第13話 漢、王女と共に席を外す(残された者は質疑応答を展開)

 王女一行を守るため単身で挑むユリウスに感銘を受けてアルフォンスが加わった。だが追手の騎兵はまだまだ多い。激闘はその後も長く続いた。


「ディディエ卿の援兵が到着するまで大剣を振るい続けたユリウスさまは、まさしく闘神とうしんと呼ばれるに相応しいお姿でした。思い出すたびにぞくぞくします」


 うっとり語るプリムラ王女の頭が後ろから、ぽかり叩かれた。


「イタ、なにすん……なにをなさるの、ツバキ」

「高貴な身分にある方と思えない下品な表現はお使いにならぬよう、ご注意を促しただけです」 

 

 だからって……、とプリムラは言いかけたところで周囲の視線を感じたようだ。ぞくぞくかぁ、とヨシツネが呟いている。気まずさから赤くなれば、助けの手が嬉しい人から差し伸べられた。


「王女の素顔が垣間見られたみたいで俺はなんだか、なんというか……そう感激だ。自然な姿もかわいいぞ」


 あら、とプリムラは別の感情で頬を赤くした。ただし引くのも早かった。


「まるで道を駆けていく子供の姿を見るような愛らしさ……あ、いや、王女を幼くとしか見られないとか、そういうわけじゃなくて……」


 そういうわけだと言っているユリウスの声は尻すぼみだ。照れていたプリムラががっくし肩を落としているようであれば、汗をかかんばかりに力説してくる。


「そうそう、そうだとも。子供には出来ない見事な手製のお守りだったな。まるで輝くようで二人の名前まで描かれていれば、このユリウス・ラスボーン。いかなる時も肌身離さないことを、我が婚約者に誓う」


 宣誓と共にお守りを忍ばせた左胸の辺りを右手で強く押さえていた。


 ぱっとプリムラが顔を輝かせる。嬉しい、と両手を頬へ当てている。

 なぜか後ろで控える侍女のツバキが目許をしかめている。一瞬とはいえ、うげっとした顔をしていた。


 そこへ、ユリウス様、と使いの者がやってきた。プリムラ王女と二人だけで、とするディディエ卿の伝言が口にされた。

 わかった、とユリウスは答えてプリムラへ顔を向ける。うなずき返されれば、「では、まいろうか」と使いの者を先導に屋根の下から出た。

 なぜかユリウスはベルへ近づいていく。エルフ特有の尖った耳へ何か囁いている。

 ユリウスさま? とプリムラが不思議そうに呼んだ。

 なんだろうな、親父殿は、とユリウスは答えて笑顔を向けた。意識して作ったもののとプリムラは察したからこそ、それ以上を問う真似はしない。まいりましょう、と素直に従った。


 ユリウスとプリムラが声の届かない位置まで離れるや否やだ。


 残された四天してんのうち、まずベルの口が開く。ツバキだけが相手ではないとする大きさで声を張り上げた。


「いるのはわかっている。姿を現したらどうだい」


 反応はなかった。しんと静まり返っていたが、むしろ気配が消えたことでベルは自信を持てたようだ。王女の侍女とするツバキへ向かう。


「あの三人はキミの仲間?」

「なんのことかわかりません、などとシラを切り通せそうもありませんわね。それはエルフの能力ですか」

「そぉ。僕はハーフながら、視覚と聴覚は人間のそれとは段違いなんだ。今回は音を拾いました、て感じかな」


 ふぅーと息を吐くツバキは認めたようなものだった。


「おい、姿を見せろよ」とヨシツネががなる。


 風景に変化はない。


 おい、とツバキへ出掛かるヨシツネの肩を押さえたイザークが訊く。


「おかしいと思っていた。王女を乗せる馬車が護衛もなく、御者も兼ねた侍女の一人だけしか帯同しないなど、普通に考えたらあり得ない話しだ」

「それはユリウス様の出迎えを期待してです。事前にディディエ卿から迎えに行かせると連絡を受けておりましたし」 

「だとしても、手薄すぎる。いや姿を見せない三人が手練で撃退の自信があったとしても、隙がありすぎる。いかにも豪奢な馬車で一台きりなど、盗賊どもに襲ってくださいと言わんばかりではないか」

「ですから言っております。ユリウス様がいらっしゃるのを期待してだと」


 イザークの眉根が寄った。


「その言い方はユリウスを誘い出したように聞こえるぞ」

「誘い出すもなにも、ユリウス様がいらっしゃりそうな頃合いに襲撃されるよう盗賊へ情報を流していましたから」


 さすがに即答が上げられない。唖然と困惑と疑念がユリウスの腹心たちに渦巻く。

 四人のうちで旧知にあるアルフォンスが何か思いついたかのようだ。もしや、と顎髭を撫でながらツバキへ向く。


「姫さまは十年前に出会った時のような状況を望んだかのぉ」

「さすがです、アルフォンス様。馬車の仕様も当時と変わりなくし、十年前を思い出させるような再会を望んでいた、と申し上げさせていただきます」


 ふむふむと重装のアルフォンスは了解としている。

 今ひとつ釈然としていないかのような弓のベルは頭をかくばかりだ。


「それが理由だというのか」槍のイザークの態度は承服からかなり隔てている。

「イカれすぎてんだろ、それ」剣戟のヨシツネがする忌憚ない人物評である。


 それぞれの反応にもツバキは動じる風がない。帝国最強の第十三騎兵団において四天と勇名を与えられた騎士たちへ、さっと視線を巡らせる。


「四人様とはお付き合いが長きに渡ると思いますので、今のうちお伝えしておきます」


 四天と呼ばれる者たちは春の穏やかな陽気を払い除けるような緊迫をまとう。


 王女の侍女ツバキは鉄面皮のまま告げた。


「我が主であるプリムラ・カヴィル王女。あれはヤバい女です」

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