプリムラとツバキを、もし四天と呼ばれる者たちが目にしたら好印象を抱いただろう。どう考えてもユリウスは男として面倒極まりない。婚約者とする相手を前に過去の女性関係を持ち出すなど感心できない。にも関わらず配慮を第一とする王女と侍女だ。

 そしてユリウスもまた配下から信を置かれる将である。


「すまなかった。婚約者殿の前で見せていい態度ではなかった。この通り、許して欲しい」


 己の無思慮に気づき、言葉だけでなく深々と頭を垂れた。腰を折っているまでするユリウスの誠実は、これは良き縁だと思わせるものがある。

 現にプリムラとツバキは心を預けて良いとする顔を見せていた。


 城へ戻ったら、ディディエ卿の配慮で神経を使わぬよう他者のいない間が用意されていた。食事はユリウスとプリムラの二人に控えるツバキだけでする。話しは思い出を中心に弾んで、いつまでも尽きなさそうだ。けれど夜も遅くなればユリウスはプリムラに就寝を勧めた。やはり到着としたその日であれば疲労を考慮した。

 まだ傍にいたそうなプリムラであったが、やはり体力は続かない。長旅に加え、十年ぶりの再会で気が昂りっ放しだ。これからずっと一緒ではないか、とするユリウスの言葉が説得となった。


 寝所まで王女を届けたツバキは。先ほどまで食事していた部屋へ戻っていく。入室するなりだ。


「よくまだ俺がここにいるとわかったな」


 ユリウスが感嘆をもって迎えれば、メイド服の侍女は表情を動かすことなくだ。


「姫様の耳が届かないところで訊きたい事柄がお有りなご様子でしたので」


 さすがだな、とユリウスは腰掛けたままだ。

 直立しているツバキは両手を後ろへ廻した。


「ユリウス様はもうご存知なのでしょう」

「姿を見せない三人がいるということを指すならば、そうだ」

「いつからお気づきになられていましたか」

「馬車に辿り着いた時点だな。だからちっとも助けに出てこないから王女の護衛の者か疑ったものだ」


 さすがです、と今度はツバキが感心する番だった。

 ユリウスは聴覚が発達した配下のハーフエルフから報告を受けたわけではない。自分で勘づいていた。いかなる劣勢も覆す、と評判が立つだけあって感覚は鋭敏である。数多の戦いを勝ち抜いてきた一端を垣間見せていた。


「あの節はユリウス様の腕を確かめたいとする気持ちから見守っていたようです。申し訳ございません」

「それでその者たちはツバキの仲間なのか」


 ユリウスの質問に対し、ツバキは回答するより上を見た。天井へ向けて呼びかける。


「キキョウ、ハットリ、サイゾウ。出てきなさい」


 ええっ! とする驚きが降ってきた。


「ツバキ姉さん、なに考えてんの」


 少女と思われるような声がした。承服しかねているのは明らかだ。


 いいから出てきなさい、と促すツバキへ、ユリウスが穏やかに諭す。


「別に無理しなくていいぞ。間諜ならば顔や姿が憶えられる真似はしたくあるまい。王女を守るであれば、それでいい。俺はただ存在があると確認できればいいだけだ」

「いえ、ユリウス様はこれからずっと我が姫様と共にある方です。ならば主も同然です。それに……」


 一呼吸を置いて、ツバキは上方へ向けていた顔を降ろす。

 ユリウスへ向き直った。

 真剣な目つきに、受け止める側も表情を引き締める。

 天井から息を詰めるような気配も漂ってくる。

 神妙な顔つきのツバキが胸に手を当てて言う。


「私も姫様同様、十年前にユリウス様の魅力を刷り込まれた一人なのです」


 真面目な空気が高まりすぎたせいか。


「そ、そうか。それはすまないというか、それともありがたいと言うべきか」


 男として喜ばしい告白を受けても、ユリウスは戸惑うばかりである。

 天井の者たちにとっては、感情を激らせる類いのものである。


「なんだよ、それ!」

「我らに素顔をさらせというのは個人的感情からかよ」

「ツバキ姉さんが意中の人に気に入られたくての指図じゃないの、これ」


 文句はもっともだな、と胸裡で呟くユリウスだ。無理しなくていい、と天井の三人へ声をかけようとしたくらいである。

 だがツバキは平然と言い渡す。


「そうよ。私がユリウス様の心象を良くするために、さっさと出てきなさい」


 横暴にも程がある命令だった。

 なんだかユリウスは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

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