第12話 漢、謝罪がすむ(思い出つき)

 世の騒乱など嘘みたいな光景な中で、戦乱を体現するような巨漢が立ち上がった。


「おや、謝罪はすんだみたいですねぇ〜」


 のんびりヨシツネが述べたところで、観察対象だった団長がこちらを向いた。来い、とばかりに手招きしてくる。

 イザークとアルフォンスにベル、ヨシツネの四天してんと呼ばれる猛者たちは駆けた。目的地のガゼボ西洋風東屋まで実はけっこう距離がある。

 八角屋根の下で肩を並べるユリウスとプリムラの手前で四人は腰を落とし片膝をついた。忠節を誓う厳かな姿勢であるが、第一声からやらかしてくれる。


「団長ぉー。土下座はもういいんですか」


 無礼なヨシツネに、横のベルが「おいっ」と小突く。

 苦笑の空気が包んだ。くすくす笑うプリムラへ、上の責任とばかりユリウスが頭を下げた。


「すまん、俺の部下はこんなんで」

「そんなに謝らないでください。今こうして生きていられるのはユリウスさまと、わたくしたち不利な方へ命懸けで付いてくれた方のおかげだと、今改めて実感しております」

 

 そう言ってプリムラが向けた視線を受けてアルフォンスは思い当たったようだ。あっ、と重装騎兵長は驚きが隠せない。


「もしや十年前の、あのお姫さまでしたか」

「はい、お助けいただいたご恩はここにいる侍女共々、一日とて忘れたことはございません」


 微笑むプリムラの後ろでメイド服の侍女ツバキが頭を下げている。

 アルフォンスの目がたちまちにして潤んだ。


「そうか、そうですか。一緒にいた女の子もよくぞここまで……むしろ吾輩のほうこそ姫に我が人生を切り開いてくれたと感謝を申し上げたい」

「まったく、うちはごついヤツほど感激屋とくるよな〜」


 ちゃかすヨシツネに、ふっと鼻で笑うアルフォンスだ。なぜかの余裕ぶりである。なんでも首を突っ込みたがる最も若い騎兵であれば訊かずにいられない。


「なんですか、なんかあるんですかー。あるなら教えてくださいよー」

「さて、どうしたものかのぉ。我が騎兵団騎士団長ユリウスの『百人斬り』伝説を生んだ貴重な逸話なれば、おいそれと話していいか悩むところだのぉ」


 ふぉっほっほ、と笑いまで付け加える年配のユリウスよりさらなる巨軀を誇る騎兵だ。

 知りてぇー、と叫んだヨシツネはユリウスへ目を向けた。聞き出すためなら節操なく相手を求める。


「では、わたくしがお話し致しましょう」


 しょうがないなとした顔の騎兵団騎士団長に代わり、プリムラが話しを始めた。



 ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※



 十年前、ハナナ王国で王弟おうていの叛乱が起きた。

 国王リュドを逃すため、影武者に携えた王妃と王女を乗せた囮の馬車を走らせる。国外へ出て間もなくとする所で追手に囲まれた。

 まんまとしてやられた王弟に雇われた傭兵たちは腹いせとばかりだ。王女を母である王妃の前で見せしめの殺害を行おうとした。


 助けるべくユリウスはたった一人で立ち向かっていく。


 当初は無謀なりと嘲笑っていた追手たちも数を減らしていけば顔つきが変わっていく。王女と手を握り合った後は、大剣の振るう威力が増したようだ。負けるはずはないのだが、勝てる気配も見出せない。

 まともにやり合っていては埒が開かなかった。さすれば騎士道より成果を第一とする傭兵である。


「おい、剣を下ろせ!」


 脅迫するだけの状況を作り上げた。

 プリムラ! と傷だらけのユリウスが呼ぶ相手は首元へ剣が突き立てられている。人質だった。多勢に一人きりで挑めば自ずとやってくる限界だった。


「ユリウスさま。気にせず戦いを続けてください。もう、わたくしは充分です。プリムラ・カヴィルは今、ユリウスに生きてて欲しい。生きてて欲しいのです」


 ユリウスが了解するはずもない。くっと悔しさを滲ませながら大剣を降ろしかけた。敵が人質の命を守る保証はない。二人とも殺害される可能性は大きい。それでもプリムラが助かるかもしれない確率へ従うしかない。


 大剣は降ろされなかった。

 人質を取ったとする者が叩き斬られたからだ。

 裏切るのか、と罵声を浴びさせられた巨軀の騎兵だ。まだ十三にもならないユリウスを鍛冶屋の親父と思った者だった。


「裏切りに加担した者どもが吐ける台詞ではないと思うがのぉ。それに我ら傭兵は対価によって左右される存在ではなかったか」


 新たなる血飛沫が広がっていった。

 ユリウスが目前に展開する敵を斬り捨てては王女たちの下へ舞い戻る。さっそく質す。


「どういうつもりだ。加勢しても勝ち目はないぞ」

「なに、あんたと王女が手を取り合った姿を思い出したら、卑怯な策で死なれるのが我慢ならなくてのぉ。それに儂の対価はおのが納得できる死に場所だからのぉ。こここそがその機会だと考えた次第だ」


 ユリウスは大人数で展開する敵へ向き直った。疑う余裕はない、任せるしかない。敵の様子から、裏切ってこちらに付いたと思ってもよさそうだ。


「変わったヤツだな」


 本当は名前を聞くところだが、思いつくまま吐いた。


吾輩わがはいから言わせれば、そっちこそ何を考えているんだ、といったところだのぉ」


 背中越しでもお互いが笑みを浮かべているとわかる会話を交わしていた。


 これが後年『闘神の盾』と呼ばれるアルフォンス・スールと、そのきっかけを与えたユリウスの出会いとなった逸話である。


 良い話しであった。だがそうすんなり結論づけられない後付けがあった。

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